これらのことを行うことによって、あなたは同胞に最も大いなる善を行い、またあなたの主である者の栄光を増すであろう。
「これがわたしの業であり,わたしの栄光である」2013年4月、M・ラッセル・バラード、十二使徒定員会
教義と聖約第81章に記されている預言者ジョセフ・スミスに与えられた啓示の中で,主は神権の力を使うべき目的について,こう説明しておられます。「弱い者を助け,垂れている手を上げ,弱くなったひざを強めなさい。」(教義と聖約81:5)
「これらのことを行うことによって,あなたは同胞に最も大いなる善を行い,またあなたの主である者の栄光を増すであろう。」(教義と聖約81:4)
弱い者を助け,垂れている手を上げ,弱くなったひざを強めるという比喩的表現について考えると,あるかわいい7歳になる女の子が2年生の学習課題の一部として種まきをして育て始めた小さなトマトの苗を祖父に見せた話を思い出します。
その子は,一粒の小さな種がトマトの苗に生長し,そして,もし世話をすれば,たくさんのトマトがなり,それぞれの実からたくさんの種ができると説明しました。
彼女はこう言ったのです。「この種をみんな育てると,もっとたくさんトマトができるわ。そうやってまた種を育てると,時期が来れば,すごくたくさんトマトができるのよ。」
女の子は驚きをもって言いました。「みんな,一つの小さな種からできるのよ。」
ところが,それからこう言ったのです。「もうちょっとで枯らしてしまうところだったの。暗い部屋に置いたままで,水を上げるのを忘れちゃったから。トマトのことを思い出したときには,しおれちゃって,枯れたみたいだった。すごくたくさんトマトができるはずだったのに,もう無理かと思って,泣いちゃった。」
それから起きた「奇跡」について,女の子は胸を弾ませながら祖父に話しました。
こう説明したのです。「ママがこう言ったの。もしかしたら,トマトはまだ枯れていないかもしれない。水を上げて日に当てれば,また元気になるかもしれないって。」
「そのとおりだったの。トマトに水を上げて,日に当たるように窓辺に置いたの。どうなったと思う?」と彼女は尋ねました。「生き返ったのよ。これからすごくたくさんトマトができるわ。」
彼女の小さなトマトの苗には,実をつける力が十分にありましたが,うっかり世話を怠ったために,元気がなくなってしおれてしまいました。しかし,思いやりのある優しい女の子の手によって,ただ水と光を与えられただけで,強められ生き返ったのです。
兄弟姉妹の皆さん,愛に満ちた天の御父の文字どおり霊の子供であるわたしたちは,神の子として無限の可能性を秘めています。しかし,うっかりしていると,しおれたトマトのようになることがあります。神の光,救い主の永遠の愛にあふれた生ける水,そして神権の力から遠のくと,真の教義とイエス・キリストの福音から離れ,霊的な栄養不足になって,しおれてしまうことがあります。
神権を持っていても,家族やほかの人々に奉仕することにより絶えず神権を尊んでいない人は,神権の力に固有の祝福を受けることのない人のようになり,必ず霊的にしおれてしまいます。生活の中でなくてはならない霊的な栄養や光,神の力を受けることがないからです。それはちょうど,生長する可能性を十分に持ちながらも,世話されずにしおれてしまったトマトのようなものです。
