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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約71:9

まことに、主はあなたがたにこのように言う。あなたがたを攻めるために造られる武器は、まったく役に立たない。

 

「敵する者は皆一つに集められたり」(英文)1993年4月、二一ル・A・マックスウェル、十二使徒定員会

ニーファイと同じように、私たちは身の回りで起きている事柄の意味をいつもわかるとは限りませんが、それでもなお神が私たちを愛していらっしゃることを知っているのです1ニーファイ11:17参照)

 

確かに、「敵する者は皆一つに集められ」ています。しかし私たちは主の「火の戦車」とともに戦うならば、「われわれと共にいる者は彼らと共にいる者よりも多い」のです列王下6:16–17。さらに主のみ業に対抗する者はついには滅びると主は約束されています。これこそ「主のしもべらの受ける嗣業」ですイザヤ54:17教義と聖約71:9。確かにそのとおりであると、イエス・キリストのみ名により証いたします。アーメン。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約68:6

元気を出しなさい。恐れてはならない。主なるわたしはあなたがたとともにおり、あなたがたの傍らに立つからである。あなたがたは、わたし、すなわちイエス・キリストについて、わたしが生ける神の子であること、わたしがかつており、今おり、やがて来ることを証しなければならない。

 

「故郷へ向かうすばらしい旅」2013年4月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会

皆さんの地図は天の御父と御子イエス・キリストの励ましと教えで満たされています。皆さんが無事に天の家に帰れるように,今日その中から3つのメッセージを分かち合います。

 

第1のメッセージ-「恐れてはならない。主なるわたしはあなたがたとともに〔いる〕からである。」教義と聖約68:6イザヤ41:10ヨハネ14:18 も参照)

 

皆さんはこの旅において独りではありません。天の御父は皆さんを御存じです。だれも皆さんの言葉を聞いてくれないときでも,御父は聞いてくださいます。皆さんが義を喜ぶとき,御父はともに喜んでくださいます。皆さんが悩むとき,御父は皆さんとともに悲しまれます。

 

天の御父の皆さんに対する関心は,皆さんがどれだけ裕福か,美しいか,健康であるか,頭が良いかということによって決まるのではありません。御父の視点はこの世の視点とは違います。皆さんの本質を,皆さんの心を,御覧になります。サムエル上16:7 参照)そして皆さんが御自分の子供なので,皆さんを愛しておられます。1ペテロ5:6-7 参照)

 

愛する姉妹の皆さん,御父を熱心に求めてください。そうすれば,皆さんは御父を見いだすでしょう。エレミヤ29:13 参照)

 

約束します。皆さんは独りではありません。

 

今少しの間,周りにいる人を見てください。皆さんの指導者,友達,家族のだれかがいるかもしれません。これまで一度も会ったことのない人がいるかもしれません。それでも,周りにいる人はすべて,この会場にいる人も,ほかの場所にいる人も,今日いる人も,どの時代の人も,前世で勇敢だった人なのです。隣に座っている,控えめでごく普通に見える人は,かつて霊界にいたときにあなたが憧れ,大好きだった偉大な人物の一人かもしれません。あなた自身がそのような手本になる人物だったのかもしれません。

 

一つ確かなことがあります。人種,宗教,政治的信条,体型,外見にかかわらず,皆さんの目に映る一人一人は,家族なのです。皆さんが見ている若い女性には皆さんと同じ天の御父がいて,彼女も皆さんと同じように,愛に満ちた御父のみもとを旅立ったのです。この地球に来て,いつの日か御父のみもとに帰ることを熱望しながら。

 

しかし,皆さんと同じように,時々孤独を感じるかもしれません。自分の旅の目的を忘れることさえあるかもしれません。皆さんの言葉と行いで,独りではないことを思い出させてあげてください。わたしたちは助け合うためにここにいるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約68:2-4

見よ、見よ、これはこの神権に聖任され、出て行く使命に定められたすべての者にとっての一つの範例である。

また、聖霊に感じるままに語ることは、彼らにとっての範例である。

そして、何であろうと聖霊に感じて語ることは、聖文となり、主の心となり、主の思いとなり、主の言葉となり、主の声となり、救いを得させる神の力となる。

 

「聖文の祝福」(英文)2010年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

聖書に加え、わたしたちはモルモン書、教義と聖約、高価な真珠など、900ページにも及ぶ聖文を与えられています。これがどれほど大きな祝福であるか、考えてみてください。さらにこれらに加えて、わたしたちはこの大会のような機会を通して、預言者が聖霊に感じるままに語る言葉、すなわち主が「聖文」と呼ばれる言葉教義と聖約68:2–4参照)を受けることができるのです。これらの言葉はテレビ、ラジオ、インターネット、衛星放送、CD、DVD、出版物を通してあふれるほどに与えられています。人類の歴史が始まって以来、これほど豊かに聖文に恵まれている民は他にいないのではないでしょうか。それだけではありません。すべての男性、女性、そして子供が、このような神聖な言葉をほとんどの場合自分の国の言語で、個人的に所有し、研究することができるのです。この事実は、ウィリアム・ティンダル の時代に生きた人々にとっても、過去の神権時代に生きた聖徒たちにとっても、どれほど驚くべきことであったでしょうか。この祝福をわたしたちにお与えになることで、主は、現代に生きるわたしたちが、常に聖文を用いる必要性がこれまでのいかなる時代にも増して高いことを語っておられるのです。ですから、わたしたちは「キリストの言葉を常に心に味わう」2ニーファイ32:3ことができるように努めるべきです。わたしは、聖文を学び、深く考えてきました。そしてこの復活祭の時期に、聖文によって明らかにされているとおり、御父と御子について証します。イエス・キリストの御名により、アーメン。

 

※ブログ主注:ウィリアム・ティンダルは「聖文を民に届けるために命を捧げた人」で、聖書を初めて英語に翻訳・出版し、処刑された16世紀イングランドの宗教改革者です。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)