あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。その頭にかみそりをあててはなりません。その子は生れた時から神にささげられたナジルびとです。彼はペリシテびとの手からイスラエルを救い始めるでしょう」。
「立って光を放ちなさい」(英文)2012年4月、アン・M・ディブ、中央若い女性会長会
天の御父はわたしたちがこの世に心を向け,絶えず変化する風潮に「従う」ことを望んでおられません。御父に心を向け,御父の常に変わらぬ導きに従うよう望んでおられます。福音に従って生活し,標準を高く掲げてほかの人々を「導く」ように望んでおられるのです。
聖文にはこの概念を分かりやすく説明する多くのすばらしい実例が載っています。旧約聖書の士師記では,サムソンについて学ぶことができます。サムソンは非常に大きな潜在能力を持って生まれました。母親はこのような約束を受けました。「彼はペリシテびとの手からイスラエルを救い始めるでしょう。」(士師13:5)
しかし,サムソンは成長すると,神の導きよりもこの世の誘惑に従うようになりました。それらの選択が正しいからという理由からではなく,むしろ「〔自分の〕心にかな〔う〕」(士師14:3)からという理由で選択をしました。
サムソンの旅や行動,選択について語るとき,聖文には繰り返し,「下って行って」(士師14:7)という言葉が使われています。サムソンは大きな潜在能力を発揮するために立って光を放つのではなく,この世の力に屈し,神から与えられた力を失い,若くして悲惨な死を遂げたのです。
