よきおとずれを伝え、平和を告げ、
よきおとずれを伝え、救を告げ、
シオンにむかって「あなたの神は王となられた」と
言う者の足は山の上にあって、
なんと麗しいことだろう。
「わたしたちは皆,物乞いではないだろうか」2014年10月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
兄弟姉妹の皆さん,わたし自身も人生の中で,物質的にも霊的にも身に余る祝福を絶えず受け続けてきたことを率直に認めます。皆さんと同じように,わたしも財政上の不安を感じたことがありますが,貧しさを経験することも,貧しい人の気持ちを知ることもありませんでした。また,誕生や健康,教育や経済的な機会などの境遇が,人によって大きく異なる理由も分かりません。しかし,多くの人々の窮状を見るたびに,「神の恵みがなければわたしもそこにいた」ことを知っています。(ジョン・ブラッドフォードThe Writings of John Bradford,オーブリー・タウンセンド編集(1853年),xliiiより)また,たとえわたしは兄弟の番人ではないとしても,わたしは兄弟の兄弟であり,「主の恵み〔を〕人にも分か〔ち〕」合わなければならないことを知っています。(「主の恵み,人にも分かたん」『賛美歌』138番© Harper San Francisco)
そのことについて,わたしはトーマス・スペンサー・モンソン大管長を称賛します。恵まれて彼を親しく知るようになって47年になります。わたしが一生忘れないであろう彼の姿は,当時経済的に荒廃した東ドイツから帰る飛行機にスリッパ履きで搭乗した彼の姿です。彼は予備のスーツと着替えのシャツだけでなく,自分が履いていた靴をも貧しい人に与えたのです。「よきおとずれを伝え,平和を告げ,〔空港内をパタパタという足音をさせて歩く〕者の足は山の上にあって,なんと麗しいことだろう。」(イザヤ52:7)わたしの知っている他の誰よりも,モンソン大管長は,夫に先立たれた女性と父親のいない子供たちや貧しい人,しいたげられた人のために,「できる限りのこと」を果たしてきたのです。
