こうして、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の友」と唱えられたのである。
「平和をつくり出す人たちは,さいわいである」2002年10月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
地上における長い戦争の歴史のために,多くの人々が平和は達成することのできないものであると感じています。わたしはそうは思いません。平和は達成可能です。わたしたちは世界中の同胞を愛することができるようになります。彼らがユダヤ教徒,イスラム教徒,または仲間のキリスト教徒であろうと,ヒンズー教徒,仏教徒であろうと,わたしたちは自分たちの宗教上の信念を捨てることなく,互いへの称賛と敬意をもって,ともに生きていくことができるのです。わたしたちが持っている共通点は,わたしたちの相違点を上回るものです。平和はわたしたちが追い求めるべき最優先事項の一つです。旧約の預言者たちがそうであったように,わたしたちも平和に対して希望を抱かなければなりません。詩篇の作者はこう言っています。「神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。」(詩篇46:1)「主は地のはてまでも戦いをやめさせ〔られる。〕」(詩篇46:9)
父祖アブラハムには「神の友」という比類ない呼び名がありました。(ヤコブの手紙2:23。歴代下20:7;イザヤ41:8も参照。遠い昔わたしたちの創造主はアブラハムと「千代」(申命7:9。歴代上16;15;詩篇105:8も参照)に及ぶ聖約を交わされた。それは末日に成就する(1ニーファイ15:13,18;教義と聖約124:58;132:30参照))平和はアブラハムが最も優先した事柄の一つでした。彼は「平和の君」となることを望みました。(アプラハム1:2) 彼は今日平和を追い求めるわたしたちの働きにも大きな影響力を及ぼしています。彼の息子たち,イシマエルとイサクは,異なる母親から生まれましたが,互いの違いを克服して共通の目的に従事しました。父親の死後,彼らは昇栄した父親の遺体を埋葬するために協力しました。(創世25:9参照。アブラハムの元の名は「昇栄した父」という意味のアブラムであった(『聖句ガイド』「アブラハム」の項参照)) 彼らの子孫もその模範に倣ならうことができます。
アブラハムの子孫には,神によって定められた可能性が秘められています。主はイシマエルが大いなる国民となること,(創世21:13,18参照) またアブラハム,イサク,ヤコブの子孫が地のすべての国民を祝福することを宣言されました。(創世17:19;21:12;22:18;28:13-14;35:9-12;出工ジプト32:13.申命9:5;アブラハム2:11参照)
ですから,無限の影響力という大いなる約束を受けているアブラハムの子孫は,平和をつくり出す人として現れる重要な立場にあるのです。全能者によらて選ばれた彼らは,その強力な可能性を平和に向けて発揮することができるのです。
現在の政治的問題の解決には多くの忍耐と交渉を要するでしょう。もし祈りの気持ちで行われるなら,解決の可能性は大いに高まるでしょう。
