さて、ニーファイに下された御言葉は告げられたとおりに成就し、見よ、太陽が沈んでも少しも暗くならなかった。こうして夜になっても暗くならなかったので、民は驚いた。
そして、預言者たちの言葉を信じなかった多くの者は地に倒れ、まるで死んだようになった。預言者たちの言葉を信じた者たちに対して企てた殺害の大計画が破れてしまったことが分かったからである。また、かつて告げられたしるしがすでに現れたからである。
そして彼らは、神の御子が間もなく御姿を現されるに違いないということを知るようになった。まことに、要するに北の地でも南の地でも、西から東に至るまで全地の面にいる人々は皆、非常に驚いて地に倒れた。
彼らは預言者たちが長年これらのことについて証してきたこと、またかつて告げられたしるしがすでに現れたことを知ったからである。そして彼らは、自分たちの罪悪と不信仰のために恐れ始めた。
そして、その夜は一晩中少しも暗くならず、まるで真昼のように明るかった。そして朝には、いつものとおりに再び太陽が昇った。そこで彼らは、しるしが与えられていたので、その日に主がお生まれになったことを知った。
そして、預言者の言葉のとおりに、すべてのことがことごとく成就した。
「イエス・キリストの復活」2014年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会
主は本当に亡くなられて,再び生きられたのでしょうか。そのとおりです。「わたしたちの宗教の基本原則は,使徒と預言者たちがイエス・キリストに立てた証です。すなわち主が亡くなり,葬られ,3日目に再びよみがえって,天に昇られたことです。わたしたちの宗教に関する他の全ての事柄は,それに付随するものにすぎません。」(『歴代大管長の教え―ジョセフ・スミス』,49‐50)
預言されたイエスの誕生が近づいたとき,古代のニーファイ人とレーマン人のほとんどの人が疑う一方で,信じる人々がいました。やがて,主の誕生のしるし,すなわち,暗くなることのない二昼一夜が現れ,全ての人が知ることになりました。(1ニーファイ1:15‐20参照)今日でも同じです。キリストの復活を文字どおり信じる人もいれば,疑い信じない人も多くいます。しかし知っている人もいます。時が経つと,全ての人が見て,全ての人が知ることになり,まことに,「すべてのひざがかがみ,すべての舌が贖い主の御前で告白します。」(モーサヤ27:31)
そのときまで,わたしは,新約聖書の中にある救い主の復活に関する多くの証人,すなわち,ペテロと十二人の使徒たち,清いマグダラのマリヤとその他の人々の経験や証を信じます。わたしは,モルモン書にある証,すなわち,使徒ニーファイとバウンティフルの地にいた名もない大勢の人々の証を信じます。また,多くの証の後に,この最後の神権時代の大いなる証,「小羊は生きておられる。わたしたちは……小羊を見たからである」(教義と聖約76:22‐23)と宣べたジョセフ・スミスとシドニー・リグドンの証を信じます。全能の神が鋭い目で御覧になる所で,ナザレのイエスが復活された贖い主であることの証人として,全てはイエスが復活されたという事実から始まっていることを証します。皆さんがこれと同じ証に確信と慰めが得られますように。イエス・キリストの御名により祈ります,アーメン


