わたしひとりでは、このすべての民を負うことができません。それはわたしには重過ぎます。
もしわたしがあなたの前に恵みを得ますならば、わたしにこのような仕打ちをされるよりは、むしろ、ひと思いに殺し、このうえ苦しみに会わせないでください。
「すばらしく益になっています!」2015年10月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会
自分は人生で神が望んでおられるような人になる道を歩み始めるのに,何かにもっと優れている必要などないと言うことを学びました。
神は,今この瞬間にありのままのあなたを受け入れ,ともに働き始めてくださいます。あなたに必要なのはただ,進んで行う心と,信じたいという望みと,主への信頼です。
ギデオンは自分のことを貧しい農夫であり,父の家族のうちで最も小さな者であると考えていました。しかし,神は彼を大勇士として御覧になりました。(士師6:12-16参照)
サムエルがサウルを王に選んだとき,サウルはそれを考え直してもらえるように話しました。イスラエルのうちの最も小さな部族出身である自分がどうして王になどなれるだろうかと考えたのです。 (サムエル上9:21参照)しかし,神はサウルを「若くて麗し〔い〕」特別な者として御覧になったのです。(サムエル上9:2)
偉大な預言者モーセでさえも,一度は圧倒され,やる気をなくし,あきらめて死にたいとさえ思いました。 (民数11:14-15参照)しかし,神はモーセをあきらめることはされませんでした。
愛する兄弟姉妹の皆さん,不完全な肉体の目だけを通して自分自身を見るとき,十分よいとは思えないかもしれません。しかし,天のお父様はわたしたちの本当の姿を御覧になっておられ,将来どのようになれるかも御存じです。御父の息子,娘として,永遠の光と永遠の可能性と神聖な特質を持った存在として見ておられるのです。
救い主の犠牲により,全ての人に救いの扉が開かれ,神のみもとに帰ることが可能になりました。「〔神〕の前にへりくだるすべての者に対して,〔主の〕恵みは十分で」す。(エテル12:27) 主の恵みは人に能力を与える力であり,神の王国で救いを得るための道を開きます。 主の恵みにより,わたしたち全ての人が復活し,栄光の王国に救われるのです。
