ピリピ4:6 主の祈りから得られる教訓 | 「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ピリピ4:6
何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。



「主の祈りから得られる教訓」2009年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
祈りは個人が自主的に行うものです。主はこう述べておられます。「見よ,わたしは戸の外に立って,たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら,わたしはその中にはいって彼と食を共にし,彼もまたわたしと食を共にするであろう。」黙示3:20イエス・キリストの御名により天の御父に祈るとき,その戸は開かれるのです。3ニーファイ18:20教義と聖約88:64参照)

いつ祈るべきでしょうか。祈りたいときはいつでも祈ってください。アルマはこう教えています。「あなたのすべての行いについて主と相談しなさい。そうすれば,主はあなたのためになる指示を与えてくださる。まことに,夜寝るときは,……主に身を託して寝なさい。そして,朝起きるときに,神への感謝で心を満たしなさい。これらのことを行うならば,終わりの日に高く上げられるであろう。」アルマ 37:37; ピリピ4:6アルマ 34:18–27教義と聖約 10:593:49も参照) また,イエスは弟子たちに「心の中で祈ることはやめないように」と命じられました。3ニーファイ20:1

教会員の慣習では,毎朝毎晩,ひざまずいて家族の祈りを行い,それに毎日個人で祈り,さらに食事の度に,食物を祝福します。(「主はなぜ祈りを定められたか」『聖徒の道』1976年10月号,487 参照)モンソン大管長はこう述べています。「家族や個人の祈りを主にささげるときは,信仰をもってそれを行い,主を信頼しましょう。」(トーマス・S・モンソン「王国の神権者」『リアホナ』2007年11月号,61)ですから,物質的,霊的な祝福を祈り求めるとき,イエスが主の祈りの中でされたように,「みこころが行われますように」と懇願するべきです。マタイ26:42モルモン書ヤコブ7:14エテル12:29教義と聖約109:44モーセ4:2参照)

世の救い主であるイエス・キリストは,御自身の血によってわたしたちを贖ってくださった贖い主であり,わたしたちの模範です。3ニーファイ27:13-15,21-22参照)主は地上での使命を終えるとき,御父の愛子あいしとして,御心が御父の御心にのみ込まれてしまうように祈られました。モーサヤ15:7参照)あの重大なときに,救い主はこう叫ばれたのです。「父よ,……わたしの思いのままにではなく,〔あなたの〕みこころのままになさって下さい。」マタイ26:39モーセ4:2も参照)ですから,わたしたちも神にこう祈るべきです。「御心が行われますように。」

そして,常にこう祈りましょう。「主の王国が地上に進み行くようにして,地に住む者が……来るべき時に備えられるように……そのとき,人の子〔が〕,地上に建てられた神の王国に会うために,その栄光の輝きをまとって……降くだって来る〔ように〕。」教義と聖約65:5

日常生活の中で,また自分にとって重大な局面で,主から受けたこれらの貴重な教訓を熱心に実行することができますように,イエス・キリストの聖なる御名により祈ります,アーメン