「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -346ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1コリント2:9
しかし、聖書に書いてあるとおり、「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」のである。


「わたしの愛のうちにいなさい」2016年10月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会
ヘレン・ケラーの生涯についての映画では,アン・サリヴァンの働きに満足しているヘレンの両親の姿が描かれています。野蛮な娘ヘレンが教え込まれ,行儀よく夕食のテーブルにつき,普通の人のように食事をし,食事が終わるとナプキンをたたむまでになったのです。しかしアンは,ヘレンにはもっともっと多くの能力があり,大きな働きができると知っていました。(ウィリアム・ギブソン,The Miracle Worker(motion picture,1962年)参照)わたしたちも,これまでに自分が成し遂げてきたことと,今あるがままの自分に十分満足しているかもしれません。しかし救い主は,人には「鏡に映して見るようにおぼろげに」しか理解できない輝かしい可能性を理解しておられるのです。1コリント13:12わたしたちもそれぞれ,神から授かった可能性を開花させるときに,大きな喜びを味わうことができます。それは,言葉に命が吹き込まれ,魂に光が注がれ解放されたときにヘレン・ケラーが感じた喜びに似ています。わたしたちはそれぞれ,神を愛し,神に仕え,同胞に祝福をもたらす力を得ることができます。「聖書に書いてあるとおり,『目がまだ見ず,耳がまだ聞かず,人の心に思い浮びもしなかったことを,神は,ご自分を愛する者たちのために備えられた』ので〔す〕。」1コリント2:9

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1コリント2:5
それは、あなたがたの信仰が人の知恵によらないで、神の力によるものとなるためであった。



「地上に信仰が見られるであろうか」2002年10月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会
信仰について教えてくれる人々がいます。わたしたちが心と思いを開きさえすれば彼らは教えてくれます。そのような人の中に,夫を亡くした一人の女性がいます。一人で息子を育てなければならなくなってから,彼女は生計を立てる方法を探していろいろと努力しました。しかし,当時その地は,ひどい飢饉に見舞われ,食糧が底をついて,多くの人が飢え死にしていました。

食糧が少なくなるにつれて,生き延びる可能性も低くなっていきました。彼女は一日一日と,わずかな食糧が次第に少なくなっていく様子を手の施しようもなく眺めていました。

助けの手が差し伸べられることを期待していましたが,助けてくれる人はいません。そしてある日,最後の1食分を残して食糧がなくなってしまうという日が,とうとうやって来ました。

そこへ見知らぬ人が訪ねて来て,とんでもないことを言いました。「手に一口のパンを持ってきてください。」

彼女は男の方を向いて言いました。「あなたの神,主は生きておられます。わたしにはパンはありません。ただ,かめに一握りの粉と,びんに少しの油があるだけです。」彼女は自分と息子のために最後の食事を作って,「それを食べて死のうとしている」と言いました。

彼女は目の前の人が主から遣わされた預言者エリヤだとは知りませんでした。信仰の原則を理解していない今日の人々は,この預言者が次に言った言葉に驚くかもしれません。

「恐れるにはおよばない」と彼は言いました。「しかしまず,それでわたしのために小さいパンを,一つ作って持ってきなさい。その後,あなたと,あなたの子供のために作りなさい。」

彼女が何を考えたか想像できるでしょうか。どのような気持ちを抱いたでしょうか。彼女が答える聞もなく,男は続けて言いました。「『主が雨を地のおもてに降らす日まで,かめの粉は尽きず,びんの油は絶えない』とイスラエルの神,主が言われるからです。」

預言者の約束を聞いた女性はそれを信じて,エリヤから指示されたとおりにしました。「彼女と彼および彼女の家族は久しく食べた。主がエリヤによって言われた言葉のように,かめの粉は尽きず,びんの油は絶えなかった。」列王上17:11-16参照)

今日の常識からすれば,この預言者が求めたことは不当であり,利己的に映るかもしれません。今日の常識からすれば,この女性の取った行いは愚かで,ばかげているように見えます。なぜこのように映るかと言えば,わたしたちは目に見えるものに基づいて判断することが多いからです。目の前にある証拠や当座の利益に基づいて判断してしまうのです。

しかし,「信仰とは,望んでいる事がらを確信し,まだ見ていない事実を確認すること」です。ヘブル11:1ヘブル11:2-40エテル12:7-22も参照)信仰とは闇の向こうにある光を見通すことです。「あなたがたの信仰〔は〕人の知恵によらないで,神の力によるもの」でなければなりません。1コリント2:5

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1コリント1:27
それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、……


「あなたは御父にとって大切な存在です」2011年10月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会
愛する兄弟姉妹の皆さん,宇宙の広大さに比べたら,確かに人は取るに足りないかもしれません。時には,自分がつまらない,人に気づかれない,孤独で,忘れられた存在だと感じることさえあるでしょう。でもいつも覚えていてください。あなたは御父にとって大切な存在であることを。それを疑うことがあるなら,次の4つの神聖な原則について考えてください。

第1に,神は謙遜で柔和な人を愛しておられます。そのような人は「天国でいちばん偉い」からです。マタイ18:4。1-3節も参照)

第2に,「〔主の〕完全な福音が弱い者や純朴な者によって世界の果てまで……宣べられる」よう主は彼らにその業をゆだねておられます。教義と聖約1:23「出て来て,力ある強い者たちを打ち破る」ために,教義と聖約1:19また「強い者」を辱めるために,「世の弱い者」をお選びになったのです。1コリント1:27

第3に,住む場所,質素な環境,地味な職業,限られた能力,平凡な容姿,教会の小さな召しなどにかかわらず,天の御父の目には皆さんの姿がはっきりと映っています。御父は皆さんを愛しておられ,皆さんの謙虚な心,愛と親切心から出た行動を御存じです。それは皆,皆さんの忠誠心と信仰の永久に変わらぬ証なのです。

最後ですが第4に,今見たり経験したりしていることは永遠に続くわけではないということを理解してください。孤独感,悲しみや苦痛,失望が永遠に続くことはありません。神に心を向ける人を神は忘れたり見捨てたりは決してなさらないとわたしたちは約束されています。ヘブル13:5参照)その約束に希望と信仰を持ってください。天の御父を愛し,言葉と行いにおいて主の弟子になるよう努めてください。

……

神は皆さんを,小さな地球の上で短い間だけ生きる,死すべき者と考えてはおられません。御自分の子供と見なしておられるのです。なるべき者になれる能力を備えた存在であり,そのように創造された存在であると思っておられます。皆さんが御自分にとって大切な存在であることを知ってほしいと望んでおられます。