「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -373ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヨハネ14:18
わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたのところに帰って来る。


「傷を負った人」2018年10月、ニール・L・アンダーセン、十二使徒定員会
心を尽くして祈ってください。イエス・キリストを信じる信仰と,主の実在や主の恵みに対する信仰を強めてください。主の言葉から力を得るのです。「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。」2コリント12:9

悔い改めが霊的な特効薬であることを忘れないでください。戒めを守り,慰め主にふさわしくあり,救い主の約束を心に留めるのです。「わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたのところに帰って来る。」ヨハネ14:18

神殿で感じる平安は,傷ついた心の痛みを和らげてくれる香油です。傷ついた心と,自分の先祖の名前を携えて,できるだけ頻繁に主の宮に参入してください。神殿では,現世での短い時間を永遠という広大なスクリーンに映し出してくれます。1コリント15:19

過去を振り返り,前世で自分のふさわしさを証明したことを覚えていてください。皆さんは神の勇敢な子供であり,主の助けを受け,この堕落した世での戦いに勝利することができます。かつてのように,もう一度戦いに打ち勝つことができるのです。

今度は未来を見てください。問題や悲しみは確かに実在しますが,永遠に続くのではありません。1ニーファイ1:11ニーファイ18:16なぜなら,御子が「〔御自分の〕翼に癒しを携えて」3ニーファイ25:2よみがえられたからです。

 

 

 



 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヨハネ14:16,17,26
わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。 それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら、それはあなたがたと共におり、またあなたがたのうちにいるからである。…しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。


「イエス・キリスト――偉大な癒し主」2005年10月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
愛弟子ヨハネはこう宣言しました。「見よ,世の罪を取り除く神の小羊。」ジョセフ・スミス訳ヨハネ1:29 何という力でしょう。偉大な癒し主以外に,世の罪を取り除くことのできる人はいません。わたしたちは主に計り知れない恩義を受けているのです。

宣教師のグループに話したときの経験をよく覚えています。質問はないか尋ねると,一人の長老が立ち上がりました。長老は目に涙を浮かべながら言いました。「イエスはどうしてあれほど苦しまれなければならなかったのですか。」わたしは賛美歌集を開いて,「わが主よ,わが神」の歌詞を読むように頼みました。彼は読み始めました。

主イエスを遣わせし父

その愛,悟り難し

十字架染めし主の血は

わが罪,洗い清む(『賛美歌』44番「わが主よ、わが神」。詩篇8:3-99:1-2モーサヤ4:5-13も参照)

それから,この長老に「敬い崇め」の歌詞を読んでもらいました。これらの歌詞には特に胸を打つものがあります。なぜなら,尋ねられたまさしくその質問に対して主御自身であればこうお答えになるであろうという言葉が提示されているからです。

敬い崇め 頭を下げて

救われし者 わが業思え

血の汗をもて 十字架の上に

汝らの罪 贖いにけり

思い出せ汝が罪の贖い

カルバリのわが 苦しみの死を(『賛美歌』104番「敬い崇め」教義と聖約19:16-1945:3-5も参照)

イエスは,その深い愛のゆえに深い苦悩を味わわれました。主はわたしたちが悔い改め,改心するよう望んでおられます。完全な癒しを与えられるようにするためです。

つらい試しに遭うとき,(「部屋を出る前に」『賛美歌』78番,3節参照) 神への信仰を深め,熱心に働き,周りの人に仕えるべきです。そうするときに主は傷ついた心を癒してくださいます。そして一人一人に平安(ヨハネ14:27参照) と慰めイザヤ40:1ヨハネ14:16-17,26参照) を授けてくださるのです。これらの偉大な賜物は,死をもってしても損なわれることはありません。

 

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヨハネ14:14-21

何事でもわたしの名によって願うならば,わたしはそれをかなえてあげよう。もしあなたがたがわたしを愛するならば,わたしのいましめを守るべきである。わたしは父にお願いしよう。そうすれば,父は別に助け主を送って,いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず,知ろうともしないので,それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら,それはあなたがたと共におり,またあなたがたのうちにいるからである。わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたのところに帰って来る。もうしばらくしたら,世はもはやわたしを見なくなるだろう。しかし,あなたがたはわたしを見る。わたしが生きるので,あなたがたも生きるからである。その日には,わたしはわたしの父におり,あなたがたはわたしにおり,また,わたしがあなたがたにおることが,わかるであろう。わたしのいましめを心にいだいてこれを守る者は,わたしを愛する者である。わたしを愛する者は,わたしの父に愛されるであろう。わたしもその人を愛し,その人にわたし自身をあらわすであろう。



「御子の御霊を受けられるように」2018年4月、ヘンリー・B・アイリング、大管長会
わたしたちが奉仕する中で,祈りと霊感と主の愛はどのようにともに働くかが,次の言葉に完全に示されています。

「何事でもわたしの名によって願うならば,わたしはそれをかなえてあげよう。

もしあなたがたがわたしを愛するならば,わたしのいましめを守るべきである。

わたしは父にお願いしよう。そうすれば,父は別に助け主を送って,いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。

それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず,知ろうともしないので,それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら,それはあなたがたと共におり,またあなたがたのうちにいるからである。

わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたのところに帰って来る。

もうしばらくしたら,世はもはやわたしを見なくなるだろう。しかし,あなたがたはわたしを見る。わたしが生きるので,あなたがたも生きるからである。

その日には,わたしはわたしの父におり,あなたがたはわたしにおり,また,わたしがあなたがたにおることが,わかるであろう。

わたしのいましめを心にいだいてこれを守る者は,わたしを愛する者である。わたしを愛する者は,わたしの父に愛されるであろう。わたしもその人を愛し,その人にわたし自身をあらわすであろう。」ヨハネ14:14-21

御父はこの瞬間も,皆さんや,皆さんの気持ち,また皆さんの周囲の人々の霊的,物質的な必要を完全に御存じであることを心から,個人的に証します。御父と御子が,聖霊の賜物を持つ人,その祝福を願い求める人,それを受けるにふさわしくありたいと望む人に,聖霊を送ってくださっていることを証します。御父も,御子も,聖霊も,わたしたちの生活に無理やりに入ってくることはなさいません。わたしたちには選ぶ自由があるのです。主はすべての人にこう言われました。

「見よ,わたしは戸の外に立って,たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら,わたしはその中にはいって彼と食を共にし,彼もまたわたしと食を共にするであろう。

勝利を得る者には,わたしと共にわたしの座につかせよう。それはちょうど,わたしが勝利を得てわたしの父と共にその御座についたのと同様である。

耳のある者は,御霊が,言うことを聞くがよい。」黙示3:20-22

皆さんに惜しみなく送られる御霊の声を聞くことができるよう,心から祈ります。皆さんが常に心を開き,御霊を受けられるように祈ります。誠心誠意,イエス・キリストに信仰をもって,霊感を求めて尋ね求めるなら,主の方法で主の時に与えられるでしょう。神は少年ジョセフ・スミスにそうされました。そして今日も,わたしたちの生ける預言者,ラッセル・M・ネルソン大管長にも同じようにされます。神のために,その子供たちに仕えるために,神はあなたを彼らの歩む道に置かれました。自分の目で見たことだけによらず,さらに力強く御霊が心にささやいてくださったことによって,わたしはそれを知っています。

御父と御子が世界中のすべての神の子供たちや霊界にいる神の子供たちに対して抱いておられる愛を,わたしはこれまでずっと感じてきました。聖霊の慰めと導きを感じてきました。皆さんが,御霊を常に自分の伴侶とする喜びを味わえるように祈ります。イエス・キリストの御名により,アーメン