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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

レビ2:13

あなたの素祭の供え物は、すべて塩をもって味をつけなければならない。あなたの素祭に、あなたの神の契約の塩を欠いてはならない。すべて、あなたの供え物は、塩を添えてささげなければならない。

 

「地の塩-人の味、人々の救い手」(英文)1980年4月、カルロス・E・エイシー、七十人

私は今ここに塩の入った容器を持っています。塩は皆様も御存じのように、ナトリウムと塩素から成っており、化学の分野では塩化ナトリウムとして知られています。

 

この白色の物質は私たちの生活で非常に重要な役割を果たしています。特に健康を維持するのになくてはならないものです。体細胞が生命を維持し、その機能を果たすためには塩分が必要です。塩は腐敗を防ぎ、細菌を殺す作用があるため、一種の防腐剤とも言えます。また、食品などに用いられており、その用途はざっと14,000以上に及ぶと言われています。

 

歴史学者は次のように語っています。「その昔、塩には宗教的な意味があり、清浄のシンボルとされていた。……塩は現在でも尊敬、友情、厚遇のしるしとして多くの民族の間で大切に扱われている。アラビア人が『私たちの間には塩がある』と言う時、それは『私たちは飲み食いを共にした友である』ということを意味している。」(『世界大百科事典』1978年、17巻69頁)

 

この世界を組織された創造主は、塩の性質とその重要性を完全に理解しておられました。聖典の中には、塩に関連して述べた箇所が35以上もあります。旧約聖書では「塩の契約」レビ2:13民数18:19歴代下13:5参照)という言葉が使われています。

 

救い主は新約聖書の中で、弟子たちを「地の塩」と呼ばれ、「塩のききめ」を失わないように戒められましたマタイ5:13。主はアメリカ大陸で選んだ弟子たちに対してもこの訓戒を与えて、次のように述べておられます。

 

「まことに、まことに汝らに告ぐ、われは汝らを世の塩のごとき者とすれど、塩もし塩気を失わば、何をもって世に塩の味をつくることを得べきか。その塩気をなくしたる塩はもはや何の役にも立たず、ただ捨てられて人々に踏みつけらるるのみ。」3ニーファイ12:13

 

私たちはこれまで幾度この聖句を読み、あるいは耳にしてきたことでしょう。でも、「地の塩」という言葉の意味を十分に理解していると言えるでしょうか。これは何のことを指して言ったものか御存じでしょうか。また、私たちはその言葉の意味の通りに行動しているでしょうか。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

出エジプト40:15

その父に油を注いだように、彼らにも油を注いで、祭司の務をさせなければならない。彼らが油そそがれることは、代々ながく祭司職のためになすべきことである。

 

「不変の原則」(英文)1993年10月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

預言者ジョセフ・スミスはこう教えています。「神権は永遠の原則であって、神とともに永遠より存在し、時の初めも終わりもなく、永遠に存続する。」(「予言者ジョセフ・スミスの教え」p.104;出エジプト40:15民数25:13アルマ13:7参照)

 

私たちは次のように教えられています。「神権は初めにアダムに与えられ、アダムは大管長会の職に任じられた。そしてその鍵を代々伝えた。アダムはこの世が造られる前、創造の時にそれを得た。」(「予言者ジョセフ・スミスの教え」p.104)

 

聖典は、神権がこれまで「父の血統によりて」教義と聖約86:8教義と聖約84:6-17107:40-41アブラハム1:2-4参照)続き、これからもそれによって続いていくことを証しています。神権の職への聖任も同様に永遠の意味を持っていますアルマ13:9,14参照)。神権の職の任期は来世にまで及ぶかもしれません。たとえば聖典には、大祭司に聖任された人は永遠に大祭司であり続ける可能性があると記されています。

 

神権の祝福の約束は全世界の男性、女性、子供に及び、永遠に続くことでしょう創世17:1-722:16-1826:3-428:13-14イザヤ2:2-31ニーファイ15:18アルマ29:8教義と聖約124:58132:47アブラハム2:11参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

出エジプト39:30

また純金をもって、聖なる冠の前板を作り、印の彫刻のように、その上に「主に聖なる者」という文字を書き、

 

「神殿の祝福を受けるための個人の備え」2001年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

ゴードン・B・ヒンクレー大管長の霊感あふれる導きの下で、今では、神殿はいつに増してて身近な存在となっています。どの神殿にもにも、「聖きを主に捧ささぐ」出工ジプト28:3639:30詩篇93:5参照。英文ではまったく同じ表現となっている,つまり"HOLINESS TO THE LORD")という言葉が刻まれています。この言葉は、神殿自体もその存在の目的もともに聖いことを意味しています。また同時に、神殿に参入する者も聖さという特質を身に付けていることが求められています。出工ジプト19:5-6レビ19:1-2詩篇24:3-51テサロニケ4:7モロナイ10:32-33教義と聖約20:69110:6-9参照。「聖句ガイド』「聖い」の項も参照)民に聖さを求めるよりも、建物に聖さを求める方が容易かもしれません。わたしたちが聖さを身に付けるためには、絶え間なく、地道に個人的な努力を続ける以外に方法がないからです。どんな時代であっても、主の僕(しもべ)たちは、聖なる状態からそれることの危険性について警告し続けています。ニーファイの弟のヤコブはこう書いています。「わたしは、聖さについてあなたがたに語るだろう。しかしあなたがたは、今聖なる状態ではなく、またわたしを師と見なしてくれているので、わたしは、罪の結果についてあなたがたに教えることが必要である。」2ニーファイ9:48

 

 

 

東京神殿

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)