「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -186ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ36:17

そして苦痛に責めさいなまれていたときに、わたしは自分の多くの罪を思い出してひどく苦しみながら、見よ、かつて父がイエス・キリストという御方の来臨について民に預言するのを聞いたことを思い出した。イエス・キリストは神の御子であり、世の罪を贖うために来られるというのである。

 

「教義を教える力」(英文)1999年4月、ヘンリー・B・アイリング、十二使徒定員会

私たちは時間をかけて、全力で教義を教えますが、それに応えてくれない子供もいます。悲しいことです。しかし、聖文の中の家族の記録は希望を与えてくれます。息子アルマやエノスを考えてみてください。アルマ36:17エノス1:3彼らは危機に遭って父親の言葉、キリストの教えの言葉を思い起こしました。それが彼らを救ったのです。同様に、救いの神聖な教えについての皆さんが教えることは、子供たちの記憶に残るのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ36:15

おお、そのときにわたしが思ったのは、自分が追放されて霊と肉体がともになくなってしまえば、神の御前に立たされて自分の行いを裁かれることはないだろうということであった。

 

「聖餐と贖罪」2014年10月、ジェームズ・J・ハムラ、七十人

現世の生涯を通して,わたしたちの誰もが,罪と背きで汚れます。モーセ6:55参照)徳に反したことを考えたり,言ったり,行ったりしてしまいます。マタイ5:27-2812:36ヤコブの手紙3:1-13モーサヤ4:29-30アルマ12:14参照)要するに,清くない者となります。神の御前で清くない者が招く結果について,イエスは明確にしておられます。「清くない者は……神の前に住むことができない。」モーセ6:571コリント6:9エペソ5:51ニーファイ10:2115:33-34アルマ7:2111:3740:263ニ―ファイ27:19教義と聖約1:31-32も参照)息子アルマは,この現実をはっきりと思い知らされます。彼は清い天使と向かい合い,自らの汚れに苦しみ,悩み,責めさいなまれた挙げ句,「霊と肉体がともになくなって……神の御前に立たされ……ること〔が〕ない」アルマ36:1514節も参照。黙示6:15-17アルマ12:14も参照)ように願ったほどでした。

 

聖餐の水を取るときに,わたしたちはどのように罪と背きから清められ,神の御前に立つことができるか教わります。罪なき血を流すことで,イエス・キリストはあらゆる罪と背きに対する正義の要求を満たされました。そして,わたしたちに悔い改めるに足る御自身への信仰があるならば,清められるためにバプテスマをはじめとする救いの儀式と聖約をすべて受け入れ,聖霊を受けるよう求められます。聖霊を受けると,わたしたちは洗い清められます。イエスは次の教義を明らかにしておられます。

 

「清くない者は,決して〔神の〕王国に入ることができない。……わたしの血により衣を洗われた者のほかには,父の安息に入る者はいない。……

 

さて,戒めは次のとおりである。地の果てに至るすべての者よ,悔い改めて,わたしのもとに来て,わたしの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば,あなたがたは聖霊を受けて聖められ,終わりの日にわたしの前に染みのない状態で立てるであろう。」3ニーファイ27:19-20

 

これがキリストの教義です。2ニ―ファイ31:2-213ニ―ファイ11:31-4127:13-22教義と聖約76:40-42,50-54,69-70参照)この教義を受け,それに従った生活を送るときに,わたしたちは,本質的に,キリストの血によって洗われ,清くなります。3ニ―ファイ27:19参照。黙示1:5-67:14-15アルマ5:2113:11-12エテル13:10-11モーセ6:59-60も参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ36:4

しかし、わたしがそれを自分ひとりで知ったと思ってもらいたくない。物質的なものからではなく、霊的なものから知ったのであり、肉の思いからではなく、神から知らされたのである。

 

「自分自身を治める」(英文)1995年10月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

予言者たちは、道徳的な罪について繰り返し警告しています。ある予言者はこう戒めています。

 

「おお私の愛する兄弟たちよ。あの聖い神に対して罪を犯すのが恐ろしい悪事であることを思い起し、またあの狡猾な者の誘惑に負けるのもまた恐ろしい悪事であることを思い起せ。肉欲に迷う心は死を招き霊のことを思う心は永遠の生命を招くということを記憶せよ。」2ニーファイ9:39ローマ8:6アルマ36:4教義と聖約29:3567:10も参照)

 

ここで誤解しないでほしいのは、自分の肉体を顧みないようにと言っているわけではないということです。体には毎日気を配る必要があります。定期的に運動をして体調を整えるには、自制心も必要です。今年96歳になるジョセフ・アンダーソン長老には、驚嘆してしまいます。肉体を克服する霊の力があるからこそ、長老は何十年もの間、定期的に水泳を続けてこれたのです。でも、寿命を延ばしたくてしてきたのではありません。それは運動をしてきたことの結果に過ぎません。本当の願いは、神に仕え、主に油注がれた人に仕えることだったのです。

 

アンダーソン長老はいわば主が定められた、人生を有意義に過ごすための長寿法に従っていると言ってもいいでしょう。聖典にはこう記されています。

「天よりの召を全力を尽して遂行する者たちは、『みたま』により聖められてその肉体再新さる。これらの者は… 神の選民となる。」教義と聖約84:33-34

 

アンダーソン長老の健康法は、パウロの次の見解と一致しています。

「からだの訓練は少しは益するところがあるが、信心は、今のいのちと後の世のいのちとが約束されてあるので、万事に益となる。」1テモテ4:8