「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -130ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約1:3

また、背く者は深い悲しみに刺し貫かれる。彼らの罪悪が屋根の上で語られ、彼らの隠れた行いが暴かれるからである。

 

「欺かれてはならない」2004年10月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会

実際,周囲を見渡すと欺く者は大勢います。犯した罪を認めない著名な官僚,自分の試合の勝ち負けをかけ事の対象にしたり,勝つために薬物を使用したりしながらその事実を否定する有名なスポーツ選手。有名人でなくとも,決して表面に出ないところで悪事を行っている人もいます。だれにも分からないと思っているのです。しかし,神はすべて御存じです。神は,「彼らの罪悪が屋根の上で語られ,彼らの隠れた行いが暴かれる」時が来ると繰り返し警告してこられました教義と聖約1:3モルモン5:8教義と聖約38:7も参照)

 

使徒パウロは教えました。「欺かれてはならない,神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを,刈り取ることになる。すなわち,自分の肉にまく者は,肉から滅びを刈り取り,霊にまく者は,霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。」(欽定訳ガラテヤ6:7-8から和訳)

 

言い換えると,麻薬やポルノグラフィーなど,パウロが言う「肉にまく」邪悪な行いをやめなければ,永遠の律法に従って滅びを刈り取ることになり,永遠の命は得られないということです。これが神の正義です。憐れみは正義から何も奪うことはできません。永遠の律法を破るならば,その律法が定める罰が下されます。罰の中には救い主の贖いによって取り除かれるものもありますが,罪人が憐れみによる清めを受けるためには,悔い改める以外に方法はありませんアルマ42:22-25参照)。罪によっては,悔い改めの過程が長く,つらいものになることもあります。しかし,「悔い改めを生じる信仰を少しも働かせない人は,正義を要求するすべての律法にこたえなければな〔りません。〕したがって,偉大な永遠の贖いの計画は,悔い改めを生じる信仰のある人のためにだけ備えられている」のですアルマ34:16

 

幸いなことに,悔い改めは可能です。ただし,重大な罪については,多くの場合,監督に告白し,愛に満ちた助けを求める必要があります。そのほかの罪については,主と傷つけた相手に告白するだけで十分です。ほとんどのうそはこの部類に入ります。人を欺いたことのある人は,今すぐ重荷を下ろす決心をしてください。誤りを正し,人生を立派に歩み続けるのです。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約1:2

まことに、主の声はすべての人に及び、逃れる者は一人もいない。目として見ないものはなく、耳として聞かないものはなく、心として貫かれないものもない。

 

「回復されたイエス・キリストの福音の実」(英文)1991年10月、ジョセフ・ B・ワースリン、十二使徒定員会

伝道活動は、この世における救い主の教えと導きの業の重要な部分でした。それは今日でも同じです。救い主は「全世界へ出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」マルコ16:15と言われました。主の弟子たち、とりわけペテロは、救い主が十字架におかかりになった後、広く福音のメッセージを宣べ伝えました。1831年、主は予言者ジョセフ・スミスを通して次のように告げられました。「誠に主の声はすべての人々に及ぶものなれば、一人ものがるる者なし。目として見ざるはなく、耳として聞かざるはなく、心として刺し貫かれざるはなし。」教義と聖約1:2

 

今日、4万4,000人の宣教師が、福音を宣べ伝えよという主から与えられた戒めを成就するために働いています。宣教師たちは、回復された完全な福音を教えることによって、人々に祝福をもたらしています。そして彼ら自身も伝道中に大きく成長し、成熟することによって祝福を受けているのです。すべてのふさわしい若い男性は伝道に出るべきです。また、ふさわしい女性や、夫婦の方々も伝道に出ることで、計り知れないほどの貴重な奉仕ができます。宣教師は皆、主を代表して働いているのです。彼らに心から感謝を述べたいと思います。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約1:1

聴きなさい、おお、わたしの教会の人々よ。高い所に住み、その目がすべての人のうえにある者の声は言う。まことにわたしは言う。遠くの民よ、聴きなさい。海の島々にいる者よ、ともに耳を傾けなさい。

 

「彼に聞きなさい」2020年4月、ラッセル・M・ネルソン大管長

わたしたちが不安と恐怖に取り囲まれるとき,最も助けとなるのが御子に聞くことだと,御父は御存じです。

 

御子に聞こう—心から聞こう—とするときに,どのような状況でも行うべきことを知るように導かれるからです。

 

教義と聖約の冒頭の言葉は「聴きなさい」です。教義と聖約1:1参照)従う意図をもって耳を傾けることを意味します。 聴くことは,「御子に聞く」こと,すなわち,救い主の言われることを聞き,その後,救い主の勧告を心に留めることを意味します。「彼に聞きなさい」という言葉で,神は,現世における成功と幸せと喜びの規範を与えておられます。わたしたちは主の言葉を聞き,それらに耳を傾け,主から告げられた事柄を心に留めなければなりません。

 

イエス・キリストの弟子となるよう努めるとき,主の声を聞くことができるように,これまで以上に意識的に努力する必要があります。日々の生活を主の言葉と教えと真理で満たすために,意識して絶えず努力することが必要です。

 

※欽定訳旧約聖書の中の”hearken”のヘブライ語は”shama”(字訳)で,この言葉は「従う意図をもって耳を傾ける」ことを意味する強変化動詞である。“hearken”は聖典に繰り返し出てくる言葉で,教義と聖約では40の章に見られる(訳注:”hearken”は日本語訳教義と聖約では「聴く」「耳を傾ける」と訳出されている)。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)