黙示録3:20
見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。
「人生の旅路に喜びを見いだす」2008年10月、トーマス・S・モンソン大管長
それより前に,主は,恐らく地上での使命の極致を思い浮かべながら,こう嘆かれました。「きつねには穴があり,空の鳥には巣がある。しかし,人の子にはまくらする所がない。」(マタイ8:20)「客間には……余地がなかった」(ルカ2:7参照)という言葉だけが主に向けられた唯一の拒絶の言葉ではなく,それは始まりにすぎませんでした。それでも主は皆さんとわたしに主を受け入れるよう招いておられます。「見よ,わたしは戸の外に立って,たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら,わたしはその中にはいって彼と食を共にし,彼もまたわたしと食を共にするであろう。」(黙示3:20)
悲哀を知っているこの悲しみの人,この栄光の王,この万軍の主はどなただったのでしょう。この御方こそ,わたしたちの主,救い主,神の御子,救いの源であられます。この御方は「わたしに従ってきなさい」(マルコ2:14)と招き,「あなたも行って同じようにしなさい」(ルカ10:37)と教え,「わたしの戒めを守り……なさい」(教義と聖約11:6)と嘆願しておられます。
主について行き,主の模範に倣い,主の御言葉に従いましょう。そうしながら,感謝という神聖な贈り物を主にささげましょう。
兄弟姉妹の皆さん,人生の変化を受け入れ,何が最も大切かを悟り, 常に感謝を表し,そのようにして旅路に喜びを見いだせますように,心から祈ります。イエス・キリストの御名により,アーメン
