「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -303ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1ヨハネ3:1-3
わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである。世がわたしたちを知らないのは、父を知らなかったからである。 愛する者たちよ。わたしたちは今や神の子である。しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明らかではない。彼が現れる時、わたしたちは、自分たちが彼に似るものとなることを知っている。そのまことの御姿を見るからである。 彼についてこの望みをいだいている者は皆、彼がきよくあられるように、自らをきよくする。


「すばらしく益になっています!」ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会
ときどきわたしたちは,「もっと」何かに優れていないからと言って落胆することがあります。もっと霊的で,もっと尊敬されて,もっと知的で,もっと健康で,もっとお金持ちで,もっと親しみやすく,もっと能力があったら,と思うのです。もちろん,もっとよくなりたいと望んでも何も問題はありません。神はわたしたちを成長し進歩する者として創造されました。しかし忘れないでください。わたしたちは弱さがあるおかげで,謙遜になり,キリストに頼ることができます。そして,キリストは「〔わたしたちの〕弱さを強さに変え」られます。エテル12:27 反対にサタンは,わたしたちの弱さを使って,落胆のあまり努力することさえやめてしまおうかと考えさせます。

自分は人生で神が望んでおられるような人になる道を歩み始めるのに,何かにもっと優れている必要などないと言うことを学びました。

神は,今この瞬間にありのままのあなたを受け入れ,ともに働き始めてくださいます。あなたに必要なのはただ,進んで行う心と,信じたいという望みと,主への信頼です。

ギデオンは自分のことを貧しい農夫であり,父の家族のうちで最も小さな者であると考えていました。しかし,神は彼を大勇士として御覧になりました。士師6:12-16参照

サムエルがサウルを王に選んだとき,サウルはそれを考え直してもらえるように話しました。イスラエルのうちの最も小さな部族出身である自分がどうして王になどなれるだろうかと考えたのです。サムエル上9:21参照 しかし,神はサウルを「若くて麗し〔い〕」特別な者として御覧になったのです。サムエル上9:2

偉大な預言者モーセでさえも,一度は圧倒され,やる気をなくし,あきらめて死にたいとさえ思いました。民数11:14-15参照 しかし,神はモーセをあきらめることはされませんでした。

愛する兄弟姉妹の皆さん,不完全な肉体の目だけを通して自分自身を見るとき,十分よいとは思えないかもしれません。しかし,天のお父様はわたしたちの本当の姿を御覧になっておられ,将来どのようになれるかも御存じです。御父の息子,娘として,永遠の光と永遠の可能性と神聖な特質を持った存在として見ておられるのです。1ヨハネ3:1-3参照

救い主の犠牲により,全ての人に救いの扉が開かれ,神のみもとに帰ることが可能になりました。「〔神〕の前にへりくだるすべての者に対して,〔主の〕恵みは十分で」す。エテル12:27 主の恵みは人に能力を与える力であり,神の王国で救いを得るための道を開きます。 主の恵みにより,わたしたち全ての人が復活し,栄光の王国に救われるのです。

最も低い栄光の王国である星の栄えの王国でさえ,「人知ではとうてい計り知れないもので」教義と聖約76:89 あり,数限りない人々がこの救いを受け継ぐ教義と聖約76:109 参照) と言われています。

しかし,救い主の恵みによりもっと多くのことが可能になります。末日聖徒イエス・キリスト教会の会員であるわたしたちは,想像をはるかに超えたことを熱望しています。それは,日の栄えの王国で昇栄することであり,天の御父のみもとで,永遠の命を得ることです。これは神の最も偉大な賜物です。教義と聖約14:7 参照) 日の栄えの王国では,「御父の完全と御父の栄光」を受けます。教義と聖約76:56 確かに,御父が持っておられる全てがわたしたちに与えられるのです。教義と聖約84:38 参照)

わたしたちは昇栄というゴールを目指して,主の弟子として歩み続けるのです。

ほんの少しの信仰を働かせ,主イエス・キリストに穏やかに従う者として歩み始めるなら,皆さんの心に変化が起こるでしょう。サムエル上10:9参照 全身が光に満たされるでしょう。マタイ6:22 参照)

神は皆さんが自分で考えるよりはるかにすばらしい人物になれるように助けてくださいます。そのとき皆さんは自分の人生でイエス・キリストの福音が確かに益となっていることに気づくでしょう。実に,益になっているのです。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1ヨハネ2:6
「彼におる」と言う者は、彼が歩かれたように、その人自身も歩くべきである。


「神によって生まれる」(英文)1985年10月、エズラ・タフト・ベンソン、十二使徒定員会
主は心の内側から外側に向けて働きかけますが、この世は外側から内側に向けて働きかけます。この世は貧民窟から人々を連れ出そうとしますが、キリストは人々から悪や汚れた面を取り去り、自分自身で貧民窟から抜け出られるようにします。この世は環境を変えることによって人間を形成しようとしますが、キリストは人間自体を変え、それによって人間がみずからの手で環境を変えられるようにします。この世は人の行動を変えようとしますが、キリストは人の性質を変えることができるのです。

「人の性質は、今すぐにでも変えることができる」として、マッケイ大管長は次のように語っています。「人の性質は変えることができる。たとえほんのわずかな間でもキリストのみたまを心に感じたことのある人ならば、それを否定できる人はひとりもいないであろう。もし人が自分の持つ本質を主に委ねたならば、人はその本質、自分の性格を変えることができる。人の性質は直ちに変えることのできるものである。過去に人の本質は変えられた。将来にも人の本質は大幅に変わらなければならない。そうしない限り、この世は壊滅状態を迎えるであろう。それを変えることができるのはキリストのみである。

19世紀前に12人の人々が、この世を変えるために大きな貢献をした。社会的には取るに足らない12人の人々である。」(ビバリー・ニコルズによる引用、「豊かな生活を送るための段階」ルウェリン・R・マッケイ編、pp.23, 127)

そうです、キリストは人を変え、改心した人はこの世を変えることができるのです。

キリストのゆえに改心を経験した人は、キリストを指導者と仰ぎます。彼らはパウロと同じように言うでしょう。「主よ、私は何をしたらよいのでしょうか。」欽定訳使徒9: 6彼らは、ペテロによれば「御足の跡を踏み従」(1ペテロ2:21) うようになり、ヨハネによれば「彼が歩かれたように、その人自身も歩く」(1ヨハネ2:6) ようになります。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1ヨハネ2:4
「彼を知っている」と言いながら、その戒めを守らない者は、偽り者であって、真理はその人のうちにない。


「神の愛」(英文)2009年10月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会
時には、天が遠く感じることもありますが、聖文は希望を与えてくれます。「あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う。もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば。」エレミヤ29:13

しかし、一心に神を尋ね求めるには、単に祈りをささげたり、生活の中に神をお招きする言葉を少し述べたりするだけでなく、もっと多くのことが必要です。「神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである」1ヨハネ5:32ヨハネ1:6からです。わたしたちは神を知っていると高らかに公言することができます。神を愛していると人前で宣言することもできます。しかし、神に従っていなければ、すべては無意味です。「『〔神〕を知っている』と言いながら、その戒めを守らない者は、偽り者であって、真理はその人のうちにない」からです。1ヨハネ2:4イザヤ29:13

わたしたちは神の御言葉に添った思いや行動により、天の御父を愛する気持ちを強めて、その愛を実践します。御父の純粋な愛は、いっそう清く聖なる者となるよう、常にわたしたちを導き励ましています。御父の純粋な愛はまた、義にかなった道を歩むよう促してくれます。恐怖心や義務感からではなく、神を愛しているのでもっと神のようになりたいという心からの願いによって、そのように促されるのです。そのような行いにより、わたしたちは次のような状態に到達できます。「再び……生まれ、血によって、すなわちわたしの独り子の血によって清くされ〔る〕。それは、あなたがたがすべての罪から聖められ、この世において永遠の命の言葉を享受し、来るべき世において永遠の命、すなわち不死不滅の栄光を享受するためである。」モーセ6:59

愛する兄弟姉妹の皆さん、時折つまずくことがあっても、落胆しないでください。キリストの弟子として常にふさわしいと感じることができなくても、あきらめないでください。義にかなった道を歩む第一歩は、ひたすら努力することです。信じようと努力しなければなりません。神について学び、聖文を読み、末日の神の預言者の言葉を研究し、御父の御言葉に耳を傾け、御父から勧められている事柄を行うという選択をするようにしてください。難しく思えることが、できるようになり、なんとかできそうだったことがやがて習慣となり、完全に身に付くまで努力を続けてください。