マタイ28:19
それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、…
「愛し,分かち合い,招く」2022年4月、ゲーリー・E・スティーブンソン、十二使徒定員会
少しの間,ガリラヤの山に立って,復活された救い主が弟子たちを訪れておられる,不思議と栄光を目の当たりにしていると想像してみてください。主が弟子たちに厳かに命じられました。「それゆえに,あなたがたは行って,すべての国民を弟子として,父と子と聖霊との名によって,彼らにバプテスマを施し〔なさい〕。」(マタイ28:19)それは主への畏れを感じさせるものだったことでしょう。この言葉は確かに力があり,それは使徒だけでなくわたしたちも鼓舞し,突き動かします。実際,使徒たちは,残りの生涯の間ひたすらまさにこの言葉どおり行ったのです。
面白いことに,イエスの言葉を心に留めたのは使徒だけではありませんでした。初期の教会員は,新会員も経験豊富な会員も,自分たちが出会い,知ることになった人々に,福音の良い知らせを伝えるという,救い主から託された偉大な務めを果たしました。イエス・キリストの証を伝えるという決意は,主が新たに建てられた教会が大きく成長する助けとなりました。
わたしたちもキリストの弟子として,主が初めてそれを宣言されたガリラヤの山にいるかのように,今日主の声に耳を傾けるよう招かれています。1830年,同じことがまた始まりました。ジョセフ・スミスがイエス・キリストの教会の初期の宣教師として弟のサミュエルを任命したときのことです。(SeeLucy Mack Smith, History, 1845, page 169, )それ以来,150万人以上の宣教師が世界中に出て行って,あらゆる国民を教え,回復された福音の良い知らせを受け入れる人にバプテスマを施してきました。
これがわたしたちの教義であり,心からの望みです。
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兄弟姉妹の皆さん,そんなに難しいことではありません!有難いことに,救い主から託されている偉大な務めは,子供のころから教えられてきた,単純で簡単で理解しやすい原則を通して達成できます。愛し,分かち合い,招くことです。
