わたしに従ってきなさい | 「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

申命6:4-7

イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。

あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。

きょう、わたしがあなたに命じるこれらの言葉をあなたの心に留め、

努めてこれをあなたの子らに教え、あなたが家に座している時も、道を歩く時も、寝る時も、起きる時も、これについて語らなければならない。

 

「管理人の職──聖なる信頼」(英文)2009年10月、クエンティン・L・クック、十二使徒定員会

報告する義務があると感じることは、神を愛せよという最も大切な戒めの一部ですが、これは「強制なさらない御方への服従」とも呼ばれます(ジョン・フレッチャー・モールトンの言葉。申命6:4-7参照)。わたしたちが正しいことを行おうとするのは、天の御父を愛し、御父に喜んでいただきたいからであって、強制されているからではありません。

 

天上での戦いが起こったのは、サタンがすべての人を強制的に従わせると言った後でした。しかし、その言葉は拒否されました。その結果、この世の生活において選択の自由があるのです。しかし、選択の自由には報告の義務が伴います。わたしたちは「裁きの日に自分自身の罪に対する責任を負うようになる」と主は言っておられます教義と聖約101:78。報告の義務と管理人の職の原則は、教会の教義の中で非常に重要です教義と聖約20:71参照)

 

ただし、責任を負うことができる者は皆、悔い改めてバプテスマを受けなければなりません教義と聖約18:42参照)。責任を負うようになる前に死ぬ子供たちは日の栄えの王国に救われます教義と聖約137:10教義と聖約29:46-47,50参照)

 

教会においては、管理人の職は物質面での信頼や責任にとどまりません。スペンサー・W・キンボール大管長はこう教えています。「わたしたちは自分の体、心、家族、財産を管理しているにすぎません。忠実な管理人になるには、義にかなって治め、自己に属するものを世話し、貧しい人乏しい人に目を向ける必要があります。」(スペンサー・W・キンボール「福祉活動:福音の実践」『聖徒の道』1978年2月号,119参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)