あなたの天幕の場所を広くし、あなたの住まいの幕を張って広げなさい。惜しむことなく、あなたの綱を長くし、あなたの杭を強固にしなさい。
「子供たちのための祈り」2003年4月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
シナイの荒れ野で神聖な幕屋を建てたとき,古代イスラエルの子らは幕屋を支えるひもを固く縛り,そのひもをつなぎ止める杭を強くするよう命じられました。(イザヤ54:2;3ニーファイ22:2参照)なぜでしょう。人生には嵐が付き物だからです。ですから幕屋を修理し,堅固にし,さらに修理し,より堅固にしなければならないのです。それでも親の心を引き裂くような選択をする子供もいます。母親と父親が正しいことをすべて行っても,子供が迷い出るということはあり得ます。選択の自由はそれでも守られています。しかし,そのような苦痛に耐えている中にあっても,親にとって慰めとなることがあります。それは,親の皆さんがキリストに対して,キリストの真の教会に対して,また神権の鍵とその鍵を持つ人々に対して,変わらぬ信仰を抱いていたということを,子供たちが知っていたという事実です。そしてもう一つの事実が皆さんに慰めを与えてくれることでしょう。それは,たとえ子供たちがまっすぐで細い道から離れることを選んだとしても,自分の親はその道に堅く立っていたことをよく知っているという事実です。さらに,やがて子供たちが本心に立ち返ったときに,(ルカ15:17参照)両親の示した愛に満ちた模範と穏やかな教えを思い出したときに,まっすぐで細い道に戻って来る可能性ははるかに高いことでしょう。
できるかぎり目に見える形で福音に従ってた生活を送ってください。聖約を守って,親が聖約を交わしていることが子供たちに分かるようにしてください。神権の祝福をしてください。そして証をしてください。(ジョセフ・スミス編,Lectureson Faith,56参照。人間の証に対する親の影響力について,明白な声明が記されている。)子供たちが何となく自然に自分たちの信仰を理解するようになるだろうなどと思い込まないでください。預言者ニーファイは人生を終えようとするときに,彼らがキリストの記録を書き,キリストの福音への確信を記録したのは,「子孫に……読ぎ勧め」,そして「正しい道」を「子孫に知らせ〔そして信じさせ〕るため」であると語っています。(2ニーファイ25:23,26,28)
ニーファイのように,子供たち一人一人がわたしたちを見て何を知るようになっただろうかと自問してはいかがでしょうか。子供たちはわたしたちが聖文を愛していることを知っているでしょうか。わたしたちが聖文を読み、印を付け,日々聖文に親しんでいるでしょうか。たまたまドアを開けたときにわたわたしたちはひざまずいて祈っているのを見たことがあるでしょうか。ただこどもたちとともにに祈るだけでなく、親の純粋な愛情から子供たちのために祈るのを聞いたことがあるでしょうか。わたしたちが断食を第一安息日の義務的な困苦以上の重要なものと信じていることを知つているでしょうか。子供たちの今と未来のために,子供たちには分からないように何度も断食をしたことがあるのを知っているでしょうか。わたしたちが神殿の中で幸せを感じるのは,ほかでもなく,死も地獄も絶つことのできないきずなが家族の問に結ばれるからだということを,子供たちは知っているでしょうか。地元の指導者や中央幹部を,彼らが不完全であるにもかかわらず愛し支持しているということを知っているでしょうか。指導者が自分で作ったわけではない正義の標準を守るために自ら求めたわけでもない召しを喜んで引き受けているがゆえに,指導者たちを愛し支持しているということを,子供たちは知っているでしょうか。わたしたちが心の底から神を愛していることを知っているでしょうか。神の独り子の御顔を拝し、その足もとに伏したいと切望していることを知っているでしょうか。子供たちがこれらのことを知っているように,わたしは祈っています。
兄弟姉妹の皆さん,子供たちは矢と同じように,わたしたちの与える力を使い,わたしたちの指し示す目標に向かって未来に飛んで行きます。わたしたちはその矢が空中に飛んで行くのを不安な思いで見守ります。その矢が手を放れた瞬間から的を外すように働きかける悪についてすべて承知しています。それにもかかわらず,勇気を奮い,このように思い出すの.です。矢の行く先を決める最も大切な要因は,弓を持つ者が安定していて,力があり,揺るぎない確信を持っていることであると。(わたしは,カーリール・ギブランのThe Prophet から,この隠喩を思いついた。)
