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「育児書にない!&しゃかりき!」〜元塾講師&ASD母子&不登校勉強対策用のブログ

ASD当事者で、子供もASDです。元社会科塾講師です。
不登校の娘への授業記録、歴史の勉強で自分たちが勉強しやすいように情報整理した内容、ASDなりに勉強して生き抜いていきたいこと、についても語ります。

2025年春に、塾講師ブログ「しゃかりき!」と合併しました。

みなさま、本日もありがとうございます。


今回も育児四コマです。


山城に行くシリーズその6です。


育児四コマ 山城にいく!6




この旅行に行っているときは
高校受験のためにがんばって中学に
通い続けなきゃ!
という気持ちもあったので

外出先でも、万が一、
クラスメイトや学校の先生に
会う可能性があるから、
良い子でいなきゃ!
発達障害であることがバレないようにしなきゃ
と必死でした。えーん

学校の先生やPTAの人々の話を
聞いているかぎり、
発達障害への差別をひしひし感じるので
バレたら、迫害されることや
勉強の世界から弾こうとする人もいることもも
わかっていたので。


今まで、発達障害と公表したとき、
歯医者の先生の態度がとたん豹変した
経験もあるので、
うかつに発達障害のことを
自分の将来を握っている人に
公表できません。

歯医者も治療途中だったから
差別されながら治療終了するで
通わなきゃいけないのがキツかったですね。

今は別の歯医者に転院し、
発達障害のこと、不登校のことは
隠してます。


今だと、旅行に行っても
発達障害とバレるような表情や言動、
もっと、オタク的な楽しみ方も
できると思います。
(走ったり、奇声をあげたりはしないで、
ただただ、ニヤニヤしながら黙って
すべての説明文を読むだけ、とか、
博物館に併設された図書室で
じっくり本も読むとか、そういうの。)

このシリーズは次回で最終回です。




みなさま、本日もありがとうございます。


本日も育児四コママンガです。


育児四コマ 山城に行く5




山脈って、山脈だなぁ、と感じるような地形を
見ることができる機会ってなかなかないんですよね。

あと、風景画を描くときには
空気遠近法は必要なので
遠くを見る機会は大切かな?と思います♪

みなさま、本日もありがとうございます。


本日も育児四コママンガです。


山城に行く!シリーズその4です。


育児四コマ 山城に行く4




山城の天守閣まで登ると、
なぜそこに城が築かれたか、わかります。


また、平野や河川などを地理で勉強した後だと
その本物を見ると
想像以上の大きさや広さで感動することも
あります♪

みなさま、本日もありがとうございます。


本日も育児四コマ漫画です。

山城に行く!シリーズです。

育児四コマ 山城に行く!3




塩分タブレットは、
外のお出かけにはありがたいですね。

とくに、山城だと、倒れてもすぐ救助が
できないことが多いので、色々と対策して
行ったほうが良いかな?と思います。

みなさま、本日もありがとうございます。


今回も育児四コママンガ、
山城に行った時のお話シリーズです。


育児四コマ 山城に行く2




夫は自分勝手に行ってしまいます。

それはどうか?とは思うけれど

自分勝手な分、こちらも自分勝手に動ける

のは助かります。

相手が察する人だと、こちらも察しないと

いけなくなり、すごく気を使ってしまうので

会うのが辛くなってくるので。



ただ、山城で1人でスイスイ、

子供を置いていくのは危険なので、

危険性のあるところには

うちの場合、

父子だけで行かせるのは怖いなぁと

思いました。

みなさま、本日もありがとうございます。


今回からは、育児四コマ漫画です。



この話は去年の夏のお話です。

この旅行はシリーズものです♪   


育児四コマ 山城に行く!1



遊園地やショッピングセンターなどは
お客様が遊ぶこと前提で作られているので

山城は、元々は戦争の防壁、立て籠もるための
お城なので、ズボンで行く必要があるんですよね♪
飲み物も持っていかないと、
どこで買えるかわからないので。


続きます。

みなさま、本日もありがとうございます。


本日もや不登校の娘の小学生時代の
自宅学習の授業の備忘録です。ニコニコ

今回で、いったん、このシリーズは
終了となります。

今回の内容は、
娘の授業態度家族についてです。




1 不登校になったときの学校の先生の考え


娘は学校では、
「寡黙で、先生の指示に従う、おとなしい子」
でした。勉強面も、とくに問題はナシでした。

そのため、先生から、
「突然不登校になった」と
思ったようです。
学校の先生からしたら、
原因がわからなかった
様子で、そのため、
母親である私が原因と結論づけたと思います。

まあ、娘が責められるぐらいなら
私のせいにしてくれたほうがいいわ、と
思って、黙ってました。
今も「私を悪人と思いたければ思えば良いや。」
と。別に先生の望むような母親になっても
先生が娘や私を助けて
くれるわけではないですし。口笛



いつだって、私は世間では悪者なので、
それをなくそうとするより、
目の前の困っている人を
助けられれば良いや、と。




2  娘の家での授業態度


学校では寡黙で授業は大人しく聞く娘。

しかし、娘は、家に帰ると
「めちゃくちゃ喋る。」
「癇癪はおこす。」
「喜怒哀楽がすごく激しい」子です。


学校と家では全然違います。

先生からしたら、全然想像できないでしょう。



唯一共通しているのは
「大人の指示に従う」と
いうところです。

だからこそ、過剰適応してしまうのでしょう。

私も昔から同じで
過剰適応したいわけでないのに
無意識にしてしまう。
娘と二人で
「過剰適応しないようにしたいけど、
呼吸するかのように大人しくなっちゃう
のだから、どうしょうもないよー。
この過剰適応とどう折り合いつけるか?が
今後の課題だよね。」
とよく話しています。アセアセ






娘は、口の多動もあり、

家では話すのが止まらないです。

話さないな、と思ったら寝てる、という感じ。
寝る直前まで、よく話すこと、話すこと。

だから、当然、
家での授業は
めちゃくちゃ話しかけてきます。
疑問も我慢できず話します。

また、下記の画像のように、

わかったとたん身体が揺れる?回転する?
ことも多々あります。
どうも、これをしないと 
わかったことが記憶に残らないようで。(笑)


また逆にわからないことがあると、

お腹が痛くなります。


「わからない」とは「解けない」と

いう意味ではなく

「理解できない、納得できない」と

いう意味です。


例えば、

「東山文化の意味する、侘び寂び」とか

「豪族同士の争いがなぜ起こるか?」など。

(今は解決済みです。)


この腹痛は、

学校から帰ってきた後のストレス由来の腹痛とは

違っていて、

キャパオーバーによる腹痛です。



そして、このキャパオーバーの腹痛、

ある程度乗り越えると、突然理解度があがり

自分で勝手に答えを出していたりするので

不思議なものです。

知恵熱?みたいなものかしら?と。



私もそういうタイプだったので

腹痛になった瞬間、

何が原因かわかるくらい?

腹痛のエキスパートになってます。(笑)




この、

わかったら小躍り、

納得できないと腹痛の嵐、を

なくさせようとすると、

かえって勉強できなくなり

癇癪おこすので、


うーん、まあ、

学校に行くのはやめておこうかなぁ

となってしまうんですよね。


3  家族と不登校


娘が不登校になった直後は

「母親の私さえ、娘をうまくなだめて

学校に行かせる努力をしたほうが良いかな?」

と悩むことがありました。

直感的には不登校になって自宅学習した方が良い、

しかし、一般的な価値観の方に従うなら

親ががんばりさえすれば何とかなる、

親と学校の先生が力を合わせることが大切、

となるので、迷いはありました。


その中で、

心療内科の先生に相談したら

「不登校中でも、昼夜逆転したり、

勉強できないことで本人や家族が

イライラしたり苦しくなることさえ

なければ、不登校続行でも大丈夫。」

「不登校になった理由が、

学校の先生と同級生の問題なら、

大学には通えると思うので。

同級生も大学生の年齢になれば、

お互いの精神年齢は同じになるし、

大学は教室固定のクラスの形では

ないので。」

と言われました。

 

そのあと、学校の先生と話す機会があり

「心療内科の先生とも話し合って

今は家で勉強したいと思います」と言ったら

「心療内科の先生なんか、駄目!

学校のエキスパートでないから。

学校のことなら、私達に任せて欲しい。

もし、学校生活に不安があるなら

スクールカウンセラーに!」

と言われたとき、

「あ、もう、無理」と私がなりました。



私だって、発達障害や教育のことを

何でも知ってるわけじゃないし、

教育関係の資格は持ってるけど

発達障害関係の資格はないですが、


「この学校の先生に、発達障害の子を

任せることはできない。」

と直感的に思いました。

(すべての学校の先生が、という

意味ではありません。)



娘の場合、

昼夜逆転はおこっておらず、

勉強は楽しくしている、

家族内は仲良しです。



娘が不登校になった当初は

夫(娘にとっては父)が

「他の子は我慢して学校に行ってる!

お前はワガママだ!」

「今、こんな風に逃げる癖ができたら、

逃げつづける人生になるぞ!」と

娘を毎日責めていて、

それで娘は発狂して、

毎日、めちゃくちゃになってました。


私は娘をなんとしても守らなければ!と

頑張ると、

夫は「いつも、セザールは娘の味方!」と

すねるので、

どう言ったら、良いか悩む日々でした。


そんなある日、夫に対して

「ふと思ったけれど、アナタって

不登校の対策って短期決戦だと

思ってるのでは?

不登校対策って、長期決戦だよ。

長期決戦だと思って対策して、

勝てる決戦はあるけれど、


短期決戦だと思って、長期決戦になったときの

泥沼はわかってるよね?」

となにげに話した瞬間、

夫は今までの荒々しい表情はなくなって

「そっか、わかった。」と。


その後は、特に家族間も問題なし。


夫は歴史が大好きなので

歴史に則した形で説明したほうが

想像力がつくようです。


個別指導の授業でも、

そうですが、

相手の思考や知識、価値観を

対話や相手の態度や行動パターンを

通して知ることで

その人に合わせた説明を

やっとできます。


相手自身が直接、「私はこういう人」と

ダイレクトに言うのではなく

色々な会話を通して、

大体はわかってきます。

言葉は嘘をつくけれど

態度は言葉ほど嘘をつかないので。



不登校だけでなく

教育というのは、

長期な闘いです。


長期なため、何が正解か、何が失敗か、

わからないことが短期決戦より多く、

一時的に成功したからといって

それをやり続けたから失敗の結果を

招いてしまった、などもあります。


4 さいごに



娘が不登校を選んだこと、

私が不登校生活を受け入れ、

それで娘の将来を家族で切り開こうとした

ことが、最終的に良い判断だったか?は

今はわかりません。


でも、良い判断だと思えるように

今、もがきながらも頑張り続けること、

それだけは絶対的な正解だと思います。



ご覧いただき、ありがとうございました。


次回からは、しばらく育児&家族四コマを

アップしていきたいと思います。ニコニコ


みなさま、本日もありがとうございます。


本日も、不登校の娘の自宅学習の授業の

備忘録です。



今回は、歴史の授業をする際に必要だったものと

私が家事をしている間に一人で勉強するときに

便利だったものの話です。


1  歴史の授業であると便利だったもの


 

ぬいぐるみは、自宅学習の勉強での
相棒です。

精神的な安定もありますが、
一人で勉強するときに、一緒にぬいぐるみが
あると、勉強仲間がいると、
ちょっとめんどくさいな、と思う作業系の学習や、
無理かもしれないと思う内容の学習のときに
乗り越えることができるので。

もふもふセラピー的な?で。ニコニコ


また、歴史などの国や人物の動きを説明するとき、
下に地図を描いて、そこにぬいぐるみを置いて、動かしていく、という感じで説明すると
歴史の流れはわかりやすくなります。

地形を知ることで歴史の流れを予想しやすくなりますが、そこにぬいぐるみを予測して動かしてみて、
史実と合ってるか確認してみたり、と

自分も歴史の住人の一員として
見ることによって、
真剣に授業を聞くことができたりもします♪



2 ぬいぐるみを勉強世界に入れるまで


   
私も娘もぬいぐるみが大好きです。

でも、私は最近まで
ぬいぐるみに対して複雑な感情
持ってました。魂魂魂

私は小5のときに
ぬいぐるみを自宅に置いていたら
自宅に遊びに来た、当時の友達数人に

「小5にもなって、ぬいぐるみ好きなんて
幼稚!だから、馬鹿なんだ!
だから学校の勉強が出来ないんだね。」
と言われたことがあり、
さらに、ぬいぐるみに名前をつけていることを
知った子から
「気持ち悪い。将来、犯罪者。」と
まで言われました。


今から考えたら
「マンガ読んでても、幼稚、馬鹿、将来犯罪者」
「テストで点数取れないと、幼稚、馬鹿、将来犯罪者」
「◯◯だから、幼稚、馬鹿、将来犯罪者」
と色々と言われていたので、

彼女たちからしたら
本気で思って、言っているわけでなく、
ただ私が傷ついた姿を見て、優越感を感じて
ストレス解消していただけだと思います。


でも、いじめられた方からしたら
「ぬいぐるみを捨てれば、私を罵らないことを
やめてくれるかな?」
「マンガ捨てれば、、テストで高得点とれば・・・」
と本気で思っちゃうんですよね。
そんなことしても、仲良くする気は相手はないのにね。


私の場合は、母がイジメに気づいてくれたこと、
もうその子達と仲良くしたいと思わなければ
仲良くしなくて良いと言ってくれたので

ぬいぐるみもマンガも捨てなくてよかったのですが

どうしても、
「幼稚、馬鹿、将来犯罪者」
=「ぬいぐるみ」=「マンガ」=「勉強できない」
という構図が頭の中で出来上がってしまい、
それを心の底から違うとわかっていても
それを否定する絶対的真実の根拠が
自分で提示できなくて、
怖くてしょうがなかったのです。

中学になってから、
勉強が好きになってから
「マンガ」と「ぬいぐるみ」を
好きと思うことがよけいに怖くなって
しまいました。

心の底では、
好きなものと学力や知力は比例しないし、
勉強できる、できない、に、好きなものは
関係ないことは、わかってました。

それに、勉強できることで人間の価値は
決まらないのにね。


でも、
わたしが勉強が好きになった以上、
マンガとぬいぐるみを必要以上に
怖がることになってしまいました

それでも、マンガもぬいぐるみも好きで
マンガは近くの書店では絶対に購入しないで
かなり遠くの書店で、買ってました。
今なら通信販売で買うことできますが
当時はなかったので。

ぬいぐるみに対しては、どうしても
後ろめたさがありました。

大学生になったとき、
ポケモンのポッチャマのぬいぐるみが
可愛いな、と思って、購入したかったのですが
ぬいぐるみを買うのが怖くて怖くてしょうがなく、
買えずしまいでした。

今は、ぬい活もあたりまえ、
中学生、高校生、大学生でも
バッグにぬいぐるみチャームを
つけていたり、と、
ぬいぐるみ好きにとって
安全な世界になりつつあるな、と
思います。


今では、
ポケモンのキャラのぬいぐるみを買ったり
作ったり、キャラに服をつくったりもしています。

こちらは、大きい子(ポッチャマとナエトル)は
購入した子たち、小さい子たち(ブイズ)は、
私が、ニードルフェルトで作った子たち。

飛鳥時代末期の服装風をポッチャマに着せたりも。




3  娘の授業にぬいぐるみ使用



娘が小学生のときに不登校になったとき、
もう学校の勉強に合わせずに
自分の正しいと思える勉強ができると
気がついたとたん
勉強にもぬいぐるみを導入するように
なりました。


娘と違い、私は不登校になることは
なかったけれど、
無理して学校に生き続けた末路が私だったので
学校に行って失うもの」と
学校に行かないで失うもの」を
天秤にかけた結果、
娘の場合は、
「学校に行って失うもの」のほうが
代償は大きいと判断したので
娘が学校に行こうとすると
何も出来ない状態だったので
少しでも失うものを減らすために 
不登校生活の方を選んだわけです。

学校に行かない状態の方が
精神的に安定はするけど、
不安感がないわけではない。
同級生の友達が欲しいわけでもないし
一人のほうが好きだけど、
ふとさびしいときはある。

誰だって孤独はいやだ。

でも、生身の人間が近くにいると
もっと孤独を感じる。
 
「集団生活をしていた方が孤独で
一人でいた方が孤独じゃない」
それを言ってどれだけの人に
わかってもらえるだろうか?
と思うと、さらに孤独に感じる日々。

だから、何も言わない相手に
そばにいて欲しい。

それが娘にとって
ぬいぐるみだった

机の上にぬいぐるみを置いて勉強すると
妙に安心感があるんですよね。

さらに、
歴史などで国の動きや同盟関係を説明するとき、
手乗りサイズのぬいぐるみを使った授業は
娘にも安心感を与えました。


娘が不登校になる数年前から
羊毛フェルトのぬいぐるみを作成、販売を
していた私。
コロナ禍をきっかけに、販売はやめてしまい、
その在庫をいくつか勉強用に転用しました。

この子達ですね。↙




もし、在庫がなければ
趣味も兼ねて、作成していたと思います。




また、娘は、和風&洋風&アラビア風のドレスが
好きです。
でも、それはドレスを着て写真を撮ること、ではなく、ドレスの構造やドレスはどういう人達が着ていたか?の背景を知ったり、自分でドレスを裁縫で作ったりするのが好きです。

そのため、ぬいぐるみのドレスを作る、と
いうのをするのが趣味なんですが、
いかんせん、「童話のドレス」の作り方は
ありますが、歴史人物の服装の作り方は 
本では売ってないことが多いです。



十二単(正しくは小袿姿)は 
市販の本であったので 
娘は作成していました。


こちらは作成途中のもの。(娘が作成)

リカちゃんの手縫い関係の本はたくさんあるので
助かってます。


たとえば、古代ギリシアの服装、天平衣装などの
ドール服の本は売ってないことから、
娘は歴史を勉強して、自分で、歴史関係のドール服を作っていきたいようです。




今回は以上です。
ご覧いただき、ありがとうございます。

次回で、このシリーズは一旦終了です♪








みなさま、本日もありがとうございます。


昨日は更新できず、失礼いたしました。アセアセ

今回も、不登校の娘にしていた
小学生時代の授業の
備忘録の話です。


今回は、自作プリント作成についてです。


 

1  授業形式と授業の目標




基本的には、
小学生のときは小学生の教科書、副教材、
そして、市販の教科書準拠の問題集1冊、を
メインに授業を行っていました。


問題集を解きまくることも大切ですが
それは定期テストや入試のためで、
私立中学受験を予定してなかった我が家では

中学での勉強を見越して
論理的思考をつくること
を主軸に、授業していました。


そして
授業形式

集団授業では絶対できない
対話形式」のもの。ニコニコ

集団授業でも対話形式ができないわけでは
ないですが、多くの生徒さんがいると、
それぞれの思考パターンや価値観、
気合いが入る内容や萌えポイントなどが
違うので、
お互いに考えをガチで話すことができる
対話形式は難しいと思います。(絶対に無理なわけではないですが。)

特に中学校だと、「内申点の評価」が
関係してくるので
生徒側は
心の底から思うことを言えないでしょう。

内申点で将来(高校受験)がかわってくる、
それを感じ取っている生徒さんは多いから。

先生側も
先生自身はそのつもりで言ってないのに
誤解をうみやすい発言(たとえば、国防の大切さを話したのに、それが侵略戦争をしたい!と
先生は思っている、と
生徒さんに勘違いされたりする、など。
先生本人は、江戸時代の国防で、
自国の地図を外国に持ち出されないように
することの危険性について話したいだけ、
だったりする。などなど)もあるので、
当たり障りのないことしか言えなかったり。


でも、親子での対話だと、
相手が誤解しているか?が
相手の発言や表情からわかることが多いので
ガチな考えを親の方も述べられるし
子供の方も、授業の発言内容が評価に
繋がらないから、
あらゆる疑問もガチガチに話したり
納得できないことを納得できない!と
怒っても、
そこで親に何か諭されたり、
人格否定されないので、
ガチな対話の授業しやすいです。ニコニコ


例えば、娘の場合、
円周率は3. 14で、円周や円の面積計算して良い、ということが納得できず、1日中、それで時間が過ぎてしまったことがあります。
娘としては
「正確な答えを出せ、と普段は言うくせに、
そこだけ、いくら、
割り切れないものなのだからって
約3.14で計算しても良い、と言われても困る。
正確に、と、ある程度、の明確な境界線がわからん!」と怒り出しました。

ただ、このようなタイプの怒りは、
パニック由来ではないので
癇癪にはなりません。

怒りの理由を
「言語化」できていれば
癇癪はおこらない。

癇癪がおこるのは「パニック」ベースなので。泣き笑い


自分が何がわからないかわからないときに
周りから馬鹿にされる、人格否定される、
という未来しか予測できなくて、
でも、その未来を回避する方法がわからなくての
「パニック」。


今回は「だいたいの数で良いときと、だいたいの数では駄目なときの、境界線がわからないから!」
と言えているので、怒るだけですみます。

これについては、布団に入ろうがご飯を食べようが、ずっと疑問を口にしているので、
私も娘が欲しい答えがわからないので、
二人で暇さえあれば話し合ってました。

ただ、1つのことに集中して、先に進めないと
テスト、問題集で点数をとれなくなります。

「点数をとれなくても、自分は勉強得意!」
「点数とれないけど、勉強好き!」と
思える、公言できるような
ハガネメンタルは娘にはありません。


「問題解けるから頭が良いわけではない」では
ないけれど
「問題解けないと自信がなくなるから
問題を解けるに越したことはない」
と私は思ってます。


なので
ASD由来のこだわり、過集中は
可能な限り好きにさせてあげたいし、
こだわった結果、生み出される産物の
おかげで上手くいくこともあるので、
「こだわり」「過集中」は
ASDの強みであるとは思います。
でも、「こだわり」のせいで前に進めない、
「過集中」しすぎて体調不良になる、
というのも目標達成できなくなるので

うまくバランスをとることを
ASDで生き延びた経験の先輩である私が
微調整していく必要はあるんですよね。


ある人から
「ASDの親なんて子供をまともに育てられない」と
言われたことがありますが
「ASDの親である私が教育の権利を行使し
目の前の子供が、少しでも生きやすくなる
ように努力することは罪ではあるまい」と
思って、可能な限り、頑張り続けたいんです。


ちなみに、先程の円周率問題は
最終的に、私が
「ストーンヘンジは暦を測れるようになっているという説がある。円形の物体を自分たちよりも大きい建物で考える上で、円周率の小数点第2位以降の極めて細かい数値にこだわるより、多少のズレがあっても円形を描いて、それで暦をつくって、食べ物を確実に得られる、自然災害から逃れるようにしないと、生き残れないのでは?(ストーンヘンジが作られたときに円周率があった、という意味でなく、多少の数値のズレを気にしないのは、確実な正確性より、ある程度で良い、というのは、生活に必要か否かで境界線をひけば良い、と納得してもらうためです。)」と何気に思いついて話したときに
娘の中で納得できたみたいです。



2 ASD児のこだわり対策



ただ単に、
「3.14で計算すればいい。皆はそれでやってるよ。」なんて言ったら最後、癇癪がとまらなくなるでしょう。
なので
「確かに、正確な数値でなくても良い理由を
うまく私も見つけることができてない。

だから、それは、

ツチノコ預かり案件にしよう!」

と言ってます。




ツチノコ預かり案件」とは
私の造語です。

ツチノコのように、
存在するかしないか
わからない生き物に、
ツチノコという名称(単語)を
与えることで、
存在を暫定的に確定し、
その形を未来まで持ち越して、
いつかその答えを見つけられる技術や知識や
情報を手に入れられたときに、再度、
その案件を考えよう」
というものです。


「本人のこだわりは否定しない。
一時的に封印する、という形で、肯定をする。」
そうやっていくと、
「とりあえず、妥協して、言われたやり方で解く」
「先の内容まで進んでいく」
ということができます。

定型発達の人からしたら
発達障害の子の「こだわり」は
不要なもの、邪魔なもの、劣っているもの、
と思うかもしれませんが、
発達障害の子からしたら
「こだわり」そのものまで「自分が自分である証拠」であるので、
安易に「こだわりを否定される、
自分そのものを否定された」と
思い込んでパニックになりやすいかも?と。
パニックになると、いくらこちらが
人格否定の意図はない、と言っても
信じなくなってしまいます。
(あくまで娘の場合は、の話です。)

また、学習内容(とくに歴史や理科の内容)で
私もわからないことがあったときには
「情報のオーパーツがあるのかも?」
「情報を読み取るのに、
欠けているパズルのピースがあるのかも?」と
自分の理解度不足は
安易に「自分は、学校の先生の言うように
集団生活できない、空気も読めない馬鹿だから、
勉強もできないんだ!」と思わずに、
理解できない原因のオーパーツ、欠けているパズルのピースを探す方に思考をシフトします。


そのときに、すぐに探せなかったときは
オーパーツや欠けているパズルのピースを
探すことは、ツチノコ案件」にしています。

(娘のみが探せないときや
私自身が授業カリキュラムを組むうえでは
オーパーツや欠けているパーツを知っているときは
予め言う事はあります。)

ツチノコ案件にしていると、何気にテレビなどを
見ていたときに、突然、そのオーパーツや欠けているピースの情報をダイレクトに知ることができたり、それらの内容を自分で見つけるヒントになったりするので。


最近では、
学校の授業で教えられたとき、
フランス革命の教え方に違和感を感じていたのは、
易姓革命の考えたをベースに西洋の革命を考えて授業をしていたからでは?
と気がつきました。

「フランス王家や貴族が、暗愚だったから革命が
起きた」という視点は「東アジアの易姓革命の建前の考え方」です。
実際には「基本的人権を獲得するため」で
そこで王家や貴族と平民が対立した結果おきたのが
フランス革命。
しかし、学校の授業で「施政者に対する不満で革命がおきた。」「勝利した人は、人格が良かったから」という視点ではなされ、それで当時の私は「???」となっていたんだな、と。(学校の先生すべてが同じ授業をするわけではありません。)

つまり、これがオーパーツをみつけたとき。
そこの場所、その時代に存在してない(多数派のは考え方でないもの)で歴史を見ているから
わかりづからかったんだ、とわかりました。
フランス革命のときに、
「易姓革命」の概念はフランス革命でのオーパーツです。


またアメリカの株価の大暴落から世界恐慌が
始まったという内容で、
なぜ突然株価の大暴落がおきたか?の
カラクリがわからなかったのですが
それは
「この時期の少し前までは株の売買は、
かなり株のことを知っている人々しかしていなかったのが、この時期(1929年あたり)には、
株の売買は、株のことを何も知らない人も
買うようになったから」と
いうのを知り、
それがただの株価の低下でなく大暴落をひきおこしたのかもしれない、と思いました。
つまり、パズルの欠けていたパズルのピースは
「株の売買を行う人達はどういう人だったのか?」の視点が抜けていたからなんです。



このように、娘が年齢相応の内容を習うとき、
そこには、娘にとっての
オーパーツ」や「欠けているパズルのピース」が
たくさんあって、
それをすべてツチノコ案件にはできないので、

その「オーパーツ」や「欠けているパズルピース」を知るための必要な最低限の知識も視点も小学生の時の娘は持っていないため、
そこを説明するのに、ちょうどよい本がない!

じゃあ、作るしかない!

ということで、自主作成して、ということを
していました。ニコニコ



そのときに必要なものの備忘録の画像が
下のものです。
 

私は中学生、母親がつくる問題プリントで

テスト対策をしていたので、

その問題プリントが何よりも好きでした。

とくに英語は、あらゆる知識や思考がないと

解けないような母のオリジナル問題だらけ

だったので、解くのにかなり全身全霊で

臨まなきゃいけなく、それがかなりの

集団生活でうまれたストレスの解消

になってました。ラブ


また、

私は大学の部活(能楽部)で、
マンガ作成や説明冊子を作る楽しさを知りました。

その後、塾講師、家庭教師になって、
「教科書やテキストだけだと、系統立てて
情報整理できないし覚えられない!
とくに、英語と社会!」と焦り、
補助参考書や補助問題集を作るようになり
それが楽しくて楽しくしょうがなかったのです。ラブラブ

そのため、今は
「マンガ」「絵」と「勉強」をうまく
融合したもので、ASDの子の自宅学習の
助けになるものを作れないか?
模索しています。


3 パソコンでなく手書きしている理由



娘の授業に対しては
完全なる個人的な同人誌なので
パソコン制作でなく
オール手書き、手描きでの本に
しています。

理由は、パソコンって、
電源をつけてから立ち上げに時間がかかり
アップデートとか、突然のフリーズとか、
そういう時間のロスもあり、

家事の合間にできないのです。
パソコンで作成することはできますが
あえてパソコンを使ってないのです。

不登校の娘は家にずっといます。

定型発達の子は、
突然、ふとした瞬間にパニックをおこし
癇癪をおこすこと、はない?少ない?と
思います。
しかし、娘は癇癪おきたら、すごく暴れるので
パソコンを本人が壊すつもりはなくても
パソコンを壊してしまうこともあります。
癇癪で暴れると言っても
他人を殴ったりの加害はなく、
ひたすら床モップ、でグルグル回ります。

パソコンが壊れると、そのとき
作ったデータがすべて駄目になってしまうことも
ありえます。


娘の場合
「パソコンでないプリントを見ると
その人はパソコンを使えないくらい
学力がないと心配になるため
そのプリントの内容を学んでも
自分には学力がつかないかもしれないと
思えるため、勉強内容が入ってこない」と
いうナゾの理論を言うわけではないので。

まあ集団授業では、
信頼度というのも必要ですし、
諸々の事情で
パソコンの文字の方が読みやすい子がいるのは
わかっているので、
私も集団授業をする際はパソコン作成します。


ただ娘の場合は私の手描き文字も読むことが
できるため、私は
5分くらいの短い間にちょこちょこ作成、
突然起きた癇癪でも壊れることはない(ビリビリに破かれなければ修正可能)紙で作成したほうが
長く自宅学習は続けられる、と。



作った原稿は
家にある複合機で印刷して
ホッチキスでとめて、冊子にしています。

時間に余裕があるときは表紙絵も描いたりも。

プリントって、1枚、1枚、バラバラにしていると
無くしやすいんですよね。ガーン

それを本の形にすると、無くなりづらい。

作っている方も、同人誌が完成した時の
達成感みたいな幸福感を感じますし。ラブラブ

不登校の子の育児は辛いし、
家計も苦しくなる一方。
「不登校になったのは母親の責任!」と
学校側には批判されてばかりだけれども
不登校だからこそ生まれた作品づくり!と
いう一筋の光は感じます。


次回は、自宅学習するときに
学校や塾では絶対に無理だけれども
これがあったので便利だった、
自宅ならでは!な話をしたいと思います。

みなさま、本日もありがとうございます。


昨日はシリーズ更新が

できなくてすみませんでした。


本日は
不登校の娘にしている自宅学習(自宅授業)
ついての備忘録の続きです。


今回は、小学生の内容を自宅で授業するときに
購入したもののについてです。







1  私立中受験は視野に入れなかった理由


娘が、不登校になった理由は
「集団生活」と「学校の先生の教育方針」が
過剰適応でしか乗り切れないことが判明したので
心身の安全のために不登校生活をすることになったので、私立中学受験は考えませんでした。アセアセ


私立中学だと、公立と違い、
学力的にも、教育方針も色々あるので
合う学校があるのでは?と言われたことが
あるのですが、

私自身が、バイト時代、塾講師時代に
私立中学受験を指導し、
私立中の生徒さんたちの家庭教師も
していたことから

「娘には、私立中受験と私立中は合わない。」
と思っていたので、視野に入れませんでした。

正しくは
「娘の場合は私立中受験は
ハイリスク、ローリターンで、
さらに受験したうえで起こるのは
家族崩壊の可能性も高いと
感じたから。」
です。




私立中受験

スピード重視です。
 

今だと、テストを受ける時には
考えるスピード、解くスピードが
大切、というのも心の底からわかっているので
テスト時間に間に合うように努力させても
娘に癇癪はおきません。


わかっている問題を何度もやるのも
最短でミスなくとけ、
スピードをつけるためと
今でこそ大切とわかっていますが
小学生の時は、それを嫌がり、
娘は癇癪をおこしていました。


小学生の時の娘は、
不登校になったときに
スピードのことで
指摘するだけで発狂することは
目に見えていました。


不登校になった、ということは、
危険だと感じた場所からの
人命優先を重視した結果の早期撤退、
とも言えます。

つまり、娘にとっては、
危険と感じた場所が学校だったわけです。

しかし、それは、娘が通っていた、という
具体的な学校ではなく、
学校教育という機関であり
学校主導の教育という概念、
という意味の「学校」です。
 
何が危険と感じたか?というと
「他人と同じ価値観や得手不得手を同じに
しない限り、永遠に、自分という存在は
否定され続ける」と確信した、
「基本的人権の侵害」という意味の危険です。

できない自分を褒めて欲しいわけでもない、
できる自分を褒めて欲しいわけでもない。

でも、教育機関は
「できなきゃ人格否定」
「できたら、皆の見本になれ、と言う」
ということが多く、
「できなければ先生と同級生にいじめられる、
できたら同級生にいじめられる」
という、「いじめられること」には
かわりない空間。


だったら、いじめられないようにすれば
良いじゃないの?!と思われるかもしれませんが
そのためには「過剰適応」しかない。

娘の場合は
「給食を完食できない」
「行動が遅すぎる」
「運動が苦手」
であったので、
集団で力を合わせて勝利を導く運動、
そして、他の人とあるゆることで
スピードを合わせられないことは
集団生活において、かなり怖いことです。


運動が苦手なことはともかく
周りとスピードを合わせられない、と
いうことによって、
娘が得意なこと、
例えば、勉強や絵などは
「意味のないこと」と
されてしまいます。

「勉強や絵なんかより、
きちんと速く動けるようになろうよ!」
と先生は善意で言ってきます。

「皆に合わせること、それができなければ
勉強や絵をがんばることもできない」と、
先生はそこまで考えて言ってないでしょうが
そういう風に聞こえてしまったら最後、
そこは自分の好きなものをとりあげ、
永遠に努力してもできないことだけを
やらせる危険な場所と思ってしまうのです。

娘のことを待たなきゃいけない同級生たちは
イライラしてしまいます。
イライラしてしまうのは仕方がない。
できない人に合わせることは
思った以上にストレスがたまることは
娘も私も知ってます。


だから、そうなると
「速く行動できること」が最優先になり、
将来、生きるうえでの武器や防具になりうる
「勉強」や「絵」を捨てなきゃいけない、
それが学校生活になってしまう娘。

だからといって、「勉強」を
しっかり教えてくれる
私立中学の受験勉強をすることは、
「速く行動できること」を第一目標に
しなければいけなく、
それじゃあ、何のために不登校になったか?
が、わかんなくなるんです。


娘にとっては
「もう過剰適応したくない」
「自分のペースで勉強したい、
勉強できるようになりたい」
「できないことも自分のペースで
できるようになりたいから、
できるものだけすれば良い、と
言われるのも嫌!」
「でも、上記のこと(自分のペースでやりたい)を言えば、ワガママと言われるのがわかってるから、黙るか、過剰適応するしかない。」
という理由から不登校になったわけで、

「スピードを必要とする私立中学受験」は
娘の伸ばせるところを伸ばせない危険性がある、
と思いました。
(スピードが遅い子は私立受験に向いてない、
という意味でなく、娘の場合は、
スピードを克服する気概が当時はなかった、
という意味です。)

他にも、
私立中受験って
国語だと現代文の分野、
数学ではなく算数、
理科は生物、科学分野、
社会だと、日本地理と日本史、

がメインになります。
(他のものも出ますが、メインが、という意味。)


これが、たとえスピードが速くなっても
娘にとっては致命的なんです。

娘の場合は、
古文、数学、地学、物理、世界地理と世界史、
が得意なのは、小学生の時から、
思考パターンなどから予測できました。
(現在、それが判明しています。)

そのため、本人は私立とか公立とか
関係なく、学校そのものに行きたがらないのだから得意とする分野で勝負できない受験をさせるのは
危険だ、と思いました。






2 自宅学習で使っていた教材


では、小学生の時は、
自宅学習の授業は何をしていたか?というと、
公立の中学に、もし通うことがあったときに
「勉強できない」理由が
「不登校になったから」と
本人が思ってしまうことを防ぐことを目標に
授業していました。




別に勉強って学校の専売特許のものじゃないので。

勉強は、
学校でなくてもできる、
塾などの他の人を頼らなくてもできる、
家で家族内だけでできるようになるだよ!
というのを証明したかった。

それが証明できれば、
娘は、
場所や機関にこだわらず、
自分で自分を高められるようになると
思いました。

要は、小学生の時点では
中学の定期テスト、高校入試に
必要な学力と思考力さえ身に着けておけば
大丈夫だ、と。

なので、
3桁×3桁の計算などの中学では
およそ計算しないもの、
割り切れない数を小数点第2位まで四捨五入で、
などは分数で書けばよいもの、などは
教科書と副教材、問題集1冊程度にとどめました。

社会なら教科書の内容だと薄すぎるので
私立中学向けの問題集と高校、中学の教科書を使って授業する、という形などを行いました。

英語も、文法からアプローチ。

娘の場合、
動作性IQがIQ内で最も低く
言語性IQは、動作性IQより約30も高く、
聴覚情報より視覚情報のほうが入りやすい、ので、英語は英会話やゲーム感覚の言葉遊びより、
ガチガチの文法で教えたほうが
結果的に英語のテストも会話力もあがるだろう、
と予測して行いました。


英会話やゲームしながらの学びは
スピードがある程度ないと難しいので
そのスピードを速くする努力より
言語そのものに対する直感のほうが
得意な娘には、そちら側からのアプローチ
でも良いかな?と。

a→b→cとできるようになって、
dができるように、というように
学校側は教えるけれど、
eができるようになってから
a、b、c、dを順不同でできるように
なっても良かろうと。

要はdさえ手に入れれば、
dを手に入れるための順番や
(その時点では)本来は
不必要と言われているものを
先に学んでも、罪にはなりません。

・・ということで、
娘が小学生の時、自宅学習の授業をする上で
使ったもの&購入したもの、を
画像で残しました。
 

私立中受験を行わないかぎり、

小学生の時は、
教科書、学校の副教材
市販の教科書準拠の問題集、
だけで十分です。

教科書は教科書取扱書店さんなら
誰でも購入可能ですが、
副教材は学校経由でないと手に入らない
ので、
新学年、新学期、になると、
親の私が教科書、副教材を
取りに学校に行く形でした。
(教科書は子供には無料配布ですが
副教材は、自費で払わなければいけません。)


副教材は、理科の実験ノート系は
学校の授業を受けること前提で作られているので
あまり家庭内では使えませんが
漢字ドリルや計算ドリルは自宅学習でも
使えるので活用していました。

副教材の場合は、教科書準拠特化の
つくりで、それは市販では、
同じものは売ってないので、
かなり助かりました。
(似たものはありますが問題数が少ない。)



小学生の時は、
難しい勉強をすることより
勉強するのが、当たり前の習慣にする
さらに
中学、高校以降に、
多大な情報量を脳内で整理できるような
論理的な思考の下地をつくる
ために行いました。


なので、例えば、算数の速さの問題を
「ハ・ジ・キ」という、解くためだけの
ツールを使う形ではなく、
「速さというのは、割合の概念から生まれた
空想上の産物であり、
割合というのは、いったい何者なのか?」
というのを観念的に考えることで
速さの問題を解く、

とか、

「英語は第二言語である。
第一言語=母国語、であることが多い日本人が
第二言語を習得する上で、
第一言語のように英語を学ぶのは無理である。
それならば、かつて、日本人は古代中国語を
どのように受け入れたか?を学ぶことで
日本人の外国語の学び方を感じ取れるから、
まずは漢文で、法則性を学んだあとで、
英語へのアプローチを学ぶ。
そのうえで、第二言語を第一言語のように
使えるにはどうすればよいか?を
自分たちで模索して作っていく」
とか、

そういう感じで、不登校の時期は
勉強してました。ニコニコ


社会に関しては、学校での勉強内容は
中学までは、かなりスカスカ、ボンヤリな
内容なので、
高校レベルのものをベースにして
私がオリジナルテキストを作って
授業をし、
問題演習のみ市販の教科書準拠問題集と
私立中学受験用の問題集を使いました。

小学生の教科書は
社会は、かなり部分的なので
全体把握をして理解するタイプの娘には
かえって分かりづらくなるようで。


3 不登校から学校登校再開へ




   
この小学生の不登校授業の結果、
中学に入って、一時期、通っていたときの
テストは、特に問題なしでした。

教科によっては、1位のものもありました。
平均点30代のテストで90点オーバーなども。


でも、また不登校に逆戻りしています。

その理由は、
中学の先生が
「無理勉強がんばりすぎたから、小学生の時に
不登校になったに違いない!
母親が勉強ばかりさせてるに違いない!
母親は毒親だ!
教師である私が、その毒親から救い出して
あげなければ!」
と思って、
娘に私の悪口を言わせようと何度も働きかけ、
娘に勉強させないように善意で働きかけたことから、
娘は
「勉強しないようにする過剰適応はしたくない!」となって、また不登校生活に逆戻りです。


つまり、勉強ができる、できない、うんぬんで
不登校に確実になるわけでなく、
「過剰適応する方法しかない」と
思ったときに、不登校になるのかも?と。

勉強できる、できないの有無は
直接的な原因でなく、
きっかけにすぎないのでは?と。



娘が、
医学部に行けるほどの学力があるわけでも
ありませんが、

学力あるなし、にかかわらず
「勉強したい」「勉強が好き」と
思っているのは間違いなく、

それを一律に
「勉強しないことが子供の幸せ」と
思って、行動をした学校が怖かったのは
確かです。


中学には行きません、行けません。

でも、高校は?

高校に関しても、
高校の勉強内容はついていけるでしょうが
学校生活が娘にはキツイかもしれません。


なので、通信の高校に通えるよう、
そして、目指すは大学受験!という形が
一番、精神的にも負担がなく、
最終的にはそれで、娘が仕事を手に入れられる、
(そのような努力なら耐えられる)
という直感が私にはあります。

今は
「駄目な母親」
「人生の落伍者」
みたいに言われる人生ですが

「このとき、世間の評価より
自分の直感を信じてよかったな」
と思える人生にするべく
家族で力を合わせてがんばりたい、と
思っています。


少なくとも、中学に復帰した際に
小学生のときに
不登校で家で独自の勉強をしていたことが
中学校に通い続けるうえで大切な時間だった、
と実感しました。
小学生のとき、不登校で自宅学習のほうを選んで
助かった、とも。

でも、小学生当時は
「学校に行く努力をしたほうが良いのでは?」
と悩みながら、ずっと生活をしていました。


結果的に中学も不登校生活に戻りましたが
学校に行けないのは
勉強関係でなく
「過剰適応しかする方法がなかったから」
というもので、
どうして過剰適応せざる負えないか?と
いうと、娘みたいなタイプの子が集団内で
少なかったからです。

娘みたいなタイプの子を探せば
いたでしょう。

でも、娘みたいなタイプは、
クラス内で、同じく過剰適応しているため
わからないんですよね。
もしくは、不登校。


私が大学で出会った友達も、
小学生のときに出会っていたら
お互いに仲良くできる関係になれると
気が付かなかったと思うし、
お互いに自分に自信を持っていた大学生のとき
だったから仲良く慣れたわけで
小学生のときに出会っていたら、
お互いにトラウマレベルのトラブルを
おこしていたかもしれません。


だから、今は、
学力をつけて、
未来で出会えるかもしれない人と
お互いの人格を尊重できるような
対等の関係を気付けるように
自分という概念をきちんと固定化、
いわゆる自己肯定感を高めることを
していくことをしていくしかない、
と思いました。


「小学生のときに不登校で自宅学習することを
選んだから、中学校も結局不登校になった、
だから、自宅学習は失敗だった。」と
結論づけるのではなく
「自宅学習を貫いた結果、生まれるものを
この世で生き続けて見てみたい」と
いう、人間のたゆまぬ挑戦、と考えて
周りが求めるような
「過去(不登校)を否定して自滅する」ことを
選ばぬよう、過剰適応しないように
家族で気をつけて生きていきたいです。ニコニコ

次回は、学校の教科書や市販のものでは
もの足りないときに、
自分たち独自のテキストやプリントづくりを
するときの話です。