わたしは、あなたの指のわざなる天を見、
あなたが設けられた月と星とを見て思います。
人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、
人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。
「すべての人を愛し、一人一人を愛する」2026年4月、ジェラルド・コセー、十二使徒定員会
何年も前、美しい田園地帯で静かな時間を過ごしていたとき、日没後に外に出てラウンジチェアで休んでいました。夜は真っ暗になり、ほとんど何も見えませんでした。思わず顔を上げると、ちらちらと揺らめく小さな光の点が一つ、また一つと目にとまりました。暗闇に目が慣れてくると、そこには満天の星空が広がっていました。
「これはまるで神との関係に似ている」と思いました。神は遠い存在で、その結果人生が重く感じられると考える人もいます。しかし、生活の中におられる神の存在について立ち止まって考えるなら、神が近くに、静かにそこにおられることに気づくことでしょう。想像するよりもはるかに近くにおられるのです。
このことについて深く考えていると、ダビデの詩篇の中の一つの問いが心に浮かびました。
「わたしは、あなたの指のわざなる天を見、……月と星とを見て思います。
人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか。」(詩篇8:3-4)
それに続く答えは、深い慰めを与えてくれます。「ただ少しく人を神よりも低く造って、栄えと誉とをこうむらせ〔る〕。」(詩篇8:5。1ニーファイ11:17;モーセ1:24-39も参照)
これは、神とわたしたちとの奇跡の関係です。宇宙は理解を超えるほどに広大であっても、人の価値は創造主の目から見て無限なのです。わたしたちは肉体的には小さな存在に思えますが、永遠の御父と御子イエス・キリストはわたしたち一人一人を個人的に御存じで、覚えておられ、愛しておられます。(Gérald Caussé, “We Are the Architects of Our Own Happiness” (Church Educational System devotional for young adults, Nov. 4, 2012), Gospel Library参照)
