「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -305ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1ヨハネ1:9
もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。


「わずかな誤差」2008年4月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会
兄弟の皆さん,適切な針路修正を怠った結果主の道からあまりに遠く離れ,今さら元には戻れないと思っている人がいます。そのような人に,わたしたちは贖いと救いの福音という良い知らせを伝えます。どれほど大きく道からそれてしまっていても,どれほど遠くまで迷い出てしまっていても,必ず戻ることができます。そして,その方法は明確です。来て,御父から学んでください。打ち砕かれた心と悔いる霊を犠牲としてささげてください。信仰を持ち,イエス・キリストの無限の贖いが持つ清めの力を信じてください。罪を告白し,悔い改めるならば,公平な神は御言葉どおりにわたしたちを赦し,あらゆる不義から清めてくださいます。1ヨハネ1:9.参照)「たといあなたがたの罪は緋のようであっても,雪のように白くなるのだ。」イザヤ1:18

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1ヨハネ1:9
もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。


「柔和で心のへりくだった者」2018年4月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会
柔和であることの最も崇高で意義深い模範は,救い主御自身の生涯に見いだすことができます。

大いなる贖い主は,「万物の下に身を落とし」教義と聖約88:6,「すべての不義からわたしたちをきよめ〔る〕」ために苦しみ,血を流し,亡くなられた御方であり,1ヨハネ1:9御自分の弟子たちのほこりまみれの足を優しくお洗いになりました。ヨハネ13:4-5参照)そのような柔和さは,僕,また指導者としての主の顕著な特徴です。

ゲツセマネで激しい苦しみを受けたとき,イエスは義にかなった態度で応じ,進んで従うことの究極の模範を示しておられます。

「〔イエスは〕いつもの場所に着いてから,〔弟子たち〕に言われた,『誘惑に陥らないように祈りなさい。』

そしてご自分は,……ひざまずいて,祈って言われた,

『父よ,みこころならば,どうぞ,この杯をわたしから取りのけてください。しかし,わたしの思いではなく,みこころが成るようにしてください。』」ルカ22:40-42

この永遠に不可欠であって極度の苦痛を伴う経験の中で救い主が示された柔和さは,自分自身の知恵よりも神の知恵を優先することの大切さをわたしたち一人一人に示しています。

主がいつでも進んで従い,御自身をしっかりと制しておられたことは,わたしたち皆に畏敬の念をもたらし,教訓を与えてくれます。神殿の衛兵とローマ兵の一団がゲツセマネに来て,イエスを捕えて拘束しようとしたとき,ペテロは剣を抜いて大祭司の僕の右の耳を切り落としました。ヨハネ18:10参照)そのとき救い主は,その僕の耳に手を触れてお癒しになりました。ルカ22:51参照)救い主が手を伸ばして,御自分を捕えるかもしれない人を,御自分が捕えられて十字架につけられるのを防ぐために用いることもできた同じ天の力を用いて祝福されたということに注目してください。

また,主がピラトの前で訴えられ,十字架の刑を宣告されたときのことについて考えてください。マタイ27:2,11-26参照)イエスは裏切りの場面で,「それとも,わたしが父に願って,天の使たちを十二軍団以上も,今つかわしていただくことができないと,あなたは思うのか」と言っておられました。マタイ26:53それにもかかわらず,「生者と死者双方の永遠の裁き主」モロナイ10:34は,逆に一時的に政治を行う者として任命された人の前で裁きをお受けになったのです。「しかし,総督が非常に不思議に思ったほどに,イエスは何を言われても,ひと言もお答えにならなかった。」マタイ27:14救い主の柔和さは,主が自制心をもって応じ,確固として抑制を働かせ,御自分の持つ無限の力を自らの利益のために用いようとなさらなかったことにはっきりと表れています。

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1ヨハネ1:7
しかし、神が光の中にいますように、わたしたちも光の中を歩くならば、わたしたちは互に交わりをもち、そして、御子イエスの血が、すべての罪からわたしたちをきよめるのである。


「わたしは手本を示したのだ」2014年4月、リチャード・G・スコット、十二使徒定員会
効果的に,キリストがなさったようにするには,ヨハネ13:15次の福音の基本原則に焦点を当ててください。すなわち,イエス・キリストの贖いにより,わたしたちは天の御父に似た者となり,その結果,家族として永遠にともに生活できるようになります。

わたしたちの業にとって最も重要な教義はイエス・キリストの贖罪です。あらゆる適切な機会において,救い主について,また主の贖いの犠牲の力について,証を述べてください。主について,またあらゆる人にとって主は完全な模範である理由を教えている聖文を使ってください。 勤勉に研究する必要があるでしょう。つまらないことに没頭しすぎて教義や主の教えを学ぶ機会を失うことのないようにしてください。教義を自身の堅固な土台にするなら,皆さんは,重要な真理をまさに必要としている人々に対して真理を分かち合う力強い存在となれるでしょう。

わたしたちが天の御父に仕える最善の方法は,他の人に義にかなった影響を与え,奉仕することです。マタイ22:35-40モーサヤ2:17参照)これまで地上に存在した最も偉大な模範は,わたしたちの救い主イエス・キリストです。主がこの世で果たされた務めは,人々を教え,愛し,仕えることでした。主と交わる資格がないと判断された人々と,主はともに過ごされました。彼ら一人一人を愛し,彼らの必要を見分け,主の福音を教えられたのです。主の完全な模範に従うよう,主はわたしたちを招いておられます。

主の福音は,この世で平安と幸福に至る道であるとわたしは知っています。福音の明るい光をまだ受けていない人々に,わたしたちの愛と信頼,真理に関する知識を分かち合い,主がなされたようにすることを忘れないように祈ります。イエス・キリストの御名により,アーメン

※ ルカ22:39–46ヨハネ 8:3–11ピリピ 4:13ヤコブへの手紙5:15–161ヨハネ1:72ニーファイ1:15;  2ニーファイ25:17–30;  ヤコブ4アルマ7423ニーファイ11–30モロナイ10:32–33教義と聖約18:10–1619:13–1929:388:1–13138:2–4モーセ5:6–12などを参照