「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -374ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヨハネ14:15
もしあなたがたがわたしを愛するならば、わたしのいましめを守るべきである。


「わたしの愛のうちにいなさい」2016年10月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会
神の愛は何と貴い賜物でしょう!その愛で満たされたイエスは,次のように問いかけておられます。「わたしがあなたがたを癒すことができるように,今あなたがたはわたしに立ち返り,自分の罪を悔い改め,心を改めようとしているか。」3ニーファイ9:13また,やさしく力づけておられます。「見よ,わたしの憐れみの腕はあなたがたに向けて伸べられている。わたしは来る者をだれでも受け入れよう。わたしのもとに来る者は幸いである。」3ニーファイ9:14

皆さんは,まず自分を愛してくださった御方を愛するのではないでしょうか。1ヨハネ4:19参照)それなら,その御方の戒めを守ってください。ヨハネ14:15参照)皆さんは,友のために御自分の命を捨てられた御方の友となるのではないでしょうか。ヨハネ15:13参照)それなら,その御方の戒めを守ってください。ヨハネ15:14参照)皆さんは,その御方の愛のうちにとどまり,思いやりをもって与えてくださるすべてを受け取るのではないでしょうか。それなら,その御方の戒めを守ってください。ヨハネ15:10参照)わたしたちが主の愛を感じ,十分に主の愛のうちにいられますよう,イエス・キリストの御名によって祈ります,アーメン

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヨハネ14:9
イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。



「神会と救いの計画」2017年4月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会
すべては父なる神から始まります。御父については分からないことが比較的多いですが,わたしたちの得ている知識から,御父が最高の位にあられることと,御父とわたしたちの関係,救いの計画と天地創造とその後に続くほかのあらゆることを監督なさる御父の役割を明確に理解することができます。

ブルース・R・マッコンキー長老は亡くなる直前に次のように書いています。「言葉の持つ究極かつ最終的な意味で,唯一まことの生ける神がおられます。この御方は御父であり,全能のエロヒム,至高者,全宇宙の創造者にして統治者であられます。」(ブルース・R・マッコンキー,A New Witness for the Articles of Faith (1985年)51)この御方はイエス・キリストの神であり御父であり,同じくすべての人の神であり御父であられます。デビッド・O・マッケイ大管長はこう教えています。「イエス・キリストが最初に唱えられた第一の根本となる真理はこれです。すなわち,万物の後ろに,上に,すべてを治める父なる神,天地の主がおられるということです。」(デビッド・O・マッケイ, Conference Report, 1935年10月,100)

父なる神の属性についてわたしたちが知っている事柄のほとんどは,御父の独り子であるイエス・キリストの務めと教えから学ぶことができます。ジェフリー・R・ホランド長老が教えているように,イエスの務めの最も重要な目的の一つは,「永遠の父なる神とはどのような御方なのか」を人に示し,「……御自分の父親である天の御父の本質を明らかにし,御父の本質を人が自分で理解できるよう」にすることでした。(ジェフリー・R・ホランド「偉大な神の性質」2003年10月)聖書には,イエスは御父の「本質の真の姿」へブル1:3であられるという使徒の証がありますが,これは,「わたしを見た者は,父を見たのである」というイエス御自身の教えに説明を加えたものにすぎませんヨハネ14:9

父なる神は,わたしたちの霊の父であられます。わたしたちは御父の子供です。御父はわたしたちを愛し,すべてのことをわたしたちの永遠の幸せのために行われます。御父は救いの計画を作られた御方であり,御父の力によって,その子供たちの究極の栄光をもたらす計画は目的が成し遂げられます。
 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヨハネ14:6-7
イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。 もしあなたがたがわたしを知っていたならば、わたしの父をも知ったであろう。しかし、今は父を知っており、またすでに父を見たのである」。 



「もしあなたがたがわたしを知っていたならば」2016年10月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会
「あなたがたはまったくわたしを知らない」, 「あなたがたはわたしを知らない」という言葉は,わたしたち一人一人にとって自分自身を霊的に深く見つめ直すきっかけとなるべき言葉です。わたしたちはただ救い主について知っているだけでしょうか。それとも,さらに主を知るようになっているでしょうか。どうしたら,主を知るようになるのでしょうか。この魂への問いかけが,わたしのメッセージの主題です。この重要な主題について一緒に考えるとき,聖霊の助けがあるよう切に願います。

イエスは言われました。

「わたしは道であり,真理であり,命である。だれでもわたしによらないでは,父のみもとに行くことはできない。

もしあなたがたがわたしを知っていたならば,わたしの父をも知ったであろう。」ヨハネ14:6-7

愛する御子を知るようになるにつれ,わたしたちは御父を知るようになります。

現世の偉大な目的は,御父の独り子について学ぶだけでなく,知るように懸命な努力をすることです。主を知るようになるうえで助けとなる,4つの不可欠な段階があります。主を信じる信仰を働かせること,主に従うこと,主に仕えること,そして主を信じることです。