ジョージ・Q・キャノン管長は長年にわたる神権の奉仕の期間に,多くの悲しみや反対や試練を経験しました。また,苦難のときや困難な務めを果たすとき,聖霊を伴侶とする経験をしました。以下は,教会や家庭の中で神権の奉仕に携わるわたしたちへの約束です。わたしにとっては,その約束は,神権の業の中に御霊を感じるときに成就しています。「闇が心を覆うときはいつも,神の御霊が自分から退いて行ったことが分かるだろう。……神の御霊に満たされているときは,どのような状況にあっても,喜び,平安,幸福で心が満たされている。なぜなら,それは喜びと平安の霊だからである。主はわたしたちに聖霊の賜物を与えておられる。聖霊にわたしたちの内側を統治していただいて,朝から夜まで,また夜から朝まで,喜びと光と聖霊からの啓示が受けられるようにしていただくのは,わたしたちの特権である。」(ジョージ・Q・キャノンの言葉,ブライアン・H・スタイ編,Collected Discourses Delivered by President Wilford Woodruff, His Two Counselors, the Twelve Apostles, and Others,全5巻(1987-1992年),第4巻,137に収録)
同じように,100歳になったネルソン大管長も,主によって守られてきました。ハロルド・B・リー管長は,大管長会の一員だったときに,モーセがレピデムの丘の頂に立っていたときのことを例に挙げ,次のように述べています。「〔教会の大管長〕の手は疲れてくるかもしれません。時には重責のためにその手が下がりがちになるかもしれませんが,わたしたちが預言者の手を支え,すぐそばで預言者の指示のもとで導くなら,地獄の門は皆さんやイスラエルに対して優位に立つことはないでしょう。(教義と聖約21:6;81:5参照)教会の会員と指導者の安全は,主の教会を管理するために主に召された人にわたしたちが従うかどうかにかかっています。主はこの教会を管理してほしい人を知っておられ,間違うことは決してなさいません。」(Harold B. Lee, in Conference Report, Oct. 1970, 153.)