「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -420ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ4:18-20
さて、イエスがガリラヤの海べを歩いておられると、ふたりの兄弟、すなわち、ペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレとが、海に網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。 イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。 すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。


「クリスチャンとして,キリストのような特質を高める」2012年10月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会
キリストの二人の弟子の経験について考えてみましょう。

「イエスがガリラヤの海べを歩いておられると,ふたりの兄弟,すなわち,ペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレとが,海に網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。

イエスは彼らに言われた,『わたしについてきなさい。あなたがたを,人間をとる漁師にしてあげよう。』

すると,彼らはすぐに網を捨てて,イエスに従った。」(マタイ4:18-20)

現代のクリスチャンとしてわたしたちには,ペテロとアンデレのように,たじろぐことなく即座に,しかも果敢に行動する機会があります。「彼らはすぐに網を捨てて,イエスに従った」のです(マルコ1:18)。わたしたちも自分の網,すなわち世俗的な習慣や慣習,因習を捨てるように求められています。また,自分の罪を捨て去るように求められています。「〔イエスは〕群衆を……呼び寄せて,彼らに言われた,『だれでもわたしについてきたいと思うなら,自分を捨て,自分の十字架を負うて,わたしに従ってきなさい。』」(マルコ8:34) 罪深い行動を自制することは悔い改めの第一歩です。悔い改めは心の中に大きな変化をもたらします。それは「悪を行う性癖をもう二度と持つこと〔が〕なく」なるような変化です(モーサヤ5:2)

改心と呼ばれるこの心の変化は,救い主を通してのみ可能です。イエスはこう約束されました。「もし人がわたしのもとに来るならば,わたしは彼らに各々の弱さを示そう。……わたしの前にへりくだるすべての者に対して,わたしの恵みは十分である。もし彼らがわたしの前にへりくだり,わたしを信じるならば,そのとき,わたしは彼らの弱さを強さに変えよう。」(エテル12:27) わたしたちがキリストにあって心を新たにするとき,わたしたちの本質が変わり,もはやこれまでの習慣へ戻りたいとは思わなくなります。

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ4:17
この時からイエスは教を宣べはじめて言われた、「悔い改めよ、天国は近づいた」。

 

「律法の中でもっと重要な,公平とあわれみと忠実」(英文)1997年10月、ジェームズ・E・ファウスト、大管長会
わたしが恐れるのは, 最大の罪の幾つかが怠惰の罪にあることです。それは, 救い主が見逃してはならないと言われた, もっと重要な律法です。(マタイ23:23参照) また, わたしたちが行わなかった親切で思いやりのある行為であり, わたしたちを罪悪感に悩ますものです。

わたしは小さな少年のとき, 夏の猛暑の間, 農場で過ごしました。わたしの祖母のメアリー・フィンリンソンが熱いまきコンロでおいしい食事を作っていたことを思い出します。コンロの横のまきを入れた箱が空になると, 祖母は黙ってその箱を取り上げて出て行き,外に積んである杉のまきを詰めて,重くなった箱を家の中に運び込みました。わたしはとても無神経で, 台所での会話にだけ興味を持っていました。そこに座って, 愛する祖母がまきの箱を運ぶのをただ見ていたのです。わたしは自分が恥ずかしく, 怠惰であったことをそれ以来ずっと後悔してきました。いつの日か, 祖母に赦しを求めることができればと願っています。

わたしたちは救い主御自身の御言葉によって, 神の王国への道に導かれています。主はこう言われました。「神の国はあなたがたに近づいた」(ルカ10:9),「天の国は近づいた。」(マタイ4:17) わたしたちも同じように, 地上における神の王国に入る道を示されています。

公平, 憐れみ, 忠実そして赦しを実践する人々は, 主の教えと模範の精神を備えた霊と心の偉大さを表します。このより高度な福音は, 自分自身の心の内面を見詰めるように求めています。主を欺くことはできないからです。聖典にこうあります。「門を守る者はイスラエルの聖者である。聖者はここには僕を使われない。」(2ニーファイ9:41)

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ4:16
暗黒の中に住んでいる民は大いなる光を見、死の地、死の陰に住んでいる人々に、光がのぼった。


「曇りの時も晴れの時も,主よ,われと共におりたまえ」2019年10月、レイナ・I・アブルト、中央扶助協会会長会
もしあなたが「暗黒の霧」に常に囲まれているならば,(1ニーファイ8:231ニーファイ12:4,173ニーファイ8:22も参照) 天の御父に頼ってください。あなたが経験したどのような事柄も,あなたが天の御父の子供であって御父に愛されているという永遠の真理を変えることはできません。(詩編82:6ローマ8:16-18教義と聖約24:176:24モーセ1:1-39参照) キリストはあなたの救い主,贖い主であり,神はあなたの父であるということを覚えていてください。御二方は分かっていらっしゃいます。御二方があなたの近くにおられ,耳を傾け,助けを申し出てくださっている様子を想像してください。(ミカ7:8マタイ4:16ルカ1:78-79ヨハネ8:12も参照)「〔御二方〕は苦難のときにあなたがたを慰めてくださ〔います〕。」(モルモン書ヤコブ3:1エペソ5:8コロサイ1:10-14モーサヤ24:13-14アルマ38:5も参照) 自分ができることすべてを行い,主の贖いの恵みに頼ってください。

苦闘は,あなたを定義づけるものではなく,あなたを精錬するものです。(2コリント4:16-18教義と聖約121:7-8,33122:5-9参照)「肉体に一つのとげが与えられた」ために,(2コリント12:7) ほかの人に対してさらに思いやりをもつことができるのかもしれません。聖霊の導きに従って,「弱い者を助け,垂れている手を挙げ,弱くなったひざを強め〔る〕」ために,あなた自身のことを分かち合ってください。(教義と聖約81:5イザヤ35:3も参照)