「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -404ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ11:28
すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。


「信仰のキャンプファイヤー」2018年10月、ゲレット・W・ゴング、十二使徒定員会
…キャンプファイヤーの光と温かさを前にするときに,暗闇と疑念を拭うことができます。ときに長くて孤独な夜に,信仰のキャンプファイヤーは希望と確信をくれます。そして夜明けがやってきます。信仰のキャンプファイヤーは人生の中で味わってきた,神の善良さと深い憐れみにまつわる記憶や経験,信仰の受け継ぎであり,夜の間わたしたちを強めてくれます。

信仰を求め,受け入れ,それに従って生活するならば,徐々にくる場合もありますが,信仰の夜明けはやってきます。あるいは戻ってくると証します。光を望み,求めるときに光はもたらされます。忍耐し,神の戒めに従順なときに,そして神の恵みと癒し,聖約に心を開くときに,光はもたらされます。

……

…慣れ親しんだ習慣を最善に維持しつつ,神を愛し,わたしたちとほかの人たちが主にお会いできるよう備えるための,新しく,より神聖な方法を見いだそうとするときに,信仰のキャンプファイヤーは次のことを思い起こすよう促してくれます。完全は,自分自身やこの世の方法ではなく,キリストによって達成されるということです。

神の招きは愛と可能性に満ちています。なぜなら,イエス・キリストは「道であり,真理であり,命であ〔られ〕る」からです。(ヨハネ14:6) 重荷を負ってる人に,主は「わたしのもとにきなさい」と招いておられます。また,主のもとへ行けば「休ませてあげよう」と約束されています。(マタイ11:28) 「キリストのもとに来て,キリストによって完全になり……,勢力と思いと力を尽くして神を愛するならば,神の恵みはあなたがたに十分であり,あなたがたは神の恵みにより,キリストによって完全になることができる。」(モロナイ10:32)

「神の恵みにより,キリストによって完全になることができる」という言葉には,慰めや平安,約束が含まれています。自分に落ち度はないのに,全力を尽くしても,自分の望みや期待や自分の努力に値する通りに物事が運ばないときでも,主に信仰と信頼をおいて前進し続けることができます。

だれもが,様々な時に,様々な方法で,不十分さや不安を感じたり,自分はふさわしくないと感じたりします。それでも,神を愛し,隣人に仕えようと忠実に努力するときに,神の愛を感じ,新しくより神聖な方法で,その人々や自分の生活に必要な霊感を受けることができます。

主は思いやりをもって,「キリストを確固として信じ,完全な希望の輝きを持ち,神とすべての人を愛して力強く進〔むことができる〕」と励まし,約束しておられます。(2ニーファイ31:20) キリストの教義と救い主の贖罪により,そして精神を尽くして主の聖約の道を心から従順に歩むことにより,主の真理を知り,自由になることができます。(ヨハネ8:32参照)

完全な福音と神の幸福の計画が回復され,末日聖徒イエス・キリスト教会や聖典で,また預言者ジョセフ・スミスから今日のラッセル・M・ネルソン大管長に至る預言者たちにより,それらが教えられていることを証します。主の聖約の道は,愛に満ちた天の御父が約束しておられる最大の賜物へと至る道であることを証します。それは「あなたがたは永遠の命を受ける」という約束です。(2二ーファイ31:20)

信仰のキャンプファイヤーのそばで心と希望と決意を温め,強めるときに,主の祝福と永続する喜びを得ることができるよう,イエス・キリストの御名により祈ります。アーメン
 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ11:27
すべての事は父からわたしに任せられています。そして、子を知る者は父のほかにはなく、父を知る者は、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほかに、だれもありません。 


「キリストに希望を抱く」2021年4月、M・ラッセル・バラード、十二使徒定員会
兄弟姉妹の皆さん,わたしたちは,この復活祭の時期に救い主であられる主イエス・キリストの栄えある復活に目を向けます。そして,次の救い主の招きを思い出します。「すべて重荷を負うて苦労している者は,わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

わたしは柔和で心のへりくだった者であるから,わたしのくびきを負うて,わたしに学びなさい。そうすれば,あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。

わたしのくびきは負いやすく,わたしの荷は軽いからである。」(マタイ11:28-30)

御自分のもとへ来るようにという救い主の招きは,すべての人に対して,単に御自分のもとに来るだけでなく,御自分の教会に属するようにという招きでもあります。

この愛にあふれた招きの前の節で,イエスは御自分に従うよう努めることで,この招きに従うことができると教えておられます。主はこう宣言されました。「子を知る者は父のほかにはなく,父を知る者は,子と,父をあらわそうとして子が選んだ者とのほかに,だれもありません。」(マタイ11:27)

イエスは,神が愛に満ちた天の御父であられることを知ってほしいと望んでおられます。

天の御父から愛されていると知ることで,わたしたちは自分が何者であるかを知り,自分が神の偉大な永遠の家族に属していると知ることができます。

メイヨー・クリニックは,最近次のように報告しました。「帰属意識を持つことは非常に重要です。……生活のほぼすべての面において,わたしたちは何かに属しています。」そして,こう付け加えています。「帰属意識と,心身の健康を切り離すことはできません。」(※) わたしはここに霊的な健康も付け加えたいと思います。


※Jennifer Wickham, “Is Having a Sense of Belonging Important?,” Speaking of Health (blog), Mayo Clinic Health System, Mar. 8, 2019, mayoclinichealthsystem.org.

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ11:15
耳のある者は聞くがよい。

「聞く耳を持つ」(英文)1985年4月、ヘンリー・B・アイリング、管理監督会
定員会のひとりの少年が, 集会を何回か休まなければならなくなったときのことを私は覚えています。彼は, 自分の兄弟にテープレコーダーを持たせてクラスに出席させました。兄弟がテープに集会の模様を録音して, それを家に持ち帰ったのです。そのようなことが一度ならずありました。この執事が再び集会に出席できるようになってから, 私はその理由を尋ねてみました。彼の話した言葉は忘れてしまいましたが, 私の知っていることを彼も明らかに理解していたことだけは覚えています。神はその執事定員会に語りかけようとしておられました。その少年は私の声を聞くために録音しようとしていたのではなく, 神の言葉を聞こうとしていたのです。彼はどこに耳を傾け,どのようにしたら, それを聞くことができるのかを知っていたのです。

彼はクラスでよく聖典を読んでくれましたが, 彼が聖典を理解し愛していることが私にはわかりました。ですから私が聖霊の力によって十分に教えられなかったり, 聖典の中から主のみ声を理解して教えられなかったときでも, 彼は自分が聞く必要のある事柄を聞き分けることができました。その黒いテープレコーダーのテープが回っているのを思い出すと,いつも私はこの聖句を思い出すのです。

「耳のある者は聞くがよい」(マタイ11:15)

……

皆さんも私もそのような確信に対して,信頼を置くことができます。皆さんも私も聖典を学び, 祈り, 心と耳の調子を整えるならば, 私たちを教え, 導き, 指揮するために神が送られた人々の声を通して, 神のみ声を聞くことでしょう。