「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -123ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約3:1-10

 

「強い証の持つ力」2001年10月、リチャード・G・スコット、十二使徒定員会

皆さんがイエス・キリストとその教えを信じる信仰、そして約束を成就する無限の力を主がお持ちであることを信じる信仰を行使するときに、証は強められます。アルマ26:22教義と聖約3:1-10教義と聖約82:10参照) 鍵は「信仰を行使する」ことです。真の信仰には計り知れない力が伴います。しかし、その力を発揮するには従わなくてはならない原則があります。モロナイはこう教えました。「信仰とは待ち望んでいながらまだ見ていないものであることを、世の人々に示したい。あなたがたは、自分が見ていないからということで疑ってはならない。信仰か試されてからでなけれは、証は得られないからである。」エテル12:6 つまり、皆さんが信じている真理や原則を実践する必要があるのです。そのような真理や原則に絶えす従って生活すると、わたしたちは聖霊の力によってそれらが真実であるという証を得ます。それはしばしば平安な気持ちによって示されます。心が鼓舞されることもあります。ほかの真理が明らかにされる場合もあるかもしれません。忍耐強く待ち望むなら、確信を必ず得ることができます。主は必要な理解力をわたしたちに与えてくださり、その教えが真実であることを、個人的な経験を通して証明してくださいます。主は、自ら進んで常に従う人に、御自身の律法が、約束された結果を生み出すという確信を得させてくださいます。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約3:1

神の業と計画と目的がくじかれることはあり得ず、またそれらが無に帰することもあり得ない。

 

「元気を出しなさい」2020年10月、ダリン・H・オークス、大管長会

それから2,000年がたった今,わたしたちもまた「四方から患難を受けて」おり,行き詰まることなく,元気を出すようにという同じメッセージを必要としています。主は御自分の貴い娘たちに,特別な愛と関心を抱いておられます。主は皆さんの望み,必要,恐れのすべてを御存じなのです。一切の権威をお持ちである主を信頼しましょう。

 

預言者ジョセフ・スミスは「神の業と計画と目的がくじかれることはあり得ず,またそれらが無に帰することもあり得ない」との教えを受けました教義と聖約3:1。悩める子供たちに向けられた主の言葉は,大きな自信をもたらしてくれます。

 

「見よ,おお,わたしの僕たちよ,これはあなたがたへの主の約束である。

元気を出しなさい。恐れてはならない。主なるわたしはあなたがたとともにおり,あなたがたの傍らに立つからである。あなたがたは,わたし,すなわちイエス・キリストについて,わたしが生ける神の子であること……を証しなければならない。」教義と聖約68:5-6

 

わたしたちの傍らに立っておられる主は,こう告げられました。

 

「わたしは一人に言うことをすべての者に言う。幼い子供たちよ,元気を出しなさい。わたしはあなたがたの中におり,あなたがたを見捨てていないからである。」教義と聖約61:36

 

「多くの艱難の後に祝福は来る。」教義と聖約58:4

 

迫害の真っただ中にあって,また個人が悲劇に見舞われる中で与えられたこれらの約束は,悩み多き状況に置かれた今日を生きる一人一人に当てはまるものであることを証します。これらの貴い約束は,現世で数々の困難を受けつつ前進する中,元気を出し,完全な福音にあって喜ぶべきことを各人に思い起こさせてくれます。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ジョセフ・スミス—歴史1:29

これらのことの結果、わたしはしばしば自分の弱さと不完全さのゆえにとがめを感じた。そして、前に述べた九月二十一日の夜のことである。わたしはその夜、床に就いた後、全能の神に、わたしのすべての罪と愚かな行いを赦してくださるように、また神の前における自分の状態と立場を知るために示しを下さるように、祈って嘆願した。以前に受けたように、神の示しを頂けるという十分な確信があったからである。

 

「回復されたイエス・キリストの福音の証を受ける」2003年10月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

1823年9月21日,17歳になったジョセフは,ひざまずいて,「〔自分の〕罪と愚かな行いを赦してくださるように,また神の前における自分の状態と立場を知るために示しをくださるように,祈〔りました。〕」ジョセフ・スミス—歴史1:29そして,祈っているうちに,再び光が現れて,ついに「その部屋は真昼の時よりも明るく〔なりました。〕」ジョセフ・スミス—歴史1:30その光の中に「この上なく美しい白さの」ジョセフ・スミス—歴史1:31衣を着た方が立っていました。その方はジョセブの名を呼んで,自分の名がモロナイであることを知らせました。モロナイは「神が〔ジョセフ〕のなすべき業を備えておられること」ジョセフ・スミス—歴史1:33そして金版に記された古代の記録,すなわちモルモン書として翻訳されるべき記録について告げました。この書には,イエス・キリストがモロナイの先祖に教えられた完全な福音が載っています。そしてジョセフはその記録を手に入れるよう指示されました。家族が住む家の近くの,現在クモラと呼ばれる丘に,その記録は埋められていました。

 

翌日ジョセフはその版を見つけましたが,それを世に出す時期はまだ来ていませんでした。モロナイはそれから4年間,毎年同じ日にその場所に来るようジョセフに指示を与えました。ジョセフ・スミス—歴史1:52- 53参照)

 

ジョセフはその指示どおりにしました。毎年,丘を訪れると,モロナイからキリストの教会を回復することについて「指示」ジョセフ・スミス—歴史1:54を受けました。ジョセフは,新約聖書に記された少年時代の救い主のように「ますます知恵が加わり,背たけも伸び」ルカ2:52そして霊的に「強くなり」ルカ2:40ました。

 

わたしたちも同じ道をたどるのです。バプテスマを受けたばかりの会員の中には,福音における自分の知恵と成長について,つまり自分の知識があまりにも少ないことについて,がっかりしてしまう人がいます。ジョセフが最初に経験したように,従順な態度で努力し,福音の教えを受け,霊的に成熟する必要があることを忘れてしまうのです。会員として歳月を重ねている人でも,霊的に「強くな〔る〕」ために,絶えず聖霊の導きを受け,学ぶ必要があることを忘れてはなりません。

 

 

 

Moroni and Joseph  by Jorge Cocco Santangelo

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)