モルモン8:4 主は大きな驚嘆すべきことを私に教えたもうた | 「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モルモン8:4

そこでわたしは、記録を書き記して、地の中に隠そう。そうすれば、わたしはどこへ行こうとかまわない。

 

「主は大きな驚嘆すべきことを私に教えたもうた」(英文)1992年10月、L・トム・ペリー、十二使徒定員会

ブリガム・ヤング大管長はかつて、聖典を読むことに関して次のような勧告を与えました。「兄弟姉妹、聖典を読むに際して、1千年、2千年、5千年の昔に自分でそれを書いているようなつもりで読んでいるだろうか。実際に記録した人と同じ場所にいるようなつもりで読んでいるだろうか。まだそう感じていなければ、そう感じられるようにすることはあなたがたの特権である。そうすれば、自分の日々の行ないや会話に慣れ親しんでいるように、神のみ言葉の精神と意味とに慣れ親しむことができるだろう。」(「ブリガム・ヤング説教集」ジョン・A・ウィッツォー編,p.128)

 

モルモン経には、あらゆる時代に適用できる教訓を伴った特別な物語が数多く収められています。大いなる情熱と思いを込めて記された書物なのです。ブリガム・ヤング大管長の勧告に従い、ニーファイ人の最後の偉大な預言者モロナイと同じ場所に私たちがいると考えてみましょう。託された大切な記録を完成させるようにという、父親から授かった任務は困難を極めました。モロナイは、ニーファイの民の完全な滅亡をどれほどつらい思いで記したことでしょう。

 

自分の民が滅亡に至るまでレーマン人に追いつめられた有様をやむを得ぬ思いで記していきました。孤独感にさいなまれながらも、レーマン人に殺された者の中に父親がいたことも記したのです。モロナイは記録を完成させるためだけに生きていたのではないかと感じます。こう記しています。「私は記録を作ってから地の中に隠しておく。その後私がどうなるかは問う所ではない。」モルモン8:4

 

モロナイに残されていたものといえば、記録を完成させるまでは主が自分を生き永らえさせたもうことと、いつの日かこの記録が主に選ばれた人によって見いだされることへの信仰だけでした。モロナイは、この記録が未来の世の人々に向けた警告の声となるのを知っていました。つまり、人々がニーファイの民と同じように主の教えに背を向けたとき、何が起きるかを伝える働きをするということです。彼は、後の世でこの記録を受ける人々に心を込めて呼びかけています。不従順がもたらす心痛と不幸から、自分の話を読む人々を守りたいと望んでいるのです。

 

モロナイは、まず教会員に向けて記した後、イエス・キリストの福音を受け入れなかった人々に向けて書いています。モロナイが教会員に向けた言葉の最後は、警告の声となっています。彼は、自分の民の身に起きたのと同じことが未来の世で起きるのを目にしているように記しています。モルモン書をひもといてみましょう。

 

 

 

Moroni and the last pages by Jorge Cocco Santangelo

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)