「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -294ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

キリストあってこそのクリスマス―イエスの降誕を祝う

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルカ2:10
御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。


「クリスマスの物語の全容」2016年12月、クレーグ・ C・クリステンセン、七十人会長会
間もなくして,救い主が再び肉体をまとって死に打ち勝つ業を完成させられる時が来ました。ある春の日の早朝,週の初めの日に,マグダラのマリヤが主の墓に行くと,空になっていました。マリヤは主の声を聞き,主の愛すべき顔を見上げる最初の人となりました。イエスはその後,使徒たちに現れて,御自身の手と足を「さわって見」て,まさしく主であること,彼らの贖い主は確かに再び生きておられることを知るように勧められました。ルカ24:39

これこそが,わたしたちがクリスマスに祝う「よきおとずれ」です。ルカ2:10キリストがお生まれになられただけでなく,人とともに生き,人のために命をささげ,復活し,最終的には「〔御父がお与えになった〕業を終えられ」たのです。ヨハネ17:4わたしたちが喜ぶのは,時の初めからなされていた約束,すなわちイエス・キリストの贖罪によって成就した約束により世の混乱と混沌が静められるからです。そのため,クリスマスの物語は復活祭の物語を含めずにすべてを語ることはできません。救い主の贖いの犠牲こそが,ベツレヘムの夜を聖い夜としたのです。主の贖いの賜物こそが,わたしたちが前世で喜びの声を上げた理由であり,わたしたちの病を癒し,目を見えるようにし,あらゆる悲しみをぬぐい去る賜物なのです。イザヤ25:8黙示21:4参照)

クリスマスに楽しむ光は,世の光であられるイエス・キリストから発せられています。クリスマスに大切にしている物語は,キリストが実現可能にした御父の幸福の計画について教えています。クリスマスを神聖にする贈り物は,わたしたちが永遠の命を得られるように差し出された救い主の命です。わたしたちがこの贈り物を受け入れ,とりわけ一年の中のこのすばらしい時季に,主の愛と福音を全世界に宣べ伝えることができますように。イエス・キリストの聖なる御名によって申し上げます,アーメン

 

 

 

キリストあってこそのクリスマス―イエスの降誕を祝う

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルカ2:48-49
両親はこれを見て驚き、そして母が彼に言った、「どうしてこんな事をしてくれたのです。ごらんなさい、おとう様もわたしも心配して、あなたを捜していたのです」。 するとイエスは言われた、「どうしてお捜しになったのですか。わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか」。


「奉献された生活についての熟考」2010年10月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会
奉献された生活とは,労働の生活です。イエスは,生涯の早い時期から,御父の業に携わられましたルカ 2:48-49参照)。神御自身は,人の不死不滅と永遠の命をもたらす業によって栄光をお受けになりますモーセ 1:39参照)。わたしたちが神の業に参加したいと願うのは当然のことですが,それと同時に,正直な労働は皆神の業だということを認識する必要があります。トーマス・カーライルはこう述べました。「真の労働は皆神聖である。あらゆる真の労働には,それがほんの手仕事だとしても,何か神聖なものがある。労働のすそ野は大地に広がり,その頂点は天にまで及ぶ。」(トーマス・カーライルPast and Present(1843年),251)

神はこの世の生涯を,常に努力しなければならないように造られました。預言者ジョセフ・スミスの飾らない言葉を思い出します。「わたしたちは……絶え間なく働くことで不自由のない生活をすることができた。」ジョセフ・スミス―歴史 1:55労働は,生活を支え,豊かにします。この死すべき世にあって,失意や悲劇を乗り越える力です。懸命に働いて得られる達成感は,自尊心になります。労働により人格が築かれ,磨かれ,美が創造されます。労働はや神に奉仕する手段です。奉献された生活は労働にあふれ,繰り返しも多く,目立つことも感謝されることもないかもしれませんが,そのような労働には常に,成長,秩序,支えとなること,高めること,仕えること,志を抱くことが伴います。

 

 

キリストあってこそのクリスマス―イエスの降誕を祝う

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルカ2:40
幼な子は、ますます成長して強くなり、知恵に満ち、そして神の恵みがその上にあった。


「義の模範」2008年4月、トーマス・S・モンソン大管長
霊感を受けたビショップやアドバイザー,教師の影響力は,人の権力や世の富とは何の関係もありません。通常,最も影響力のある指導者とは,真理に献身することで人の心を燃やし,務めに従順であることが真の男らしさであることを示し,いつものありきたりな出来事をすばらしい機会に一変させることで,わたしたちがそうありたいと願う人物像を示してくれるのです。

忘れてはならないのが,わたしたちの第一の模範である,救い主イエス・キリストです。その降誕は預言者たちによって預言され,天使は主の地上での務めを声高らかに宣言しました。イエスは「ますます成長して強くなり,知恵に満ち,そして神の恵みがその上にあ〔りました〕。」ルカ2:40

ヨルダンの名で知られる川でヨハネからバプテスマを受けられた主は,人々に対する務めを正式に始められました。サタンの誘惑には背を向け,御父が定められた務めには顔を向け,心を傾け,命をささげられました。何という罪のない,無私の,気高い,神聖な生涯だったことでしょう。イエスは,働き,愛し,仕え,そして証されました。わたしたちが倣うべき模範として,これ以上すばらしいものがあるでしょうか。今から,まさに今晩から,その模範に倣いましょう。過去の自分は,敗北感と落胆,疑い,不信心とともに永遠に捨て去りましょう。そうすれば新しい命とともに,信仰,希望,勇気,喜びが得られるのです。大きすぎる務めも,重すぎる責任もなくなります。どんな義務も重荷ではなくなります。何であろうと,できないことはなくなるのです。