ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。
「神の前における自信」2025年4月、ラッセル・M・ネルソン大管長
イエス・キリストに従う者として、わたしたちは平和を作り出すことの模範となるべきです。慈愛が人格の一部になると、人をおとしめようとする衝動がなくなります。人を裁かなくなります。あらゆる職業や地位の人に慈愛を示します。(わたしたちは「すべての人に対して、また信仰の家族に対して」慈愛を抱くべきです(教義と聖約121:45))すべての人に対する慈愛は、わたしたちの成長に不可欠です。慈愛は、神のような人格の土台になります。
特に愛するのが難しい人に対して、より大きな慈愛で心を満たせるように、天の御父に嘆願しましょう。(これは「熱意を込めて」祈ることを意味します(モロナイ7:48))慈愛は、イエス・キリストに真に従う人に、天の御父から与えられる賜物です。(モロナイ7:48参照)救い主は、「平和の君」であられます。(イザヤ9:6参照)わたしたちは、平和のための主の道具になるのです。
