また、すべてのことがわたしの前に清く行われるようにしなさい。
「わたしは清く,汚れがありません」2007年4月、ゴードン・B・ヒンクレー大管長
近代の啓示で主はこう語っておられます。「主の器を担う者たちよ,清くありなさい。」(教義と聖約133:5)
汚れにふける世の中にあって、言葉遣いの面でも、思いの面でも、肉体の面でも、服装の面でも清くあってください。
皆さん一人一人に申し上げます。言葉遣いの面で清くあってください。今日、あまりにも汚れたくだらない言葉遣いがはびこっています。清い言葉で自分を表現できないのは、語彙が極端に貧困だということを示しています。エホバが石版に書かれた御言葉は、イスラエルの子らに向けて発せられたのです。「あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。主は、み名をみだりに唱えるものを、罰しないでは置かないであろう。」(出エジプト20:7)
主は現代の啓示の中でもこの戒めを強調しておられます。「上から来るものは神聖であり、それについては注意して、御霊の促しによって語るようにしなければならないことを覚えておきなさい。」(教義と聖約63:64)
思いの面でも清くあってください。主はこう言っておられます。「すべてのことがわたしの前に清く行われるようにしなさい。」(教義と聖約42:41)
心が汚れていれば、汚れた不敬な言葉を自然と使うようになります。しかし、心が清ければ、言葉遣いの面では肯定的で心を高める言葉を用いるようになり、行動面でも幸せな気持ちになれるような行いをするようになります。
肉体や服装、態度の面でも清くあってください。体に入れ墨を彫らないでください。そのようなことをすれば、いつか後悔することでしょう。苦痛を伴い、費用のかかる処置を講じなければ入れ墨を消すことはできません。
