「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -299ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

キリストあってこそのクリスマス―イエスの降誕を祝う

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

黙示録3:20
見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。


「人生の旅路に喜びを見いだす」2008年10月、トーマス・S・モンソン大管長
それより前に,主は,恐らく地上での使命の極致を思い浮かべながら,こう嘆かれました。「きつねには穴があり,空の鳥には巣がある。しかし,人の子にはまくらする所がない。」マタイ8:20「客間には……余地がなかった」(ルカ2:7参照)という言葉だけが主に向けられた唯一の拒絶の言葉ではなく,それは始まりにすぎませんでした。それでも主は皆さんとわたしに主を受け入れるよう招いておられます。「見よ,わたしは戸の外に立って,たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら,わたしはその中にはいって彼と食を共にし,彼もまたわたしと食を共にするであろう。」黙示3:20

悲哀を知っているこの悲しみの人,この栄光の王,この万軍の主はどなただったのでしょう。この御方こそ,わたしたちの主,救い主,神の御子,救いの源であられます。この御方は「わたしに従ってきなさい」マルコ2:14と招き,「あなたも行って同じようにしなさい」ルカ10:37と教え,「わたしの戒めを守り……なさい」教義と聖約11:6と嘆願しておられます。

主について行き,主の模範に倣い,主の御言葉に従いましょう。そうしながら,感謝という神聖な贈り物を主にささげましょう。

兄弟姉妹の皆さん,人生の変化を受け入れ,何が最も大切かを悟り, 常に感謝を表し,そのようにして旅路に喜びを見いだせますように,心から祈ります。イエス・キリストの御名により,アーメン

 

 

 

キリストあってこそのクリスマス―イエスの降誕を祝う

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

黙示録3:20
見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。


「主の祈りから得られる教訓」2009年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
祈りは個人が自主的に行うものです。主はこう述べておられます。「見よ,わたしは戸の外に立って,たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら,わたしはその中にはいって彼と食を共にし,彼もまたわたしと食を共にするであろう。」黙示3:20イエス・キリストの御名により天の御父に祈るとき,その戸は開かれるのです。3ニーファイ18:20教義と聖約88:64参照)

 

 

キリストあってこそのクリスマス―イエスの降誕を祝う

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

黙示録3:20
見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。


「主のみもとに来なさい」2009年4月、ニール・L・アンダーセン、十二使徒定員会
何よりもまず,わたしたちは救い主,贖い主であるイエス・キリストについて宣言します。今頂いているすべて,そしてこれから頂くすべてについて,わたしたちは主に負債を負っています。主の尊厳を畏敬の念をもって仰ぎ見るわたしたちに,主は遠ざかりなさいとは言われません。むしろ,みもとに来るように命じておられます。「わたしは戸の外に立って,たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら,わたしはその中にはい……るであろう。」黙示3:20

主の御言葉は世紀を越えて響きわたっています。

「わたしはよみがえりであり,命である。わたしを信じる者は,たとい死んでも生きる。

また,生きていて,わたしを信じる者は,いつまでも死なない。」ヨハネ11:25,26

兄弟姉妹,主は生きておられます。主は復活されました。そして地上での聖なる業を導いておられます。主の預言者はトーマス・S・モンソン大管長です。イエス・キリストの御名によって証します,アーメン