「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -339ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2コリント3:3
そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。 



「わたしにつながっていなさい。そうすれば,わたしはあなたとつながっていよう。それゆえ,わたしとともに歩みなさい。」2023年4月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会
愛する兄弟姉妹の皆さん,御言葉はわたしたちの中にあるでしょうか。救い主の福音の真理は,わたしたちの心の板に書き込まれているでしょうか。2コリント3:3参照)わたしたちは,主に近づき,徐々に似た者となっているでしょうか。キリストの木は,わたしたちの中で成長しているでしょうか。わたしたちは,主にあって「新しく造られた者 」2コリント5:17になるよう努力しているでしょうか。アルマ32:421ニーファイ15:36

このすばらしい可能性こそ,アルマが次のように尋ねた理由かもしれません。「あなたがたは,霊的に神から生まれているか。あなたがたの顔に神の面影を受けているか。あなたがたは心の中に,この大きな変化を経験したか。」アルマ5:14

わたしたちは,エノクに対する主の教えを常に覚えておく必要があります。「あなたはわたしにつながっていなさい。そうすれば,わたしはあなたとつながっていよう。」モーセ6:34つながっているという救い主の約束は真実であり,回復された主の教会の聖約を守るすべての会員に与えられることを証します。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2コリント2:11
そうするのは、サタンに欺かれることのないためである。わたしたちは、彼の策略を知らないわけではない。



「大いなる偽り者」(英文)1987年10月、ジェームズ・E・ファウスト、十二使徒定員会
このテーマを選んだ大きな理由は,「サタンに欺かれることのないためである。わたしたちは,彼の策略を知らないわけではない」(2コリント2: 11) と語ったパウロに倣い,若人のために警告を与えることです。私たちは,世の狡智についてあまり知識を持たない若人が,サタンの誘惑や欺きから自分自身を守ることができるように願っています。サタンのやり口に精通しているなどというつもりはありませんが,私は自分自身やほかの人々の生活の中に,サタンの働きや影響力を見てとったことが何度かあります。

……

皆さんの中には,サタンの誘惑を感じたり,その声を聞いたことがないというような人がいるでしょうか。多くの場合サタンの誘惑は理にかなった正当なものに思えます。サタンの誘惑の声は,耳に快く響き,私たちの心をそそります。厳しいところや耳ざわりなところはひとつもありません。もし悪魔の声が不愉快なものであったら,人々の耳目を引きつけたり,誘惑することはできないでしょう。

……

私たちの心に強く訴えかけてくるサタンの言葉には,次のようなものがあります。「そんなことはだれでもしてる。」「それをしてもだれも傷つけないから大丈夫。」「自分で正しいと思ったら,それが正しいことなのだ。」「今はそれが流行なのだ。」こうした狡猾な方法を用いるサタンは,まさしく大いなる偽り者と言うにふさわしい存在です。私たちは皆,心の中にひとつのブレーキシステムを持っています。それは,私たちがサタンに従って悪の道を遠くまで進まないように,ブレーキをかけてくれます。私たちの心にささやきかける静かな細い声こそ,このブレーキシステムにほかなリません。しかしひとたびサタンに負けると,ブレーキオイルが漏れ始め,ブレーキの利きが悪くなったり,全然役に立たなくなったリします。

……

C・S・ルイスは,また次のように書いています。「善良な人間は誘惑がどのようなものかまったく知らない,などという愚かな考えが人々の間に広まっている。これは明らかな偽りである。誘惑の強さを理解できるのは,誘惑と戦う人だけである。……誘惑の風の強さは,それに立ち向かっていって初めてわかる。誘惑に負けて倒れている人にはわからない。」(「純粋なキリスト教の信仰」p.124)

予言者ジョセフ・スミスは,自分自身の体験から次のように言っています。「人が主に近づけば近づくほど,主のみこころの成就を妨げようとする力が強くなる。」(オルソン・ホイットニー「ヒーバ-. C・キンボールの生涯」p.132)

しかし,サタンの力を恐れるあまり萎縮する必要はありません。すきを与えなければ,サタンは私たちに対して力を振るうことはできないのです。サタンは本当は憶病で,私たちに確固とした心構えがあれば退却してしまうのです。使徒ヤコブはこう勧告しています。「そういうわけだから,神に従いなさい。そして,悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば,彼はあなたがたから逃げ去るであろう。」(ヤコブ4: 7)  私たちから話しかけなければ,サタンといえども私たちの心の中を知ることはできません。ニーファイも,サタンには義人の「心を支配するカがないと言っています。(1ニーファイ22: 26参照)

 

 


今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2コリント1:3-4
ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神、あわれみ深き父、慰めに満ちたる神。 神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである。 



「憤りを感じるほどの不公平」2021年4月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会
様々な不公平が相まって,押しつぶされそうな不公平の津波が生み出されることがあります。例えば,新型コロナウイルス感染症のパンデミックは,それでなくとも様々な理由で不利な状況にある人たちに追い打ちをかけています。そんな不公平な状況にある人のことを思うと心が痛みます。それでも,イエス・キリストは不公平を理解され,また治療薬を与える力をお持ちであることを,心から宣言します。主が堪え忍ばれた不公平に勝る不公平はありません。主が全人類の痛みと苦しみを味わわれたのは,不公平なことでした。主がわたしや皆さんの罪と過ちのために苦しまれたのは,不公平なことでした。しかし,主はわたしたちと天の御父を愛しておられたので,あえてその道を選ばれたのです。主はわたしたちが経験していることを完全に理解しておられます。ヘブル4:15参照)

……

不公平な状況でわたしたちがするべきことの一つは,「人生の中で経験するすべての不公平なことは,イエス・キリストの贖いによって正される」と信じることです。イザヤ61:2-3黙示21:4;ジョセフ・B・ワースリン「どんな出来事も愛しなさい」2008年10月) イエス・キリストは世に打ち勝ち,あらゆる不公平を「取り去ら」れました。主がおられるので,わたしたちはこの世で平安を得て元気を出すことができます。ヨハネ16:33参照) 主に委ねるならば,主はこの不公平を聖別してわたしたちの益にしてくださいます。2ニーファイ2:2参照) 慰めるだけでなく,失われたものを元に戻してくださいます。ヨブ42:10,12-13モルモン書ヤコブ3:1参照) 不公平をわたしたちの益にしてくださるのです。方法と時期については,アルマのように認め,受け入れる必要があります。「それは重要​で​はない。神​は​これら​の​こと​を​すべて​​御存じ​だからである。これ​が​事実​で​ある​と​いう​こと……​が​分かれ​ば,わたし​に​は​それ​で​十分​である。」アルマ40:5

方法と時期に関する疑問は後回しにして,イエス・キリストを信じ,イエスがすべてを正す力を持ち,そうしたいと切望されていることを信じる信仰を育むことに焦点を当てるようにするとよいでしょう。モーサヤ4:9参照)方法と時期を知ることに固執するのは,非生産的で,やはり近視眼的なのです。(ラッセル・M・ネルソン「神に勝利を」2020年10月)

イエス・キリストを信じる信仰が育まれると,イエスのようになろうと努めるはずです。そうすると思いやりをもって人に接し,不公平な部分を正すよう努めるようになります。アルマ60:9-112コリント1:3-4も参照)わたしたちは影響の及ぶ範囲で物事を正そうと努めることができるのです。実際救い主は,「熱心に善いことに携わり,多くのことをその自由意志によって行い,義にかなう多くのことを成し遂げなければならない」教義と聖約58:2726,28-29節も参照)と教えておられます。