マタイ16:23
イエスは振り向いて、ペテロに言われた、「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」。
「種まきのたとえ」2015年4月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会
わたしたちの生活の中で,福音の影響力を弱める最も巧妙ないばらとは,イエスが「生活の心づかいや富や快楽」と呼ばれたように(ルカ8:14),この世のことに心を向けることです。これは例を挙げれば切りがありません。少し紹介するだけで十分でしょう。
あるとき,イエスは使徒の頭であったペテロを叱り,こう言われました。「〔あなたは〕わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで,人のことを思っている。」(マタイ16:23。教義と聖約3:6‐7;58:39も参照)人のことを思うとは,行動,優先順位,考えにおいて,神に関わる事柄よりもこの世のことに関心を払うという意味です。
(1)何かに依存するようになると,「生活の……快楽」に身を委ねることになります。(2)そうすると,神からの貴重な賜物である選択の自由を損ねることになります。また,(3)つまらない気晴らしに身を委ねるなら,永遠にわたって大切な事柄から離れてしまいます。そして,救いは保障されているという意識があると,永遠の行く末に必要なふさわしさを身につけるために欠くことのできない人格的な成長を損なってしまいます。
将来に対する不安に縛られてしまうと,信仰をもって前進し,神と神の約束に信頼を置くことが妨げられるので,「この世の……思い煩い」に打ち負かされてしまいます。……
……
この世のことで思い煩うなら,生活から神の御言葉を締め出すことになると救い主は警告しておられます。神の戒めと神の教会の指導者に優先順位を置き,わたしたちの思いをそこに定めることは確かにチャレンジです。
救い主が挙げられた例は,このたとえが土のたとえだということを考えさせてくれます。土が適切かどうかは,福音の種がまかれた人の心で決まります。霊的な教えに対する感受性の程度によって,かたくなになって備えのできていない心もあれば,長く使わないために石ころだらけになっている心もあり,この世のものに執着している心もあります。
