「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -14ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヨシュア1:5,9

あなたが生きながらえる日の間、あなたに当ることのできる者は、ひとりもないであろう。わたしは、モーセと共にいたように、あなたと共におるであろう。わたしはあなたを見放すことも、見捨てることもしない。

わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない。

 

「強く,また雄々しくあれ」2014年4月、トーマス・S・モンソン大管長

わたしたちは皆,恐れを感じ,あざけられ,反対に遭うことがあるでしょう。わたしたち皆が世間に迎合しない勇気,原則を守る勇気を持ちましょう。妥協せずに勇気を示す人に,神はほほえんでくださいます。勇気とは,雄々しく命を差し出すことだけではなく,確固として高潔に生きることでもあると理解されるとき,勇気は力強い,魅力ある徳となるのです。わたしたちが正しい生活を送るために努力して前進するとき,あるべき姿で生きる努力をするなら,間違いなく主からの助けを受け,主の言葉に慰めを見いだすでしょう。わたしは,ヨシュア記に記されている主の約束が大好きです。

 

「わたしはあなたを見放すことも,見捨てることもしない。……

 

……強く,また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも,あなたの神,主が共におられるゆえ,恐れてはならない。おののいてはならない。」ヨシュア1:5,9

 

愛する兄弟の皆さん,確固とした勇気をもって,使徒パウロと共に宣言しましょう。「わたしは〔キリストの〕福音を恥としない。」ローマ1:16そして,その同じ勇気をもって,パウロの勧告に従いましょう。「言葉にも,行状にも,愛にも,信仰にも,純潔にも,信者の模範になりなさい。」1テモテ4:12

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヨシュア1:5

あなたが生きながらえる日の間、あなたに当ることのできる者は、ひとりもないであろう。わたしは、モーセと共にいたように、あなたと共におるであろう。わたしはあなたを見放すことも、見捨てることもしない。

 

「わたしはあなたを見放すことも,見捨てることもしない。」2013年10月、トーマス・S・モンソン大管長

愛する兄弟姉妹の皆さん,わたしたちが時の流れや人生の危機に左右されることなく,天の御父に献身できますように。わたしたちは主を覚えるために困難を経験する必要はありません。強いられて謙遜になり主を信じ頼るようなことがあってはなりません。

 

わたしたちがいつも天の御父に近くあろうと努力できますように。そうするためには,御父に祈り,御父の御言葉に耳を傾けなければなりません。わたしたちは良いときも悪いときも,文字どおり主を絶えず必要としています。主の次の約束をいつも忘れませんように。「わたしはあなたを見放すことも,見捨てることもしない。」ヨシュア1:5

 

全身全霊をもって,わたしは証します。神は生きて,わたしたちを愛しておられます。神の独り子はわたしたちのために生きて,わたしたちのために亡くなられました。イエス・キリストの福音は,わたしたちが経験する人生の暗闇を貫いて輝く光です。いつでもそうでありますように,イエス・キリストの聖なる御名によって祈ります,アーメン

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

申命6:12

その時、あなたはみずから慎み、エジプトの地、奴隷の家から導き出された主を忘れてはならない。

 

「神の慈しみと偉大さを深く考える」2020年4月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会

神の偉大さを覚え,神がわたしたち個人や家族,民のためにしてこられたことについて深く考えるようにと,預言者はいつの時代でも,特に困難な時にこそ,人々に勧めてきました。(例えば,アブラハム2:16出エジプト13:3ヨシュア4:6-9サムエル上7:11-12参照)この勧めは聖典の至るところに出てきますが,モルモン書では特に顕著です。モルモン書の目的の一つは「​イスラエル​の​家​の​残り​の​者​に,主​が​彼ら​の​先祖​の​ため​に​どの​よう​な​偉大​な​こと​を​行われた​か​を​示す​」ことだという説明がタイトルページにあり,(モルモン書のタイトルページモルモン書の締めくくりには,モロナイのこのような訴えが載っています。「見よ,わたし​は​あなたがた​に​勧めたい。……あなたがた​は​これ​を​読む​とき​に,……主​が​人​の​子ら​に​どれ​ほど​憐れみ​を​かけて​こられた​か​を​思い起こし,それ​を​​心​の​中​で​​深く​考えて​ほしい。」モロナイ10:3

 

神の慈しみについて深く考えるようにと,預言者たちが一貫して訴えていることには驚かされます。(例えば,申命6:1211:18ヨシュア4:21-24サムエル上7:12ローマ2:411:222ニーファイ9:1033:14モルモン書ヤコブ1:7モーサヤ5:325:1027:22アルマ34:4ヒラマン12:23ニーファイ4:3318:11-12モルモン2:13教義と聖約133:52138:2参照)天の御父は,神とその愛する御子の慈しみを思い起こすことをわたしたちに望んでおられますが,それは御二方の満足のためではなく,それを思い起こすことによってわたしたちに影響があるからなのです。御二方の慈しみを思うと,視野が開け,理解の幅が広がります。御二方の憐れみについて思い巡らすと,わたしたちはより謙遜になり,よく祈るようになり,確固とした者となることができます。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)