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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

イザヤ9:6

ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。

 

「神の前における自信」2025年4月、ラッセル・M・ネルソン大管長

イエス・キリストに従う者として、わたしたちは平和を作り出すことの模範となるべきです。慈愛が人格の一部になると、人をおとしめようとする衝動がなくなります。人を裁かなくなります。あらゆる職業や地位の人に慈愛を示します。(わたしたちは「すべての人に対して、また信仰の家族に対して」慈愛を抱くべきです(教義と聖約121:45))すべての人に対する慈愛は、わたしたちの成長に不可欠です。慈愛は、神のような人格の土台になります。

 

特に愛するのが難しい人に対して、より大きな慈愛で心を満たせるように、天の御父に嘆願しましょう。(これは「熱意を込めて」祈ることを意味します(モロナイ7:48))慈愛は、イエス・キリストに真に従う人に、天の御父から与えられる賜物です。モロナイ7:48参照)救い主は、「平和の君」であられます。イザヤ9:6参照)わたしたちは、平和のための主の道具になるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

イザヤ7:14

それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。

 

「イエス・キリストの力を生活に取り入れる」2017年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

この世を愛された神は,わたしたちの助け手として,その独り子ヨハネ3:16参照)を送ってくださいました。※1 そして,御子イエス・キリストはわたしたちのために命をささげてくださいました。すべては,わたしたちが神性の力,すなわち現代における様々な重荷,障害,誘惑を乗り越えるに十分な力を得られるようにするためでした。(わたしたちは神の言葉を知り,それに従って生きることにより自らを守ることができるエペソ6:17-18教義と聖約27:18参照)今日わたしは,わたしたちの主,師であられるイエス・キリストの力を生活に取り入れる方法 についてお話ししたいと思います。

 

まず,主について学びましょう。※2 わたしたちが「無知で救われることは不可能」だからです。教義と聖約131:6救い主の教導の業と使命について知れば知るほど,教義と聖約76:40-41参照)主の教義と,2ニーファイ31:2-21参照)主がわたしたちのためにしてくださったことを理解するようになります。また,主がわたしたちの生活に必要な力をもたらすことがおできになると分かります。

 

※1 イエスは「油注がれた者」,すなわち人類の救いにかかわるあらゆることにおいて,天の御父を代表する者となるよう,御父から油を注がれた者であられた。イエスが油を注がれたのは,わたしたちの救い主,贖い主となるためであった。天地が造られる前から,イエスは,神のすべての子供の不死不滅を現実のものとし,わたしたちが永遠の命を得られるように油を注がれていた(ヨハネ17:241ペテロ1:20参照)。したがって,イエスはメシヤ(ヘブライ語)とキリスト(ギリシャ語)という,二つの他に類を見ない称号を持っておられた。どちらも「油注がれた者」という意味である。(『聖句ガイド』「油注がれた者」参照)

※2 御父の指示の下,イエスは地球(ヨハネ1:2-3参照)とそのほかの無数の世界(モーセ1:33参照)を創造された。この地上に生を受けるはるか以前,イエスは大いなるエホバ,すなわち旧約聖書の神であられた。シナイ山でモーセと言葉を交わしたのも,地上のすべての国民はアブラハムの血統を通じて祝福を受けるという聖約をアブラハムと交わしたのも,エホバであられた。また,イスラエルの家に属する部族と聖約を交わしたのはエホバであられた。イエスはイザヤの預言どおり,約束されたインマヌエルであられた(イザヤ7:14参照)。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エレミヤ31:33

しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。

 

「なぜ聖約の道なのか」2021年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

聖約を交わしているわたしたちは,心から福音の原則に従っています。わたしのよく知っている夫婦の中に,結婚当初奥様が教会に熱心ではなく,ご主人は教会員でない夫婦がいました。仮にこの二人をメアリーとジョンと呼びましょう。子供が生まれると,メアリーは子供たちを聖文にあるように「主の薫陶と訓戒とによって」育てる必要があると,強く感じました。エペソ6:4エノス1:1も参照)ジョンは協力的でした。メアリーは継続的に子供に福音を教えるために,幾つか大切なものを犠牲にして家にいられるようにしました。そして,教会の礼拝と活動から家族が最大限祝福を受けられるようにしました。メアリーとジョンは模範的な親になり,子供たち(全員元気な男の子です)は信仰を育み,福音の原則と標準に従って成長していきました。

 

ジョンの両親,つまり男の子たちの祖父母は孫たちが健全な生活をして学校の成績もいいので喜んでいました。しかし,教会に反感を持っていたため,すべてはジョンとメアリーの育児能力が高いだけだと考えようとしたのです。ジョンは教会員ではありませんでしたが,そのような意見を見過ごしませんでした。両親が目にしている孫たちの成長は福音の教え,つまり教会や家庭で経験していることの成果だと力説したのです。

 

ジョン自身も,妻の愛と模範,息子たちからの勧めのおかげで,御霊の影響を受けていました。やがてジョンはバプテスマを受け,ワードの会員と友人たちに大きな喜びをもたらしました。

 

この夫婦と息子たちの人生に試練がなかったわけではありませんが,メアリーとジョンは,自分たちが受けている祝福の根源にあるのは福音の聖約だということを,心から確信していました。この夫婦は,主がエレミヤに語られた次の言葉が自分たち自身と自分の子供たちの人生の中で成就するのを見てきたのです。「わたしは,わたしの律法を彼らのうちに置き,その心にしるす。わたしは彼らの神となり,彼らはわたしの民となる。」エレミヤ31:33

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)