「あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが,死んでしまった。」…「わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は,いつまでも生きるであろう。」…「それ以来,多くの弟子たちは去っていって,もはやイエスと行動を共にしなかった。」
「主は,飢えている者を良いもので飽かせなさいます」(英文)1997年10月、ジエフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
救い主はガリラヤで人々を教え導いておられたとき,わずか5つのパンと2匹の魚で5000人に食事を与えたという話を聞いて自分たちもただで食事にあずかりたいと期待してやって来た人々をたしなめられたことがあります。確かに食べ物も大切でしたが,主が彼らに与えようと努めておられた真の食べ物に比べれば,それほどのものではなかったのです。
「あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが,死んでしまった。」そして主は彼らにこう言われました。「わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は,いつまでも生きるであろう。」
しかし,それは彼らが求めていた食べ物ではありませんでした。記録にはこう書かれています。「それ以来,多くの弟子たちは去っていって,もはやイエスと行動を共にしなかった。」(ヨハネ6:49,51,66)
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過去にどのような道を歩んだかあるいは歩まなかったかにかかわらず, わたしは今日皆さんに「道であり, 真理であり, 命」(ヨハネ14:6) をお伝えしたいと思います。わたしたちは, 命のパンを心から求めていたキリストの最初の弟子たちの体験を一緒に追体験するよう, 皆さんにお勧めします。彼らはキリストから離れずに, みもとへ来て, そこにとどまり, キリスト以外に安全と救いを求める先はないことを理解しました。(ヨハネ6:68)
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わたしたちのこの世の旅の本質と,人生で最も重要な疑問に対する答えは, 結局, 救い主の地上における業のごく初期に見られる二つのとても簡潔な要素に集約されるようです。1番目の要素は地上に住む「あなたがたは何を求めているのか。何が欲しいのか」(ヨハネ1:38参照) というわたしたち一人一人に対する問いかけです。そして2番目の要素は,わたしたちがどう答えるかに関係なく, わたしたちの答えに対する主の反応です。わたしたちがどのような人間で, どのように答えるかに関係なく,主はいつも「従ってきなさい」という答えをなさいます。愛を込めて「わたしについてきなさい」(ヨハネ1:39参照) とおっしゃるのです。どこへ行くにしても, まず来て,わたしのすることを御覧なさい。わたしがどこで, どのように時間を使うかを御覧なさい。わたしに学びなさい。わたしとともに歩き, 語り, そして信じなさい。わたしの祈りに耳を傾けなさい。そうすれば, あなた自身の祈りに対する答えを見いだすことでしょう。神があなたがたの魂に休みを与えてくださるでしょう。わたしに従ってきなさい。


