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「育児書にない!&しゃかりき!」〜元塾講師&ASD母子&不登校勉強対策用のブログ

ASD当事者で、子供もASDです。元社会科塾講師です。
不登校の娘への授業記録、歴史の勉強で自分たちが勉強しやすいように情報整理した内容、ASDなりに勉強して生き抜いていきたいこと、についても語ります。

2025年春に、塾講師ブログ「しゃかりき!」と合併しました。

みなさま、本日もありがとうございます。



本日も「れくす先生の歴史授業」です。


【おわび】
以前のように、
パソコンで画像を
作成する時間がないため
手書きのものが多くなりますが

「手書きだと、勉強する気がそれる」とか
「パソコンで書けない先生だと、
きちんと教えられるか不安」
という気持ちの方は、
そもそも、このブログをご覧にならない
のでは?
もしくは、ご覧になったあと、
二度と私のブログは開くことは
されないのでは?
と思います。
今までの記事でも手書きのものもあるし、
今は現役の肩書もないですし。


私のブログは
勉強について、あらゆるものを読んでいる中で、
私のブログも活用している、
つまり、数ある読み物の1つ、
と思って、参考程度にご覧になられている
方が多いと思います。
何の肩書もないので、その肩書に惹かれて
惰性で読む、ということもないと思います。


ただ、パソコンで書いたほうが
読みやすいという方もいらっしゃるのは
わかります。
そのため、可能な限りは
パソコンで書きたいですが、
それだといつまで経っても
ブログを書けないので、
手書きのものも活用したいと思います。

理想的なことがやれないまま、
グスグスブログなってしまっていますが
可能な限り、更新していきたいです。




ではでは、「れくす先生の歴史授業」を
始めさせていただきます。



メソポタミア文明とエジプト文明



前回は、古代文明の導入で
どうやって古代文明の内容を
まとめていくか、覚えていくか、
という話をしました。

今回から具体的に見ていきます。


今回は、
メソポタミア文明
エジプト文明(古代エジプト文明)




(1) この文明を習うにあたって

この文明は、それぞれ独立して覚える、
というより、
近くの地域で交流があり、
相互作用があった文明という認識で
歴史を見ていく必要があります。


交流というのは、
人の行き来、貿易などの
平和的交流、
王家同士の婚姻関係などは
もちろんですが
それ以外、つまり、戦争も交流と
とらえることができます。

交流がなければ戦争はできません。 
我々人類が宇宙人と戦争できないのは
双方に交流がないからです。
(地球人からしたら宇宙人とは出会えてない、
もしくは、宇宙人は存在しない。)



貿易、婚姻関係、戦争も踏まえて
歴史の流れを見ていくのが大切ですが
この内容は、高校生で習うものが多いです。

中学生が習う内容は
各文明の文化的な面、つまり、
暦や文字、建物、などがメインで、
各文明でおこった王国の特徴や
王国同士の交流や戦いは習いません。


この記事シリーズは
私立中学受験と高校受験向けの内容なので、
今回は、各王国の細かい部分は明記しません。
(受験用、もしくは、不登校の自宅学習用)


まずは、下の画像を見てください。



これから、「文明」というククリで
習う文明についての全体的な特徴について
簡易的に記したものです。

ではでは
前回、お話したように
文明名、その文明がおきた大河、文字、などにカテゴリー分けをしてみていきます。

今回は
メソポタミア文明エジプト文明
ついて、見ていきます。




(2)メソポタミア文明とエジプト文明


1 河川名と暦

どちらの文明も、大きな川の近くで
文明が生まれています。


川は古代(近代まで)において
交通の要であり、農業を行う上でも
水があることは大切です。

ただ、そうだとしたら、どの川でも
文明は発達するじゃん、ということ
ではあります。

川の周りに小さな村(ムラ)はできますが、
文明というのは、村のレベルを大きくした
かなり大きい集団コミュニティである
都市国家が母体となって生まれます。


では、
メソポタミア文明エジプト文明
おきた、川は他の川とどんな違いがあったのか?
というと、
洪水が定期的におき、その洪水で運ばれた土が栄養がたくさんあったので、農業に適していた、ということが大きいです。

農業というのは、水だけでなく、土も大切で、
植物にとっての栄養がどれだけつまっているか?で、農作物が育つか?が変わってきます。


メソポタミア文明では、
チグリス川ユーフラテス川
という2つの大きな川、



エジプト文明では、
ナイル川が、



そのようなタイプの川(大河)でした。

洪水というと、もちろん、
大きな災害であることは間違いないです。
人的被害阻止のため、そして、
農作物をとる周期もわからないと
安全に確実に農作物を収穫できるために
洪水のおきる法則を見つけ出すことが
必要です。

その法則から導き出されたものが、
(こよみ)です。

暦はカレンダーのことです。
時間の流れを一定の周期に分けて、
分類分けしたのがカレンダー。



メソポタミア文明では、
月の満ち欠けから、

エジプト文明では、
太陽の動きから、
それぞれ暦が作られました。


の満ち欠けから割り出された暦を太陰暦
太陽の動きから割り出された暦を太陽暦
言います。

陽と真反対のもの(対極をなすもの)に
なるものを陰というので、
太陰は、太陽と対極を
成すもの、つまり月ということです。


メソポタミア文明では、
60進法という
数学の考えも使われました。

60進法は、現代の我々でも使っている
考え方です。


60秒で1分、
60分で1時間、
というように、
60の単位で1つ上の単位に繰り上がる
ものです。

暦とは、時間を人間の考えで区切ったものなので、この60進法で時間を区切ることで、日にち、年を区切ることができることが可能になります。



2 文字

文字というのも、
暦などを記すものとしても必要です。
また、
だんだんと集団の規模が大きくなると
一斉に遠くまで伝達するのに便利なものが
文字とも言えます。
文字は、地域だけでなく時(とき)さえも
超えます。

時空の伝達手段が文字なのです。



同じ文字を使い続けていたら、
未来人にも、当時にどんな人がいたか、
どんなことが起きたのか?
未来までに伝えたいこと
(洪水や地震などの災害など)を伝えてくれます。

でも、その文字を使う人々が未来に
いない場合、当時の歴史は闇のまま。
少しの遺跡は残っているかもしれません。
でも、そこで、当時、どんな風に
彼らが考え、何を楽しみにし、生きていたか?は、
出土された遺物から想像するしかありません。
さらに、遺跡も遺物も少なかったり
残されてなかったものは、
未来には知られてない歴史になります。


古代エジプトの文字の1つである
ヒエログリフ(神聖文字))も、
遺跡としては
残っていましたが、近世、近代の世界には
誰もその文字を使っている人はいませんでした。だからこそ、その解読をするのは
かなりの労力が必要で、
運が良いことに、古代エジプトの文字と
並列されて記された文字が、
近代に使われていた文字とリンクすることができ、
解読できました。



↑ヒエログリフの例


文字だけでなく、
伝説、神話などの口頭で伝わったもの、
その口頭伝達したものを文章化したもの、
過去にみつけた法則や公式など、
これらをまとめて「学問」と言えます。
学問というものは、
「テストで点数をとるだけ」
「学歴や就職先を得るため」ための
個人的問題に帰結するものだけでも
ないですし、
「現代の生活に直結するノウハウ」の
ものだけを学ぶものでもありません。


現代の我々が一度でも、
過去から積み重ねた学問を
断絶すると、過去のものが未来まで
伝わりません。


過去に積み重ねてきたものを未来までに
伝えるために、現在では
公的機関である学校教育が
その一端を担っていると
思うことがあります

だから、学校という存在は必要だと
思いますが、学校で習う内容を習って
一人一人が未来に繋げていくことが
大切であるだけで、
別に、(国家資格取得目的以外では)
学校という場所で学ぶ必要は
必ずしもありません。
学校の先生以外に
勉強を教えてもらうこと、
自分一人で家で勉強することは
別に悪いことでも
劣ったことでもありません。
逆に学校に行けば、
何でも良いわけでもないかな?と。


学校に行くこと、と、勉強をすること、は
別に分けて考えると良いと思います。

もちろん、学歴、職歴を手に入れるために
勉強するのは、私は好きです。

でも、それだけに特化すると
不登校になったときに残る感情は
「絶望」です。

私達の歩む歴史は、
歴史の「到達点」ではありません。

あくまで通過点です。

なので、
「今は、これだけ科学技術が進んでいるから、昔のような勉強方法(学校がない時代の学び方、本を個人で読んで勉強する、座学で学ぶ、古典を勉強するなど)は悪だ」
「一人で黙々と勉強する人は、将来困るよ!」と
決めつけて、
過去の人間が築いたものを否定して、
ぶち壊してしまうのは、
現代人の驕り高ぶりだと思います。

今、現在、生きている私達が、
昔ながらの学び方も肯定し、
未来につなげていくことも
大切だと思います。

同調はする必要はないですが
肯定していくとで未来につなげていく。

この科学技術が突然失われることだって
ありますので。


なぜなら、今の科学技術とは
違う方向ではありますが、
古代文明の時期に生まれた技術は
現在の科学では復刻できないものも
あるそうです。

つまり、過去のものは、今よりも
すべて技術が劣っていたわけでは
ないということです。

少し話が、ズレてしまったので
メソポタミア文明とエジプト文明で
それぞれ使われていた文字の話に
戻します。



メソポタミア文明では、
くさび形文字を使っていました。

↑くさび形文字の例

くさび形文字は、
中学では「くさび」とひらがな表記であることが
多いですが、
高校では「楔」と漢字表記のことが多いです。




次に、エジプト文明で使われていた文字について。


エジプト文明では、表記する場所や内容によって
使う文字を変えています。

神聖なる場所(神殿やお墓など)に記したのが
神聖文字(ヒエログリフ)です。
神様に届ける文字、の意味合いが強い文字です。

実際の政治や普段の生活で使う文字は
別の文字を使ってました。


エジプト文明の文字というと、
ヒエログリフ、をイメージする人が
多いでしょう。
たとえば、下のような文字がヒエログリフ。↓




では、2つの文字について、
もう少し、詳しく見ていきましょう。




【くさび形文字(メソポタミア文明の文字)】
くさび形文字(楔形文字)の
「くさび(楔)」とは、
先の尖った道具のことです。
その「くさび(楔)」のような
「形」をしていることから
「くさび形文字」と呼ばれます。



くさび形文字は、水を含んだやわらかい粘土の板に、葺(あし)という植物を削ってペンの形にしたもので削って、文字を記しました。
この粘土板を焼けば長期保存も可能です。
残しておきたい文章などは、
そのように焼いていました。
そのような文書が現在発見されているので
我々は歴史を知ることができます。
(メモ程度の文書は、乾いてない粘土に
記して、終わったら、粘土をまた丸めて、
板状にして、再度記してました。)



【象形文字(エジプト文明の文字)】

「くさび形文字(楔形文字)」は
固有名詞ですが
エジプト文明で教科書に書かれている
象形文字というのは
固有名詞ではなくカテゴリー名詞です。

象形文字とは、
何かの形の線画抽出したもの(象ったもの(かたどったもの))。
一見、絵にみえますが、
文字としての記号になります。
中国で生まれた漢字の一部も象形文字です。
山の形を形どったのが「山」という漢字です。

エジプト文明だと、
鳥の形を文字化したものがあります。




エジプトの文字でヒエログリフという
言葉を聞いたことがある人もいるかも
しれません。

昔の教科書だと、
エジプト文明の文字は「ヒエログリフ」と
表記しているところもありました。


しかし、ヒエログリフは、古代エジプトの
使われた象形文字ではありますが、
古代エジプトでは使われた文字は他にも
ありました。
ヒエログリフは、石碑や彫像などの石に
刻まれたものです。
ヒエログリフという文字そのものに
神の力が宿っているようなイメージで、
神の力を必要とする石碑や彫像などに
刻まれていました。


その他にも筆記用の文字などもありました。


それで、ヒエログリフ=エジプト文字、ではなく、ヒエログリフもエジプト文字の1つ、という認識なので、古代のエジプトは、
象形文字を使っていた、と表記されます。





3 建物

建物に関してだと、
古代には、ほぼどの地域でも
宗教と密接に結びついてます。

今の学問のように「理科」の内容の
自然や医療のしくみが
ハッキリしてません。

人間というのは、理解できないことに
対して不安感を抱きやすい生き物だと
思います。
そのときに、理解できない現象に対して
「神々」という存在を作り出して
その「神」や「神の使い」が行っているもの、
と定めます。
いわゆる、現象を公式化(キャラクター化)
した、とも言えます。
今だと、数字で説明するものを、
当時は「神」で説明しているだけのこと。

数字による秩序か、神による秩序か?
だけで、「秩序」を維持しているだけの
違いなので。
「秩序」がないと、戦争が常におきたり
理不尽で横暴な人の天下になってしまうので。

ただ、やはり、今の価値観、
いわゆる、数字や法の秩序のほうが
より理不尽さが減るとは思いますが
「秩序」という観点だけで見れば
今の秩序でも昔の秩序でも
どちらも秩序はできていると思います。

今、とくに今の日本の価値観は
第二次世界大戦の経験から
「宗教というのは怖いもの」
「宗教を信じることは悪い事(危険なこと)」と
思う人がいると思います。
個人個人がそのように思うのは
かまいません。

でも、「歴史」を見るにあたって、
「宗教を信じて生きている人」
「宗教が根底に根付いている歴史」を
バカにしては、
真実を見ることができません。

さらに、歴史を教える側が
本来は宗教的価値観に
結びついていたことでおきた事件や創作物で
あったものなのに、
「宗教」と分離して、おきた事件や創作物を扱うと、何か矛盾を感じるというか、
事件と事件、その事件をおこした歴史人物と事件が、うまく繋がらなかったりすることが多々あります。


別に歴史を学ぶというのは
「その歴史人物のマネをするため」
「個人の人生の模範にするもの」では
ありません。
その「歴史」を理解することが必要で、
今の価値観では
「法律違反」「不適切」「マナー違反」
というものもたくさんあります。
でも、その「現在不適切」なものは、
過去にはあったことは事実なのだから、
「現在の価値観」とは切り離して
「このときはこうだった」と
見ることが、歴史を理解することです。


「同調」と「理解」は別物です。
「同調」は同じ価値観で初めて
受け入れられますが
「理解」は、同じ価値観でなくても
かまいません。


メソポタミア文明もエジプト文明も
それぞれの宗教がありました。

そして、それぞれの神殿などの
建物が建てられました。


メソポタミア文明では、
ジックラトという神殿、聖塔、
エジプト文明では
ピラミッドやあらゆる神殿
の建物が建てられました。





ピラミッドというのは、
四角錐の巨大な建築物をあらわしている
カテゴリー名詞なので、
エジプトに建てられたものだけを
ピラミッドと言うわけではありません。
しかも、ピラミッドを建てられたのは
エジプト王朝の歴史の中でも最も古い時代
の建築物です。
多くの人が知っているツタンカーメン王や
ラムセス2世などは、
ピラミッドが建てられた時代の
エジプトの王(ファラオ)では
ありません。


中学生の習う歴史は
エジプト文明の細かい王朝は習わず、
めちゃくちゃ長い歴史の遺物を
かいつまんで習うので、
ピラミッドがいつの時代のものなのか?
は習わないので、
ぶっちゃけテストでは、年代を
ぼんやりして覚えてても問題はありません。

ただ、テレビでよく見るエジプトの王の歴史は、
多くはエジプトのピラミッド建設の時期より
かなり後の時代、と思って見たほうが
より鮮明に歴史を見ることできます。


また、ピラミッドそのものが
王の墓というのは絶対的な答えではなくて
王の墓であるかもしれないし、
それ以外の目的の建物かもしれない、
と様々な説があります。
ピラミッドの作られた方法も
決定的な答えはありません。

今、我々が、知っている歴史は
すべて明らかになってないです。
これからの未来、明らかになる楽しみは
あります。
空白こそ、楽しさが詰まっていて
だからこそ、学問、勉強を根気強く続ける
意義や楽しさもあると思います。


今回は以上です。

次回は、メソポタミア文明とエジプト文明の
違いを説明し、その後、インダス文明、中国文明と続けていきたいと思います。



ご覧いただき、ありがとうございました。





    みなさま、本日もありがとうございます。

    「れくす先生の歴史授業」です。

     

     

    れくす先生の歴史模擬授業シリーズです。

    今回は、第6回 古代の文明①(導入編)

     の話です。

     


    ※この授業のコンセプトは第1回の内容をご覧ください。

     

     

    「古代文明」の分野は、

    中国文明以外は私立中学入試では

    あまり出ない分野です。

    中学生になってから

    初めて習う内容のことが多いです。

    (私立中学入試で絶対に出ない、とは言えないので、受験予定の学校の過去問の確認をオススメします。)

     


     

     

    今回から、何回かに分けて、

    世界史の部分、

    明の誕生代表的な文明を見ていきます。

     

     

    古代文明 導入編

     

    1 はじめに

    今回は、導入のみを扱い、

    次回から、各文明を見ていきます。

     

    歴史の内容を習うとき

    「どこに視点をおいて、その歴史を見ていくか」

    「あらゆる情報をどう整理していくか?」

    というのを先に先生に提示してもらえると、

    具体的な内容に入ったときに、頭に入りやすかった経験がありました。

     

    そのため、

    初めての分野をお話するときは

     

    「ここは、ここに立って、歴史を見ると良いよ」

    と話したいと思います。

     

    ではでは始めます。

     



     

     2 文明について


     

    (1)文明とは

    文明は、ある日、突然、

    作られたわけではありません。

    約1万年前に間氷期に入り、

    新しい環境になり、

    その新しい環境に慣れるために

    一定数の人々が定住生活をするように

    なったことから、

    徐々に、文明が形作られました。

     

    では、「文明」とは、

    いったいどういうものなのでしょう?

     



    文明とは、

    豊かな生活(当時)を送れるようになった、

    実質的な状態」のことです。


    その状態を具体化したもの、

    例えば、大きな建物や文字などを

    私たちは「文明」とイメージしています。

     



    文明=豊かな生活」の象徴が

    大きな建物などの集団で力を合わせて作ったものが存在している(存在していた)。

    ・決まった身分または役職、に従って、社会全体が動いている。

    ・1つの法則(文字など)で、住民がコミュニティをとり、それに基づいた生活をしている。

    ・1つの価値観(宗教など)で、一定数の人間が考え方を共有している。

    金属器(青銅器など)という高度な技術と集団作業を必要とするものを作成している。

     

     

    ・・・などになります。

     

    各文明には、形が違っても、

    似たようなものが存在しています。


     

    (2)文明ができるメカニズム

     

    農耕・牧畜を行うことがメインの生活に

    なった人々が多くなり、

    様々な地域で、

    同じ場所に住む生活(定住生活)が始まりました。

    同じ人間達で暮らすので、

    小さな集団コミュニティができてきます。

     

    その生活コミュニティを「ムラ」と言います。

     

    そして、そこで、

    食料を計画的に生産して蓄えるように

    なってきました。

    場所や、能力の差、運、などによって、

    蓄えに差が出てきます。

    蓄え」を別の言い方で言うと

    富(とみ)」になります。

     

    時が経過していくにつれ

    蓄え(富)の差が、

    そのまま、貧富の差になっていきます。

    そして

    この「蓄え=富」を巡る戦いがおき、

    そこで勝利した者や

    農作業や(豊穣の祈りなどの)祭りを

    指揮していた者、などの中から

    強い権力を持つ支配者が出てきました。

     

    そうして、1つの集団コミュニティ内で、

    支配者・被支配者が生まれ、

    だんだんとそれが、

    次世代に引き継がれるなどして

    固定化していきます。

    (もしくは、支配者が次々と変わっていく形)

     

     

    その結果、

    1人のリーダー(または1つの組織や1つの固定集団)が支配者になり、被支配者を動かすことになります。

     

    こういうと、嫌がる被支配者を

    支配者が強制的に動かそうとしている、

    というイメージを持つ人もいるかもしれません。

     

    中にはそういう人々もいたのは確かです。

     

    でも、今のように

    「先祖が残した建物や知識」があるわけで

    ありません。


    この時代は

    「0」から、

    その「建物」「知識」を作っていった時代

    なのです。


    なので、

     

    「優れたリーダーに従った人々が、力を合わせて、建物やルールを作っていった」

    と思った方が、私はしっくりきます。

     

    暦がないと、農作業はできません。

    暦に従って農作業することで、計画的に種をまき、育て、収穫することで、

    食べられる農作物を多く、手に入れることができます。

     

    集団をまとめるには、その場にいる人だけでなく、空間や時間を超えて、情報を伝える必要があります。

    それを実現するツールが文字になります。

    文字そのものは、「文明」に必須アイテムというわけではありませんが、

    文字がない場合は、別の意思伝達共通手段があったと思われます。

     


    (2)各文明について


    世界各地には様々な文明があります。

    その中で、「◎◎文明」という名称がついた

    状態で中学生レベルで

    習う4つの文明は4つになります。

     

    4つの文明は、


    メソポタミア文明

    エジプト文明

    インダス文明

    中国文明

     

    (昔は、この4つの文明をまとめて、

    四大文明と言っていましたが

    現在ではその括りの用語は使いません。)

     

    また、他にも「文明」という括りでは「用語」として中学では聞かれることはありませんが、

    メソポタミア文明・エジプト文明と時代的、文化的にリンクしている、

    古代ギリシャ古代ローマも扱っていきます。

    (ギリシャは、エーゲ文明や、クレタ文明、ミケーネ文明などの用語はありますが、

    中学では「◎◎文明」としては扱わず、ミケーネ文明後のポリス社会の古代ギリシャのみを扱います。)

     

     

    話を、

    メソポタミア文明、

    エジプト文明、

    インダス文明、

    中国文明

    の話に戻します。



    文明の内容を覚える(理解していく、情報整理していく)ときに・・・

     



    a:文明名とその場所

    その文明が存在したところが、現在のどの地域(国名)にあったものか?までチェック。

    文明関係だけでなく、歴史を学ぶとき、

    場所も一緒に覚えることは大切。


     

    b:文明があった川(大河)の名前

     大河(大きな川)が近くを流れているからこそ、農耕もでき、大きな荷物も運ぶことができます。

    そのようなことから、文明の発祥には、

    大河の存在は、ほぼ必須とも言えます。

    (地域によっては、大河がない文明もありますが、中学で習う文明では大河は必須です。)

     



    c:文字

    必ずしも、どの文明にも「

    文字」が存在しているわけではないですが、

    中学レベルで習う文明は、すべて文字が存在している文明になります。

    そして、この文字があったからこそ、

    現代の我々は、

    その時代の歴史を多く知ることができます。

     




    d:建物、遺跡

    現存している建物もあれば、

    かつて建物があったとされる

    痕跡のある場所(遺跡)もあります。

    建物や遺跡から、

    当時の人々がどういう暮らしをしていたのか?

    政治形態はどのようであったのか?

    を推測することができます。

     



    e:王朝・国家名

    各文明内で、

    ずっと同じ一族や地域がトップに立っている

    わけではないので、

    王朝の移り変わりはあります。


    しかし、中学では、中国の王朝以外は、

    王朝名は、ほとんど扱いません。

    ※王朝とは?:歴史の分類方法の1つ。君主が歴代同じ血筋の人になる、または、同じ君主のタイプで国を支配するごとに、1つのまとまりで考える。

      

     

     

    f:その他

    ・・・その文明で使われた、やきまり、宗教、学問(数学など)など。

     




     

    ・・・・の6つの項目に

    分けて見ていくと良いです。

     

    その文明の時期(◎◎年頃、××年前など)は

    チャックして、

    頭を整理していく必要がありますし、

    時期を覚えるにこしたことはありません。

    ただし、細かい暗記(語呂合わせ年号など)に固執する必要はありません。

    ただし、その文明が一番古いか?

    同時期の文明の動き、文明同士の交流はあったのか?などは考える必要はあります。


    画像で簡易的なまとめをしてみました。↙






    今回は以上です。

    次回から、各文明を見ていきます。


    みなさま、本日もありがとうございます。


    本日も「れくす先生の歴史授業」です。

    前々回で、新石器時代までの説明は

    終わりましたが、次の「文明」の分野に

    移る前に、先に述べておきたいとこを 

    今回アップさせていただきます。

     
    今回は、歴史区分についてのお話。


     

    歴史区分について






    今回は、時代区分の1つ。

    「◯◯時代」とは、何かの変化に基づいて
    後の世に形式的につけられた名称です。
     
    政治が中央集権から
    地方分権、封建政治に変化したところで
    区切ったり、
    首都の違い、政権トップの一族が変わったり・・・と。


    色々な分け方があります。
     その中で
    今回、お話する
    「旧石器時代」「新石器時代」
    「青銅器時代」「鉄器時代」は
    「誕生した道具の素材の種類」で分けた名称です。
     
    「固有名詞」というより
    「カテゴリー名詞」に近いです。
     
    「縄文時代」や「飛鳥時代」などは「固有名詞」で、1つしか存在しない時代です。
     
    しかし、日本における「旧石器時代」、
    ヨーロッパにおける「旧石器時代」などが
    あります。
     
     
     
    「旧石器時代」と「新石器時代」は
    「石器」を狩りのメインとして使っていました。
    1万年前に氷期から間氷期に移り、
    人々の生活環境が変化していきます。
     
     
    そして、新石器、つまり、
    磨製石器を使う時代から、
    青銅器、ついで、鉄器を
    使うようになってきたのです。
     
     
    青銅器や鉄器は金属器で、
    それらを作るには、かなりの高度な技術や、
    人間の統率力が必要です。
    そこから、青銅器・鉄器の誕生は、
    文明の誕生につながっていきます。
     
    次回の「れくす先生の歴史授業」では、
    文明の誕生、を行っていきます。
     
     
    この「旧石器時代→鉄器時代」は、必ずしも、どの地域にも当てはまる「時代区分」ではありませんが
    メソポタミア文明
    エジプト文明
    中国文明」を見ていくときには
    この時代区分を念頭において
    勉強していくとわかりやすくなるので
    「れくす先生の歴史授業」で
    「文明の誕生」を扱う前に、
    こちらの記事をアップさせていただきました。


    みなさま、本日もありがとうございます。

     

    先日、「れくす先生の歴史授業」の新石器時代に

    ついての記事をアップできました。

    その記事は「口語の文章」で書いていますが、

    ノートみたいな形の方がわかりやすいことも

    あるのでノート画像にしてアップいたします。

     












    ノートを作成するにあたって、

    カラフルで楽しそうな雰囲気にした方が良いかな?

    とも思いました。


    私自身はASDゆえんなのか視覚優位のせいなのか、文字や数字に色が見える性質のせいなのか

    よくわからないのですが

    「背景がカラフルすぎると、頭に入らない」

    「勉強は、真面目に静かに暗くやりたいのに、

    そこに『楽しい』というフンイキを出されると

    勉強して理解して覚えてテストで

    点数を取るのを優先するのか?

    その場だけやりすごすことを優先するのか?

    がわからなくなり、パニックになりやすい。」

    という特性があります。


    そのため、私以外でも

    同じような症状ゆえに、

    最近の「わくわくカラフル」を全面に 

    押し出した勉強内容は、

    かえって理解の妨げになる子もいるかも?

    と思ったため、

    背景は白地、極力、絵以外は

    カラフルにしない地味な形にしました。



    「カラフル!みんなで楽しく!」なら、

    他の、私よりも優秀な人が

    作ってくれるでしょうし。

    私は私ができることをしよう!

    それで一人でも救われる人が

    いらっしゃれば良いな!と。

     

    これからも、まとめノートも

    「れくす先生の模擬授業」

    に連動して出していけるよう

    がんばります。


    追記 この記事を書いた当初は、娘は学校に通っていたため、私がパソコンに向かえる時間も多くありました。しかし、娘が不登校になったため、

    娘に勉強を教える合間合間に、この記事を作成することになったため、パソコンでなく手書きでノート画像作成(最後の仕上げのみパソコンで)と

    いう形になっています。



      みなさま、本日もありがとうございます

       


      れくす先生の歴史授業シリーズです。

      今回は、第4回 新石器時代 の話です。

       

       

      ※この授業のコンセプトは

      第1回の内容をご覧ください。

       


      第4回 新石器時代


       

      「新石器時代そのもの」は、

      私立中学入試ではあまり出ない分野で、

      中学になってから初めて習う内容のことが

      多いです。

      (私立中学入試で絶対に出ない、

      とは言えないので、

      受験予定の学校の過去問の

      確認をオススメします。)

       


       


      第5回 「新石器時代」

       1 はじめに


      今回は新石器時代です。


      「新石器時代」という名称は

      世界史では使いますが、

      日本史では「新石器時代」は表記しません。

      日本史では「新石器時代」に当たる時代は

      「縄文時代」に当たります。

        


      世界史で使う用語、と、日本史で使う用語が

      ごっちゃになることがあるので、

      そのあたりは、勉強していて矛盾や違和感を

      感じるところがあれば、調べてみると

      良いと思います。

       




      まずは、新石器時代全体

      (世界史全般)を見ていきましょう。



       

      2:旧石器時代から新石器時代に

       

      (1)時代が変化したきっかけ

       

       旧石器時代から新石器時代と時代区分を分けて、現代の私たちが見ている理由は、

      「人々の生活形態が大きく変化」したからです。

      そこに、旧石器時代、新石器時代と

      名称をつけて分けた、ということです。

       

      では、

      どうして「生活形態が大きく変化」した

      のでしょうか?

       

      それは、氷期が終了したことが大きいのです

      氷河時代は、

      定期的に氷期・間氷期が交互におとづれる時代

      であることを以前お話しました。

       

      今から約1万年前に、

      氷期から間氷期に移り変わりました。

      現在では、この間氷期の期間に当たります。


      (約1万年前、という数値は、時々、テストで

      出されるので、覚えておくと良いです。)


      この内容は、教科書や参考書などで

      よく

      「最後の氷期が終わり、

      地球は温暖な気候になった」と書かれるものです。

      でも、これについて、氷河時代が終わった、と

      勘違いする人もいます。


      1万年前でも、今でも、

      原人が誕生した時期に始まった

      氷河時代のままです。


      なので、


      「今(氷河時代)のところ、最後である氷期から、

      氷期より温暖である気候である間氷期になった」

      という意味で、の「温暖」です。

       

       

      氷期では、

      地球上のいたるところに氷河がありました。

      氷河というのは氷が浮いている、

      というイメージをしている人もいますが、

      そうではなくて、

      陸地が氷で覆われていたり、

      山間に氷の川がある、というものです。

       

      その氷期が終了し、

      暖かくなるとどうなるか?想像できますか?

       

      暖かいと、氷は水になります。

      山間にあった氷の塊は溶けて水になった・・と

      考えると、

      洪水が当時起きたのだろう、と思います。

      当時の人々も、この災害の被害にあったのかもしれません。とても怖かったでしょう。

      溶けた氷は水になり川となって、

      海に注がれていきます。

      陸地を覆っていた氷河も多くは溶けていきます。

       

      そうなると、海の水が多くなります。


      この状態を「海面上昇」と言います。

      それまでの海面だった高さより高くなったのです。

       

       

      そうなると、

      氷期のときは歩いて移動できた場所の一部は

      海となります。

      (下図も参照してみてください。)






       

      結果、海や川に行く手を阻まれ、

      行き来が難しくなるところも増えました。

      日本列島もこのときに、ユーラシア大陸から切り離される形になりました。

      日本はここから縄文時代が始まります。

       

       (縄文時代は、また別記事でお話します。)

       

       

      (2)新石器時代の生活

       

      (今のところ最後の)氷期が終わり

      比較的暖かくなったことから、

      その気候変動と、

      それに伴う生活変化に対応できず、

      絶滅する動物もいました。


      新しい環境に適応しやすかった動物や

      環境に適応するために動物は

      身体的変化を遂げて生き残ってきました。


      (今回の氷期の終わりの時期ではありませんが、

      地球上では何度も環境変化がおきていて、

      我々、人類の先祖も、

      環境に適応して生き残るために、

      直立二足歩行ができるようになったり、

      道具を作れるような手の形に身体的変化を遂げました。)

       

      環境変化に適応できた動物は生き残ります。

      新しい環境にうまく適応できるか?によって、

      生き残り&変化、絶滅、の結果の境界線ができたのでしょう。

       

       

      新石器時代になり、

      減った動物は大型動物が多かったです。

      絶滅した大型動物の例だと、

      マンモスナウマンゾウオオツノジカなど。

       









       

      大型動物は減ったけれど、

      小型動物や、木の実などの植物は増えました。

      このことが、

      生活形態が変わる要因の1つになります。

       

       

      それまでは(旧石器時代には)、

      人類は大型動物の狩りで、

      食料や衣類を調達していました。


      大型動物の狩りの場合、

      集団で動物を追い込んで、

      穴や沼地で動けなくなったところを、

      石や石槍などで狩りました。

       




      新石器時代になり、

      大型動物が減ったので、

      狩りの対象は、

      小型動物、中型動物などになります。


      小型&中型動物は、

      大型動物よりも動きがすばやく、

      人間が近くに行くと、すばやく逃げます。

      なので、狩りを成功させるには、

      遠くからでも狩ることができる、

      弓矢は狩りの主役となります。



      また、狩りをするために犬を家畜にしました。

      犬が小型動物を、人間が待ち構えているところや、捕らえるワナに追い込んで・・という、

      人間の狩りの相棒となりました。

       

       

       



       

       

      また、氷河がとけて、川が多くなった、

      ということは、

      水分を多く必要とする植物も

      多くなったということです。

      つまり、農作物を育てる環境にも

      なったということです。


      農作物を育てるには、

      そこに田畑をつくり、1年中同じ場所で、

      種をまき、水をまき、育て、刈って・・というのをしていく必要があります。

      つまり、一定期間、

      同じ場所に住む(定住)をする必要があります。



      このように、

      食べ物を追い求めて移動をしていく形から、

      定住生活をして農耕を行うような

      生活形態に変化するところも多くなりました。

      また、農作物が豊富に育たない地は、

      野生の動物たちを家畜化して、

      その動物たちの毛や乳や肉を使って、

      生活(衣食住)をしていく形、つまり、

      牧畜をする形で人々は生活するようになりました。

       

       

      このように、

      新石器時代になり、

      定住生活を行うようになり、

      そこで農耕牧畜が行われました。

      その結果、食料を

      計画的に生産できるようなりました。

       








      さらに、食料を蓄えること(保存すること)も

      できるようになりました。

      そのときに使った物が土器です。

      土器を作るようになり、

      その土器で、食料を保存したり、調理をしました。

       

      土器を作るようになったことで、

      食べ方のレパートリーが増え、

      それまでは食べられなかったものも食べられるようになりました。

       

       


      「土器をつくる」というのは、

      現代の視点から考えると

      「当たり前」「簡単なこと」のように

      思えるかもしれません。


      でも、当時に意識を降りたって、

      土器をつくることを考えて見てください。


      そうなると、「土器の作成」って

      「初の化学」とも言えるんです。

      「化学」とは

      「物質aと物質bは、

      どちらも自然界に存在しているもので、

      2つは全く別のもの。

      しかし、その物質aと物質bを、

      何か別のエネルギーを加えると、

      別の物質cとして生まれる」というものです。



      つまり、土器で言うと、

      自然界に存在している物質aが土(粘土)、

      物質bが水、で、

      それを混ぜ合わせて焼くこと(熱エネルギーを加えること)で、物質cの土器がうまれた、

      ということ。


      物質aの土だと、

      水が加わると泥になってしまうけど、

      物質cの土器になると、そこに水を加えても、

      形状は変わらないので、

      鍋として使うことが可能になります。

       

      土器の誕生以前でも、

      肉は焼いたり、蒸して食べることは可能でした。


      しかし、木の実などは生で食べられないものも

      あり、また焼いても食べられないことが多いです。(人間の消化器官の関係で。)

      しかし、そのような木の実でも、煮てしまうと、

      食べられるのです。

      例えば、ドングリは渋みがあるので、水にさらして、土器でも煮ることで、初めて食べられるようなりました、

       

       



       

       

       

       

      土器は世界中のあらゆる場所で作られ、

      使われました。

       

       

      新石器時代には、石器も、打ち砕いたり磨いて、

      必要な鋭さや滑らかさをもつ石器も使うようになりました。

      このような石器を磨製石器と言います。

       







      磨製石器を使い始めた時代を新石器時代と言う」と習うことも多いです。



      (3)テストについて


      テストそのものでは、

      「磨製石器」「新石器時代」

      という用語を書かせる程度で、「

      テストで点数をとる」、

      「入試で合格する」、という目標の上では

      新石器時代はあまり重要な分野ではありません。



      しかし、

      「私たち人類はいったい何者だろう?」とか

      「私は、誰からも愛されない、

      誰からも蔑まれているのに、

      なぜ、この世に生まれてきたんだろう。」

      という答えのない疑問の答えを探し出すには、

      この新石器時代はそのヒントになるかもしれない、と私は思います。

      また学問的な意味で言えば、

      テスト用語そのものは出なくても、

      新石器時代を勉強することで

      「歴史を学ぶ思考」がついていく第一歩のもの、

      だとも思います。

       

       

      今回は以上です。

       

      ご覧頂き、ありがとうございました。


      みなさま、本日もありがとうございます。 

      れくす先生の歴史模擬授業シリーズです。


      今回は、前回からの続き

      第4回 人類の進化その2 です。

       

       

       

      ※この授業のコンセプトは第1回の内容をご覧ください。

       

       

      「人類の進化」は、

      私立中学入試ではあまり出ない分野です。

      中学になってから初めて習う内容のことが

      多いです。

      (私立中学入試で絶対に出ない、とは言えないので、受験予定の学校の過去問の確認をオススメします。)

       

       

       

      テスト勉強のために用語を覚える、

      という意味では、

      最初から用語をしっかり

      バシバシ入れた方がわかりやすいと思います。


      ただ、今回のシリーズは、

      「はやく覚えないと誰かに人格否定される、

      という不安感でパニックになることを

      防いで、落ち着いてテスト勉強し続ける」

      というのが目的の1つなので

      「用語を受け入れる前に下地を作る→その後でテストで用語をバシバシ出す」

      ・・・という形にしています。

       

      そのため、前回は人類の進化の導入部分(多くの用語を受け入れる下地部分)のみを扱い、

      今回で「テストで出る用語」をメインに話を進めていきます。

       

       猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま



      第4回 人類の進化その2


      前回は、


      「石器の加工の違いで名称が分かれ、

      打製石器を使い始めた時代を旧石器時代

      磨製石器を使い始めた時代を新石器時代と言う」


      そして


      「気候の変動によって、

      生き残るために環境適応をすることによって

      人類は進化(変化)をしていった」


      という話をしました。ニコニコ

       

      今回は、旧石器時代

      どのように人類は進化し、

      その後、生き残った人類(新人)が

      どのように

      新石器時代を生きていくことになったか?

      の話です。

       

       

       

      (1)各人類を見ていく

       

      猿人原人旧人新人の順番に、

      人類の動きを見ていきます。




       

      ①猿人

       

       

       

       

      今の人類の元になったと

      言われているのが猿人です。

       

      最初の人類とも言えます。

      (※直接の祖先ではありません。)


      猿人が誕生した時期には、

      アフリカ大陸のみ人類がいたと考えられます。

       

      前回(第3回)でお話したように、

      人類の先祖となる生き物(初期猿人とも言う)は

      今の熱帯雨林気候のような気候であった地で

      暮らしていて、

      その生活で暮らしやすいような体つきに

      なっていました。

      (木登りをしやすい形)

       

      しかし、途中で気候変動がおきて、

      人類(初期猿人)が暮らしていた地が

      熱帯雨林気候からサバナ気候(草原が多い気候)になりました。

      それで、人類(初期猿人)は、草原を移動しやすい、また、他の動物との生存競争で生き残るために、

      二足歩行をする、という身体的変化を遂げました。(→この時期あたりからの人類を「猿人」と呼ぶことが多いです。)

       

      その後、長い時間をかけて、

      猿人は、直立して二足歩行する(直立二足歩行)、

      という身体的変化をしていきます。

       

       

      現在、猿人は存在していません。

      絶滅しています。

      ただ、猿人が絶滅してから、

      次に習う人類である原人が現れたと

      勘違いされがちですが、

      そういうわけではないのです。

      猿人の中で枝分かれしていき、

      その中で、現在の人類と生活形態が近くなり、

      また、直接、遺伝子につながった猿人

      原人と称したと考えた方が理解しやすいです。

      (旧人・新人も同様)

       



      前回、お話した打製石器を覚えていますか?

      打製石器とは、石を砕いて作った石器のことです。

      そして打製石器を作って、

      使い始めた時期を旧石器時代と言いました。

       

      この打製石器を使い始めたのは猿人か?原人か?は、はっきりしておらず、学者さんによって異なるようです。

      (なので旧石器時代が始まった時期もふんわりした言い方になります。)

      その理由は、原人が打製石器を使ってたのは

      確かなのですが、

      原人が生きていた時代に

      猿人系の人類も生きているので、

      どちらが先に使ったか?は不明だからでしょう。

      (その後、猿人は滅亡し、原人は生き残ったので。・・というか、生き残った猿人を原人と称した。のほうが近いかもしれません。)

       

       

      猿人が打製石器を作ったか?は不明ですが、

      骨などの推測から現在の人類のように

      直立二足歩行をしていた人類がいたのは確かです。

      直立二足歩行が人類が人類たる証

      なのかもしれません。

      猿人の例としては

      アウストラロピテクス・アファレンスなどなど。

       

      現在(2024年)の教科書を見る限り、「猿人」という言葉しか出ておらず、

      昔(例えば1990年代)は

      「アウストラロピテクス」という言葉が

      教科書に出ていました。

      そのため、「猿人=アウストラロピテクス」と

      勘違いする人もいました。

      (猿人が日本語で、

      その外国語に当たるのがアウストラロピテクス

      だろうという勘違い)

       

      猿人にも色々なタイプがいます。

       

      アウストラロピテクス・アファレンス、

      アウストラロピテクス・アフリカヌス、

      パラントロプス・エチオピクス、などなど。


      アウストラロピテクス・アフリカヌスが

      初期の人類として最初に発見された人類なので、

      アウストラロピテクスという用語だけ

      昔の教科書には出ていたのかもしれませんね。

       




      猿人のイメージイラストです。↑








       

      ②:原人

       

       

      時期的には約260万年前、

      地球は氷河時代に突入します。

      約70万年前には、

      寒冷な時期(氷期)と比較的暖かな時期(間氷期)を一定の周期で繰り返す時期になりました。

       

      このようにお話しすると、

      次のように勘違いしがちです。

      勘違いその1:「氷河時代」を「氷河期」を同じと思ってしまう。

      勘違いその2:勘違いその1から、「約1万年前に氷河期が終わって、温暖な気候になる(そして現在はその温暖な気候)」

      という記述を見て、

      「現在の気候は氷河時代でない」と思ってしまう。

       

      という2つ。

       

      「氷河時代」が始まった、というのは、

      「常に地球上のどこかに氷河が存在している」

      という時代のことです。

      氷河というのは、一言で言ってしまう、

      巨大な氷の塊です。

      氷は暖かければ、溶けます。

      溶けない、ということは、

      その場所はとても寒いということです。

       

      その氷河が多い時期を「氷期」と良い、

      「氷期」に比べたら氷河が少ない時期を「間氷期」と言います。

      そのため「間氷期」が「温暖な気候」と

      教科書でも記述されることがあります。

       

      でも、その「温暖な気候」のときの「間氷期」でも氷河が残っています。

       

      現在は、「間氷期」に当たります。

      つまり、原人が誕生するきっかけになった時代の

      氷河時代は現在もなお、終わっていません。






       

      現在がいくら温暖な気候といっても、

      猿人が生まれたころの世界ほどは暖かくありません。

       

      寒くて厳しい世界を生き抜くために人類は進化し、とくに知能が爆発的に発達しました

       

      そして約240万年前に人類はついに、

      を使うようになります。


      火をなぜ使うようになったか?というと、

      狩り・採集で手に入れた食べ物を

      調理するためではないか?と考えられます。

      人間は生肉は食べられないですからね。

      (ちなみに、肉を食べると知能が

      進化しやすい説もあるので、

      もしかしたら人類が肉を食べられるように

      なったことで知能が爆発的に

      発達したのかもしれませんね。)

       

      そして、この時期に、

      人類は簡単な言葉を使用したと考えられます。

      (仲間と意思疎通しないと野生では生き残れないので言語は必須スキルになったのでしょう。

      身体的に、遺伝子的に知能が発達したから

      言葉を使えるようになったのかもしれません。)

       

      この時期に発達した人類を原人と言います。

      原人たちの中にはアフリカ大陸を出て、

      ユーラシア大陸(アジアやヨーロッパ)に

      まで移動しました。

       

      その原人の中で代表例として、

      中国の北京で発見された北京原人

      インドネシアのジャワ島で

      見つかったジャワ原人

      がいます。

       

      中国や東南アジアまで原人は移動してきた証拠

      とも言えます。




      ↑原人のイメージイラスト


       

       

      その後も、いろんな人類が生まれていきます。




       

      ③:旧人新人

       

       

      約60万年前に

      原人より大きな脳&筋肉質の人類が生まれます。

      そのような人類を旧人と言います。


      その旧人から、

      ネアンデルタール人

      ホモ・サピエンス(新人)が生まれした。

       (旧人=新人ではなく、旧人から派生して生き残ったのが新人という意味。旧人=ネアンデルタール人、ではなく、旧人の中の一つにネアンデルタール人がいます。ネアンデルタール人から新人に進化したわけでもありません。)




      ↑ネアンデルタール人のイメージイラスト



      ネアンデルタール

      ヨーロッパ周辺に分布し、

      高い知能、高い身体能力をもっていたとされています。

       

       







      ↑新人のイメージイラスト

       

       

      新人ホモ・サピエンスのこと)は

      約20万年にアフリカ大陸で生まれました。

      そしてアフリカ大陸から世界中に広がっていきます。

      その中で、

      ヨーロッパに住み着いた新人を

      クロマニヨンと言います。

       

      新人は、アフリカ大陸で誕生したが、

      打製石器をより精巧な作りにして、

      狩りや採集を行い、獲物を追いながら、

      世界中に広がっていきました。

      また、時代が進むにつれて、

      磨製石器を作り、使用するようになりました。

      磨製石器を使い始めた時代を

      新石器時代と言います。



      旧石器時代から新石器時代に移行した時期は、

      新人が誕生した後の時期に当たります。


      新人と、旧人であるネアンデルタール人は

      同時期に生きていた人類で、

      現在生き残った人類は新人だけですが、

      この新人の祖先である

      私たち人類の遺伝子の中には、

      ネアンデルタール人の遺伝子もごく少量ですが、

      含まれているそうです。

      ネアンデルタール人の純血種は絶滅しましたが、

      彼らの遺伝子は新人に受け継がれて

      いったのでしょう。

      (新人の中でネアンデルタール人と

      交流のあった人々のみの話で

      すべての新人にネアンデルタール人の

      遺伝子が入っているワケではありません。)

       






       

      (2)テストについて


      「人類の進化」は小学校では扱いません。

      そのため、一部のの学校をのぞき、

      私立中学校入試で

      「人類の進化」を扱うことはしません。

      この分野は中学生になって、

      初めて習う可能性が高い分野です。

      ただし、旧人については

      中学校の教科書では

      明記されていないことが多いです。



      「人類の進化」の分野は、

      猿人・原人・新人に分けて、

      ・・・・という図式が頭に入れば大丈夫です。

       

      入試については、人類の進化の内容は、

      「絶対に出る!」という分野ではありません。

      入試問題作成は、

      だいたいはその年の早い段階で

      完成していることが多いので、

      完成後に、新しい発見などがあって、

      歴史が覆されるようなこともあるのは

      怖いことです。

      なので、新しい発見が

      おきやすい歴史の内容のものは、

      極力入試では避けたいところかもしれませんね。


      ただ、まったく出ないわけではないので、

      しっかりと覚えておくことは大切です。

       

       今回は以上です。

      御覧いただき、ありがとうございました。

      ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


       

      次回予定:日本の旧石器時代と新石器時代の始まり

        みなさま、本日もありがとうございます。爆笑

         

        「しゃかりき!」と合併して、

        ブログを続けていきたいと思いますので

        これからもよろしくお願いします。





        れくす先生の歴史模擬授業シリーズです。

        今回は

        第3回 人類の進化その1 

        の話です。

         




        ※この授業のコンセプトは第1回の内容をご覧ください。

         

         

        「人類の進化」は、

        私立中学入試ではあまり出ない分野で、

        中学になってから初めて習う内容のことが多いです。

        (私立中学入試で絶対に出ない、とは言えないので、受験予定の学校の過去問の確認をオススメします。)

         

         

         

        テスト勉強のために用語を覚える、

        という意味では、

        最初から用語をしっかりバシバシ入れた方が

        わかりやすいと思います。

        ただ、今回のシリーズは、

        「はやく覚えないと誰かに人格否定される、という不安感でパニックになることを

        防いで、落ち着いてテスト勉強し続ける」というのが目的の1つなので

        「用語を受け入れる前に下地を作る→その後でテストで用語をバシバシ出す」

        ・・・という形にしています。

         

        そのため、今回は人類の進化の導入部分(多くの用語を受け入れる下地部分)のみを扱い、

        次回で「テストで出やすいもの」に主軸において説明したいと思います。

         

         


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        第3回 人類の進化と、旧石器時代・新石器時代その1(導入編)



        この時代は、世界史の分野です。頭の中で世界地図を思い浮かべて(または地図帳を開いて)

        歴史の流れをみていくことをオススメします。

         

        :2つの石器時代

         

        (1)石器で分ける時代

         

         

        現在の人類と他の動物たちの生活では、

        明らかに生活形態が違っています。

        昔は、人類も他の動物たちと同様に、

        自然の中で暮らし、

        他の動物の食物連鎖の中で闘い、

        自生している植物(果物など)を

        採って食べていました。

         

        しかし今は人類の生活は

        他の動物たちと違っています。



        人類と他の動物たちと

        その決定的な違いを生み出したのは

        何だと思いますか?

         

        答えは、

        道具作ることができたか?」の

        違いだと私は思います。


        そして、

        道具をつくることができたのは

        直立二足歩行」という

        身体的変化がおこったことが大きいのです。

         

        道具を使うことができる動物は人類以外もいますが

        道具を作ることができるのは人類だけです。

         

        最初に作られたと思われる道具の素材の1つが

        です。

        石なら自然に存在している素材で、

        砕けば、先のとがったナイフのようになります。

        このように石で砕いた道具の種類を

        石器と言います。

         

        先のとがった石器を使って、

        獲物を狩る凶器につかったり

        獲った獲物の肉を切ったり、

        皮から剥がしたり、していました。

        (肉は食べ物として、皮は服として。)

        石器を木の太い枝の端っこにつけて、

        槍として使ったりも。

        石の種類はいくつもありますが、その中で、主要な材料として使われた石が、

        黒曜石(こくようせき)です。

        黒曜石はマグマの一部が急速に冷えて、固まった火山岩の1つで、ガラスのような鋭さがあります。

         

         

         

        石器の作り方・加工の違いで、

        打製石器磨製石器に分かれます。

         

         

        石器には大きくわけると2種類あり、

         

        石を砕いて先をとがらしたものを

        打製石器、


        打製石器よりより精巧で

        研磨され滑らかな持ち味にあったものを

        磨製石器


        と言います。

         

         

        そして

        打製石器を使い始めた時代を旧石器時代

        磨製石器を使い始めた時代を新石器時代と分けます。

         

         

         

        今回(&次回)、勉強する、人類の進化の内容は、ほぼ旧石器時代の歴史で新石器時代に移り変わったところまでの歴史となります。

        ※ただし、新石器時代になったら、打製石器が磨製石器に全て代わったわけでなく、新石器時代に、磨製石器という新しい道具が作りだされ、打製石器だけでなく磨製石器も使われるようになった、というコトです。

        時期的には、現在の人類の祖先にあたる人類(新人)やその同時代の人類(旧人)が打製石器を使い始めていますので、

        旧石器時代が現在の私たちの人類としての歴史のスタートと考えても良いでしょう。

         



         

        :人類の進化を学ぶにあたって 

         

        現在の人類が生まれるまで、

        地球上では、環境・気候の変動

        たくさんおきました。

        その気候に対応できるようにな、さまざまな人類が生まれ、進化をし、また新しく生まれ、滅亡する人類が出てきました。

         

         

        現在では滅亡した人類たちと

        現在、唯一残った人類(今の私たちの直接の祖先)が同じ地球内で共存していきている時期もありました。

        そして、時を経て最終的に残ったのが、

        今の人類です。

         

        この時代を勉強するときに、

        「あいまいなことが多い」

        「地理の気候の分野と高校レベル以上の理科の知識と理解力」

        が必要な内容も多いです。

         

        「あいまいなコトが多い」のは、

        まだ不明なこと、

        専門家の方々の中でも

        意見が分かれるところがあるからです。

        なので、もし、この分野で、

        本を調べてもわからないコトがあったら、

        「不明なため、誰にもわからないもの」なのかもしれませんので、わからなくても焦らなくて大丈夫です。

         

        小学生・中学生のうちは、

        テスト対策という点では、

        まずは、「人類」の進化の過程や特徴、

        旧石器時代・新石器時代について理解する・覚えることで十分です。

         

         

        「人類の進化」を理解するに当たって、

        当時の気候とリンクさせて物事を考えることは

        大切です。

        今でも暑い日と寒い日で

        服装を変えて生きています。

        暑い地域と寒い地域では生えている植物も違います。

         

        気候によって地形も変わり、

        そこで求められる生活形態も身体能力も

        変わってきます

        例えば、現在でも熱帯、温帯、寒帯の人々の暮らしが全然違うことを考えれば、

        当時、熱帯雨林気候の暮らしに

        完全カスタマイズしていた人々が、

        気候変動で、雨が多い熱帯雨林気候から雨が少ないサバナ気候に自分の住んでいる地域が

        変化したら、

        その環境に適応できなかったら亡くなってしまい、

        生活の工夫や身体的変化ができた環境適応できた人のみ、生き残っていきます。

         

        これが

        「結果的に新しい人類が誕生した」

        という事実として歴史の内容に載ります。

         

        環境の変化(気候変動)は、

        人類が誕生して何度もおきています。

        そして人類は「環境」に適応するための工夫をし、

        それによって、

        また「進化」という「新しい人類の誕生」を

        何度も繰りかえしていった、

        と思われます。

        このように地理の内容の気候を

        主軸にして人類の進化を見ていきましょう。

         

         

         

        (2)人類の進化

         

        1:全体の流れ

        ①「人類の進化」の流れ

        これから人類の進化を具体的に見ていきます。

        この時、各々の特徴から人類を大きく4つに分けて見ていきます。(猿人・原人・旧人・新人

        それぞれの人類の特徴と、その特徴になった気候を考えて見ていくと、頭を整理しやすいです。

         

         

        ②人類の誕生

         

        地球上に人類が現れたとする時期は、

        今から約700万年前です。

        そのころの人類は、

        現在のチンパンジーと同じ祖先から

        進化した生物でした。

        初めての人類は、アフリカで生まれ、

        気候変動に合わせて身体的進化などを繰り返し長い時間をかけて世界に広がっていきました。

        まず(1)では猿人・原人・・・などの名称を使わず、全体的な流れを見ていきます。

        ((2)で名称を使います。)

         

        (1)初めての人類(旧石器時代以前)

        初めての人類熱帯雨林の生活に適した生物として誕生しました。

        彼らは、高い木に登り、そこで木の実をとったり、という、チンパンジーや猿と同じような生活をしていました。

        このような地形だと、足腰は曲がっていた方が、木に登ったり、木から木へ移動しやすいです。

         

        <人類の第一の変化>

        しかし、気候変動で当時の人類が住んでいたアフリカの地は、高い木が少なくなり草原になりました。

        今の気候区分でイメージすると多くは熱帯雨林気候であったところがサバナ気候に変化したと考えると良いです。

        登れる木も、たくさんあった果実の木も簡単には見つかりません。

        そうなると、立って歩かないと命の危険があります。肉食動物たちに襲われてしまいます。

        また遠くまで見渡せないと、

        どこに食べ物があるかわからなくなります。

         



        イメージ的に、


        植物の木の実がたくさんあった熱帯雨林から

        植物が少ない野生動物いっぱいのサバンナに

        放り出された感じでしょうか?

         

        そして、生き残るために、

        人類はどう肉体を進化させないと生き残れないか?を考えてみましょう。

         

        そこで人類の祖先は、

        肉食動物がいるサバナ(草原)で生き残るために、

        後ろ足でまっすぐ立ち、歩けるよう身体が進化します。いわゆる二足歩行いう歩き方です。

         

        二足歩行の歩き方は段階を経て、

        進化(変化)していきます、

        約300万年の時をかけて、

        人類は直立で歩けるようになりました。





        このように、

        まっすぐ直立に二足で歩くやり方を

        直立二足歩行と言います。


        まっすぐ歩けることから、

        首の骨に負担がかからなくなり、

        脳のほうに余裕ができ、

        脳の容量が増えていきました。

        脳の容量が増える、というのは、

        知能が高くなっていくということです。

        「知能が高くなる」というのは

        「予測することができる」&「0から何かをつくり出す」能力も増えてくる、

        ということです。

         

        図で、どういうことか?も

        参照してみてください。





         



         

         

         

        (2)人類 第二の変化とその後の変化(旧石器時代の始まり)


        脳の容量が増えていったことで最終的に精神的な進化、つまり

        言葉を話す、

        技術力の向上→道具を作る&使うことを考える、

        計画を立てる、

        集団行動する、

        火を使う

        ・・・という行動ができるようになる、

        という結果につながっていきます。

        (木の実だけでなく、栄養価の高い肉を食べるようになったことも知能が発達した(進化の)要因の1つと言われています。)

         

         

        このような「進化(変化)」をとげたきっかけは、地球の環境に大きな変化があったからです。

        地球は、今も続く氷河時代に突入し、

        氷や雪のある生活に変わり、火を使ったり・・・と環境適応する必要があったのです。








        また人類は、

        親指とそのほかの指が分かれている(筋肉的・骨格的に親指だけ独立している)身体であることも

        大きく、

        物を持つ、持ったまま動かすことが

        できるようになりますので、

        これが

        道具を使うこと

        作ることができる身体的な進化

        にもつながっていくわけです。

         

        まとめると、

        人類は、気候変動による環境の変化に合わせて、

        長い時間の間に

        二足歩行道具を使うようになり、

        言語も使用し、集団で行動するように

        なりました。

         

         

        <旧石器時代のはじまり>

        最初は「道具」を「使う」のみ、つまり、

        自分の周りにある木の枝や石などを、食べ物をとる道具や自分を守るために使っていた形でした。

         

        それが途中から自分で石を加工して道具を使うようになりました。

        その道具が、先ほどでもお話しした「石器」と言われる物です。

        石器も時間をかけてバージョンアップしていきます。

         

         

         

         3)旧石器時代と新石器時代の違い

         

        先述した内容ですが、もう1回復習という意味もあって、もう1度お話しします。

        石器の種類は、作り方の方法によって大きく2つに分けられます。

         

        まず、先に誕生した石器が打製石器です。

        この打製石器を使い始めた時代のことを、

        旧石器時代と言います。

        旧石器時代は石器の出現から

        農耕の開始の時期をさし、

        時期的には約200万年前あたりから旧石器時代は始まります。

        ※始まりの時期は、人類はアフリカ大陸のみに生息しています。

         



        その後、誕生したのが磨製石器です。

        磨製石器を使い始めた時期のことを

        新石器時代と言います。

        新石器時代は、地域によって異なりますが、

        約1万年前の時期前後から、です。

        この時期は、

        今の地球の地形・気候になった時期ぐらいに当たります。

         



         

        現在までに発見された人類の骨などから推測した、脳の容量の大きさをもとに、

        どのような道具や生活をしていったのか?で

        おおまかに4種類の名称に人類を分けられています。

        (ただし、人類の歴史は日々新しい発見があるので、日々変わっているので、今回はその1例です。)

         

        大きく分けると、

        猿人原人旧人新人に分けます。

        (ただし、中学校では旧人を扱わないことが多いです。)

         

        次回は、この猿人・原人・旧人・新人について詳しく見ていきます。

         

        今回は、名称としては、

        石器の名称(打製石器・磨製石器)と、

        それに伴う時代の名称(旧石器時代・新石器時代)を意識し、

        時代の流れを知ること、と、

        人類の進化(変化)は気候に大きく関係すること、理解することをメインでお話しました。

        ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         

        今回は以上です。最初の導入で、自分としては「もう少し、わかりやすくできたのでは?」という

        反省点はあります。

        ただ、最近、「完璧」を目指すと、すべて放棄してしまう傾向があるので、

        これから、定期的に図を追加したり、言葉や構成を変えるつもりではありますが

        ひとまずアップさせていただきます。

         

         

        ご覧頂きありがとうございました。

         

        次回予告:第4回 人類の進化2(猿人・原人・旧人・新人)

          みなさま、本日もありがとうございます。


          今回も、勉強ブログの方に連載していた

          れくす先生の歴史授業

          リーズです。ニコニコ






          今回は、第2回で、

          年号・西暦・世紀・時代 

          の話です。

           


          ※この授業のコンセプトは

          第1回の内容をご覧ください。

           

          ではでは始めます。


          第2回 年号、西暦、世紀、時代


          れくす先生の歴史授業 第2回「年号・西暦・世紀・時代」



          では、第2回の授業を始めます。

           


           

          「歴史を学ぼう!勉強しよう!」と

          突然、言われても、

          どうやって勉強したらいいか、

          わからないですよね。

           

          そこで必要な、

          頼もしい相棒が

          数字」と「言語」となります。ニコニコ

           

           

          人間が歩んだ歴史


          数値化言語化(単語づけ)すると

          情報を整理しやすく、理解しやすくなります


          自分独自の数値化・言語化をするのも

          悪いことではないのですが

          共通の数値・言語で考えた方が、

          あらゆる書物を自分で読み、

          疑問に思ったことも調べやすくなります。

           

          そこで、歴史を学ぶうえで必要な

          次の2つを見ていきます。



          A:歴史の流れを数値化したもの・・元号西暦など

          B:歴史の流れに区切りをつけて名称をつけたもの・・○○時代など。

           


          まずはAの話(歴史の流れを数値化したもの)

          見ていきます。




           

          A ; 年号(元号)と西暦・世紀



          1:歴史の数値化(元号・西暦など)

           

          歴史を数値化して見るには

          1年単位で数値化して見ていくことが多いです。

           

          私たちが日本で、数値化された歴史を学ぶには、

          今は2つのタイプがあります。

           

          それが、

          古代中国式の数値化

          と、

          ヨーロッパ式の数値化のものがあります。

           



          ア:古代中国式の数値化のもの:「年号(元号)」

          この「年号(元号)」は日本でも独自で制定されています。

           

           

          イ:ヨーロッパ式のもの:「西暦

          西暦とは、西洋の暦で記されたものです。

          ヨーロッパ地域のことを「西洋」と日本では言うので「西洋の暦」で「西暦」と考えて良いでしょう。

           

           




           

          もう少し、細かく見ていきましょう。

           

          ア:年号(元号)

           

          年号(元号)とは、

          陰陽五行説、王朝交代の易姓革命という考えのある古代中国で生まれた暦(カレンダー)の考え方です。

          元号は、君主(皇帝)が代わったとき、

          なにかの事件や大きな変換期があったりするとき

          などに、名称を変える暦の考え方です。


          日本でも飛鳥時代から

          古代中国式の暦の考え方を

          導入しました

          今でも、年号(元号)は使っています。



          (年号と元号の違いは、違いがあると

          いう説はありますが、

          今は、ほぼイコールと考えて良いです。

          ただし、明治時代からか一世一元の制に変更になり、1人の天皇につき、1つの元号と定められました。

          元号のほうが法律用語になります。)

           

          年号(元号)の表し方は、

          たいがいは、「漢字2文字に数字+年」です。

          日本の年号(元号)の例としては、

          大化1年承久2年昭和23年など。

          日本史においては、年号(元号)の

          漢字で歴史的事件などを表すことがあります

          大化の改新や承久の乱など。



          歴史用語というのは、その歴史事件が起きた後に、つける用語なので、そのような名称をつけることも、よくあります、

           

          なぜ「このような歴史用語なの?」と

          疑問と不安を感じて、

          それでパニックをおこして

          頭が真っ白になるタイプの子は


          「この謎の単語は元号(年号)由来の用語なのかも?」と思うことで、

          パニックを防げるかもしれません。

           

           

          そして、よくテスト勉強で

          年号を覚える!」と言い言葉がありますが、

          それを文字通りとってしまうと、

          「大化の改新は大化1年」と覚えなきゃいけなくなります。

          でも、実際には「大化の改新は645年」と覚えますよね?

          (※数値は覚えなくてもテストで点数はとれます。それについては、別記事で。)

           

          その645年、という数値の表し方は、

          次、お話する西暦になります。


           

          イ-1:西暦


          西暦はヨーロッパで広く信じられている

          キリスト教に関係する暦(カレンダー)です。


          キリスト教はイエス・キリストを

          救世主として信じる宗教です。

          そのイエス・キリストが生まれた年を

          紀元の年(はじまりの年)とします。

          (紀元とは、ある出来事がおこった年をスタートの年として、それから何年経ったか?を事件で計測するものです。)


          そのキリストが生まれる

          紀元の前なので紀元

          キリストが生まれた

          紀元の後の年なので紀元

          という単位をつけます。

          また、アルファベットで

          紀元前をB.C.、

          紀元後をA.D.と表記することもあります。

          ※B.C.は英語の「Before Christ(キリストより前の)」、

          A.D.は

          ラテン語(古代ローマで使われていた言語)の「Anno Domini(主の年に)」の略です。

          略を表すのに「.」をおきます。(※Beforeの略でB.など)

           

          表し方の例としては、紀元前3年、B.C.3年、紀元後4年、A.D.4年、など。

          ただし、紀元後(A.D.)は省略することもあるので

          もし「4年」とだけ書いてあれば、それは「紀元後4年」のことです。

           

          ここで気をつけたいことは、

          紀元の元年の年から見ることになるので

          紀元前・紀元後は、その元年の年からどれだけ離れているか?で考えます。

          そのため、紀元後1年と紀元後2年なら、時間軸としては紀元後1年のほうが古い年ですが

          紀元前1年と紀元前2年なら、紀元前2年の方が古い年になります。

           



           

          この内容が、

          定期テストで出ることもあるので、

          頭の中で数直線を考えて解くようにしましょう。

          (わからなくなったら、メモで数直線を書くのもありです。)

           

          ただし、入試では出ません。

          しかし、紀元前、紀元後のことが

          わかっていない限り、歴史の流れを頭で

          整理することは難しいので、

          直接、用語は出ないけれど、入試には

          必要な知識となります。

           

          イ-2:世紀

           

          さらに、

          西暦では100年ごとに区切る単位があります。

          それが世紀というものです。

           

          1世紀は1年~100年、

          2世紀は101年~200年です。

          よく2世紀は200年代と思ってしまう人もいますが、2世紀は200年ちょうどの年を除いて、ほぼ100年代です。

          もし、頭がぐちゃぐちゃになるようなら、教科書やテキストに

          「○世紀」という表記のそばに「××年代+□□年」とメモをしておくのも手です。

          ノートでも、「○世紀」と「××年代+□□年」と記す形だと

          頭がスッキリするかもしれません。

           



           

          B: ◯◯時代

           

           

          次は

          :歴史の流れに区切りをつけて名称をつけたもの・・○○時代を見ていきます。

           

           


           

          人類が歩んだ膨大な時間を、

          ひたすら順番に学んでいく形にすると、

          情報過多に感じます。

          情報過多になると、何がなんだかわからなく

          パニックになりやすく、諦め、責任転嫁、

          何かに依存、癇癪、などに陥ることになります。


          しかし、あらゆる情報を

          ある程度、区分けをすると、

          頭が整理しやすくなります。


          区分けが、パニックを防ぐのです。

           

          歴史では、

          社会のしくみや政治の中心地などで変化がおこったごとに区分して、その区分にそれぞれ名称をつけていきます。

          その区分の1つを「時代」と言います。

          その時代の名称と、その順番を覚えていくことも大切です。

           

           

          (1)時代区分

          よく使う時代区分は、大きく区分したもの、さらにもう少し細かく分けて区分したもの、があります。

           

          • 大きい時代区分(原始・古代~近代・現代)

          大きく区分したものは、社会のしくみの特徴ごとに時期を区分しました。

          古い時期から順に、

          原始古代中世近世近代現代、です。

          国ごと、地域ごとに、この時代区分の名称は使いますが、時期がズレることがあります。

           

          この授業では、私立中学受験をする予定の小学生の受験対策、そして中学生の高校受験対策、

          を想定して

          お話をしているので、

          日本史の時代区分と西洋史の歴史区分に

          特化してお話する形になります。

           

          • 時代区分2(「○○時代」)

           

          原始・古代~近代・現代よりも、もう少し詳しく分けたのが、「○○時代」という名称と思っても大丈夫です。

          この授業では、日本の「時代」の名称のみ扱います。

           

          日本の時代区分では、だいたいは政治の中心がどこにあったのか?で区分しています。

          ただし、政治の中心がはっきりしない(そもそも中心地がない、もしくは中心地があるが形式的なものだったりするもの)ものは

          その時代の文化や、社会の特徴を主軸に区分することもあります。

          また、ある時代の一時期のみを、また別の名称で表すことがあります。(南北朝時代や戦国時代など)

          ※明治時代以降は、「時代区分」というより、年号(元号)の表し方です。

           

           

          日本の○○時代を古い区分から書いていくと、

          旧石器時代縄文時代弥生時代

          古墳時代飛鳥時代奈良時代平安時代

          鎌倉時代室町時代安土・桃山時代江戸時代

          明治大正昭和平成令和・・・・・となります。

           



          世界史的には、

          旧石器時代の後の時代は新石器時代なのですが、

          その新石器時代にあたる部分は

          日本では縄文時代となります。

           

          日本の政治の中心の場所が、ある程度明らかになる時代は、古墳時代あたりです。


          飛鳥時代は奈良県の現在の明日香村が

          政治の中心地、

          奈良時代は同じく奈良県が政治の中心地ですが、

          明日香村でなく現在の奈良市が政治の中心地になります。

          ※ただし、飛鳥時代、奈良時代の間には、一時的に別の地域(難波、大津、恭仁など)に都をうつすことはありましたが

          多くの時期が明日香村、奈良市(最終的にその場所に戻ってくる)が政治のメインなので、

          時代区分としては、飛鳥時代・奈良時代として分けていると思われます。


          平安時代は、京都府京都市が政治の中心地になります。

           





          古墳時代から平安時代の政治の中心は、

          大王(のちに天皇)を中心とした朝廷になります。

          (ただし、大王・天皇の権力の強さや政治の仕組みは時期によって変わってきます。)

           

          鎌倉時代から江戸時代は、朝廷は存在していますし、幕府とは密接な関係を持っていますが、

          幕府が政治の実権を握っている状態っています。

          (その実権の強さは時期によって違います。)(安土・桃山時代は除く。)

           

          この時代の多くは、

          政治の実権は「武士」が握っている時代です。

          幕府が、神奈川県鎌倉市にあった

          鎌倉時代(始まりは、幕府を開く前から)、

          京都府の室町にあった室町時代(途中で幕府そのものは室町から移動している)

          東京都(江戸)にあった江戸時代

          ・・・という区分けです。

          安土・桃山時代は、当時の権力者の居城の場所からの名称です。(居城とは、領主が拠点とする城のこと。)

          織田信長の居城が安土城(滋賀県近江八幡市安土町)であった時期を安土時代

          豊臣秀吉の居城の伏見城(京都市伏見区桃山町)であった時期を桃山時代

          と言います。

           

           

          ただ、この時代区分は、あくまで「情報整理」しやすいための時代区分なので、

          その時代を生きていた人が「今は、○○時代だな~」と考えて生きていたわけではありません。

          「後から考えて、○○時代」と名付けられるわけです。

           

          そのため、がっちりと「××年から、○○時代」としているものからもあれば、

          「この時期あたりから、○○時代」としているものもあります。

          さらに、鎌倉時代などは、昔は「1192年」からでしたが、「1185年」とするのが主流です。

          1192年は源頼朝が征夷大将軍に就任した年ですが、

          1185年の時点で、源頼朝が全国の武士を自分の支配下においた年(守護・地頭をおいた年)となります。

          源頼朝が武士のトップにたち、政治をスタートしたのを考えれば1185年から鎌倉時代と見るのか、

          その武士のトップとしての官職(朝廷での職業)としてスタートしたのを考えれば1192年から鎌倉時代と

          見るのも正しいです。

           

          何が言いたいか?というと、テスト勉強においては

          「何年から○○時代か?」をこだわる必要はありません。

          もし、「何年から○○時代か?」を考えたいなら、かなりの知識量が必要で

          これこそ大学に入ってから考える案件だと思います。

           

          なので、その時代区分は、情報を整理するためのもの、と考えて、

          パニックにならないで勉強し続けていけば良いでしょう。

           

          (2)時代区分1と時代区分2をすりあわせる

           

          (1)でお話した区分を、すりあわせていきます。

          日本の場合は、

           

          弥生時代の途中あたりまで原始

          弥生時代の途中あたりから平安時代の終わりあたりまで古代

          平安時代の終わりあたりから室町時代の終わりあたりまで中世

          室町時代の終わりあたりから江戸時代の終わりあたりまで近世

          江戸時代の終わりあたりから第二次世界大戦終了時まで近代

          それ以降現代

          という形になります。

           

          画像でまとめてみました。





           

           

          どうして、「途中あたり」「終わりあたり」と、ぼやかしいているような書き方か?というと

          歴史というのがどういうのか?を考えると

          予想がつきます。

           

          現在でも、何かの制度が新たに導入されたり、

          トップの変更があっても

          その導入された瞬間、変更の瞬間に劇的に

          変わるわけではないですよね?

          徐々に、徐々に変化していって、後から考えれば、あのときが変化のきっかけだったな、

          と思うわけです。

          歴史で使う用語は、後の世界に決まるものなので。

          ・・・・ということから、

          「変化したのは、この時期あたりだよね?」ということになるので、あいまいになります。

           

          歴史を学ぶ際は、はっきりしているようで境界線があいまいなことは多々あります。

          「あいまいな表現」であると理解しづらい、不安感を覚える人はいると思います。

          私もそうでした。

          世の中では「歴史はハッキリしている」という

          風潮で教えられることもあり、

          「ハッキリしている」「あいまいである」の、

          異なる矛盾した事実のダブルバインドが

          私の中でおこっていました。

          だから、小・中学生のとき、歴史は苦手でした。

          、「歴史は、あいまいである」ということで1つに決めてしまえば、

          ダブルバインドにならないので、そう思うようになってからは歴史の勉強は楽になりました。

           

          「あいまいなところはあいまいなまま」で

          良いんです。

           

          今回は以上です。

          とても長々と話す形になりました。

          この部分は「最初から、全部覚えてからでないと、具体的な歴史の勉強に進めないの?」と焦らなくて良いです。 

          旧石器時代、縄文時代、弥生時代・・・と勉強していくにつれて、何度も見返してくうちに、覚えていくことになりますから。

          勉強して「ん?」と思ったことがあれば、その都度、この内容を見直していくと良いと思います。

          では次回から、具体的な歴史を見ていきましょう。

           

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          今回は以上です。ご覧頂きありがとうございました。

          この授業はあくまで、私の個人的意見で書いていますので

          もしお気に召さないものがあれば、そっと記事を閉じていただけると助かります。

           

          やっと次から具体的な内容に入ることができます。


           


          みなさま、本日もありがとうございます。


          別のブログ(塾講師ブログ「しゃかりき!」)の

          方でシリーズ連載をしていた内容も

          定期的にこちらのブログに移行していきたいと

          思います。


          現在、古代中国史(漢王朝まで)まで

          書いていますので、その内容がこちらで

          アップし終わったら、

          そのまま、こちらで連載を続けていきたいと思います。


           

          れくす先生の歴史授業





          第一回 

          れくす先生の歴史授業

          「はじめに」


          歴史模擬授業シリーズの

          別バージョン「れくす先生の歴史授業」を

          始めることになりました!


           

          今回は、授業最初のはじめのあいさつです

          次回から勉強内容に入っていく形です。

           


          1  このシリーズについて


          〈このシリーズについて〉

           

          このシリーズは、

          れくす先生という架空の塾講師の先生が、

          1人の生徒(たぬしゅるちゃん)に

          向けて授業をしている形式です。





           

          ただ、たぬしゅるちゃんは、

          ほとんどしゃべりません。

          しゃべったとしても、だいたいは

          まとめノートの画像の中だけです。


           

          その理由は、

          たぬしゅるちゃんという生徒さんは、

          学校の授業で、

          自分の意見を言う、

          みんなで話し合いの授業がうまく合わなくて、

          苦しんでいた子です。

          それで

          授業をひたすら聞く授業を受けたい、と思って、

          れくす先生の塾の門をたたいた、

          という設定だからです。

           

          今の学校は、

          みんなで話し合い、とか、

          ワークショップ形式、

          を良しとする傾向があります。


          それが悪いことだとは思わないし

          学べるところもたくさんあります。


          しかし

          「先生が一方的に話す座学」は

          「つまらない」

          「生徒が自ら考える力を奪う悪いもの」と

          言う人もいます。

          たしかに、自分が塾講師をバリバリやっていたとき、先生側が一方的に話す授業だと

          「つまらない」から、

          寝てしまう子や話し出す子はいました。


          そのため、「じゃあ、これの答えは?」と

          生徒さんに当てたり、

          意見を自由に言い合うこともありました。

           

          「勉強をしたくない」という気持ちがある子

          もしくは

          「勉強をしたい!」というやる気がある上に、

          みんなとワイワイできることが

          楽しいと感じる子なら

           

          当てられる授業、

          話し合う授業の方が伸びると思います。

           

          しかし、

          中には「発言ありきの授業がツライ」

          いう子もいるはずなんです。

          もちろん、

          大学生になったり

          社会人になったあとで、

          まったくの「発言」をしないことは難しいし、

          発言をできるにこしたことはないです。



          でも、

          「授業の内容を理解したい」というとき、

          「発言する」という機会がある、というだけで

          頭の中は不安感でいっぱいになり、

          外ではわからない脳内の

          小さなパニックを起こしていて、

          理解できるはずのものも理解できない子も

          いるのは確かです

           



          その子は、

          授業で「理解する」ことに専念しないと

          頭に入らない、一点集中タイプ



          「発言する」ことは

          また別のタスクになります。



          「理解する」の思考の中に

          自分の感情はいらない、

          他人への配慮は必要ない、


          でも、「発言する」の中には

          自分の感情も

          他人への配慮も

          必要になります。


          当たり障りがなく、

          かつ、相手が喜ぶような発言をしないと

          どれだけ人格否定されたり

          加害者扱いされるかわかりません。



          「理解する」「発言する」の

          ダブルタスク(マルチタスク)の授業だと、

          ただ授業を受けただけで終わり、のことも。

           

          私が実際にそういうタイプで

          当てられる授業だと

          「こういうことを発言したら、

          先生に怒られるのでは?

          クラスメイトに馬鹿にされるのでは?」という

          恐怖感不安感につつまれ、授業が入ってこないんです。

          でも、塾(予備校)に通うようになったとき、

          その塾では

          ずっと先生が一方的に

          話している授業を聞く形でした


          それで、やっと「理解できた」んです。



          大学の講義は、

          先生が一方的に話す講義、

          と、

          しっかり発言しないといけない講義(ゼミ)

          と分かれていたので

          かなり楽でした。


          「発言」そのものが苦痛なのでなく、

          マルチタスクが苦手」だったんだな、と。

           

          なので、今回のシリーズは、

          先生がほぼ一方的に話す授業」タイプにしました。

          しかも、

          先生は「丁寧語」でよそよそしい話し方で。



          生徒さんと対話するときは、

          もう少しラフな話し方をしますが、

          ずっと話す、ましてや、文字で読むなら、

          丁寧語の方が読みやすいかな?と。



          しかも、細かいことを話したりしてます。



          自分が小学生・中学生のときに

          「あれ?」と思ったことが多々あって


          でも

          「そんなことを考えていると、

          小学校の先生が私を「極悪人」に仕立て上げて

          私を授業でつるし上げするようなことが

          中学でもおこるかもしれない。

          だから、考えてはダメなんだ!

          とてもキケン!」

          と無理矢理、自分の疑問を消していました。



          「あのとき、自分が疑問に思ったことの質問に

          答えてくれる先生がいたらなぁ・・・」

          と思うことがあります。

          それを実現して、記事を書いていったら、

          とんでもない文字数になってしまうんですが、

          まあ、このブログは

          「楽に、

          ゲーム感覚やエンタメ性をふんだんにつかって

          勉強してテストで点数をとる」と

          いうコンセプトではなく

          勉強をしたくても、

          どうしていいかわからない方のために

          のコンセプトなので

          長い記事でも大丈夫かな?と。



          昔の私のように、

          暗くて寒い精神世界で勉強という

          わずかな明かりを求めて、

          もがきながら生きている生徒さんは

          いるはず・・・と。


          可能な限り、短くて、

          わかりやすい言葉選びをしたいと思いますが・・・。


          10年ほど前に作った

          「歴史模擬授業」シリーズは対話形式なので、お好みが分かれるかな?と思います。

          どちらも私にとっては大切な記事なので、10年前のものは残しつつ、

          新しいシリーズも作っていきますね。

          (現在、「歴史模擬授業」の記事も、編集中です。アップも随時していきたいです)

           

           




          ・・・ということで、


          れくす先生が、

          たぬしゅるちゃんに授業をしている

          という設定で書いていますので

          よろしくお願いします。

           

          では、今から、れくす先生の授業にうつります




          2  れくす先生の授業第1回 導入編



          2:れくす先生の授業第1回 


          導入 歴史を学ぶ意義



          ではでは、今から授業を始めます。

          今回は導入だけです。

           

          さて

          「歴史を勉強するのは何のため?」

          だと思いますか?

           

           

          歴史を勉強する」というのは、

          テストで点数をとるため、と思う人もいます。


          そういう一面もありますが、

          それがすべてではありません。

          テストはあくまで、理解したか?を

          確認するためのツールです。

          テストの得点という数字を出すのは、

          自分の理解度を数値化するためとも言えます。


          (テストの点数をとるために勉強する

          わけではないけれど、

          テストそのものがないと、自分を知ることも

          できないので、テストは大事です。)


          点数で自分の今のレベルを知ることで、

          今後、どうすればいいか?の

          具体的努力がはっきりしますニコニコ



          ここでは私れくす、なりの、

          歴史を勉強する理由を話したいと思います。



           

          【歴史を学ぶ意義】

           

          歴史の授業において、

          「こんなすごい人物がいたんだよ!

          だから、君もその歴史人物のようになろうよ!」

          という理想像を提示され、

          その人物の人格を模倣をさせたり、

          また、

          「この人物はすごい悪い人だったから、

          君はこのような人物になってはいけないよ!」

          と戒めるのが、

          「歴史を教えること」と思う方もいるようです。

           

          もちろん、憧れの歴史人物ができて、

          その人物のようになりたい!と

          自主的に思って人生をがんばることは

          良いことです。

           

          歴史人物を反面教師として、

          自分は「このような人にならないようにしよう」

          と考えて行動することも、

          「歴史に学ぶ」の1つの側面ではあります。

           

           

          しかし、ここで注意したいのは、

          その考えはあくまで

          生徒さんや学んだ人側が

          自主的」に思ったとき限定のものです。雷雷

           

          でも、

          このような形の、つまり、

          憧れの人物を自分の中で設定し、

          己を高めるための人物は、

          歴史人物でなく、

          マンガやアニメのキャラとか、

          実在する人間(親とか先輩とか)でも

          良いわけです。

          または、歴史人物を模倣する人物・反面教師としての人物と授業でしたいなら

          それは社会科「歴史」でなく

          「道徳」や「学活」で

          すべき案件だと私は思っています


          決して教える側が矯正すべきこと、

          とくに歴史人物をヒーロー化、愚者、悪者、と

          提示してはいけない、と


           

          じゃあ、

          公教育で歴史を勉強するのはどうしてでしょう



          もしすべての人間が不老不死で全員が同じ性格で、

          世界は常に変わらない状況なら、

          歴史を学ぶ、歴史を知る必要は

          ないかもしれません。

           

          でも、人間は寿命があります。

          世界も常に変化します。

          国も滅ぶことが多々あります。



          失敗1つが命取りのことだってあります。


          場合によっては、

          多くの人が一気に亡くなることだってあるのです。



          失敗をし、そこから、初めて成功がうまれる

          という考えがあります。



          れは正しい、でも、

          その「失敗」は

          必ずしも「実体験」で

          なければいけないわけではない、と思います



          人間なので、

          「失敗=死」の可能性もおおいにあります。


          それに失敗も1つ、2つでなくたくさんあるので、死の危険がなくても、

          すべての失敗をするまでの間に寿命を迎えてしまいますし、性格によって失敗するパターンも違ってきます。

           

           

          そのため、

          「本を読む(教科書を読む)」「授業を受ける」という安全な場で、

          様々な性格や環境下におかれた人々がした「失敗」そして「成功」を学ぶことで、

          自分が、人類として、

          どうしていくと良いのか?

          を考えることができます

          また、失敗でなく成功例。

          発明・発見の話もあります。




          でも、A→B→Cという道筋を知っていたら、

          新たにC→Dという、新しいDを発見できるけれど、

          そのA→B→Cまでの道筋をつくるのに、

          1人では無理、どんな天才でもA、B、Cのどれか1つを成し遂げるので寿命を迎えてしまいます。

          そして、そのAやB、そしてC、Dを発見、成し遂げることができるのは100年に1人現れるか、現れないか?

          というレベルのものだったりもします。

           

          なので、

          歴史を勉強するというのは、

          自分がゴールなのでなく、

          未来の誰かに伝えてくためのタイムカプセルみたいな側面もあるのかもしれません。

           

          ・・・・ということから、

          私なりの、歴史を勉強する理由は

          自分が生きる上で経験値を

          増やすことは必須だが、

          その経験は実体験以外でも必要。

          それに歴史は最適なツールの1つだ!

          です。ニコニコニコニコ



          経験値を増やせば増やすほど、

          「自分はどう生きていくか?」を

          自分で決められる確率は高くなると。



          自分を理解しないで差別している相手の

          意見に合わせて過剰適応しなくても

          生きていけるのです。




          では、これから、一緒に歴史を見ていきましょう。

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          今回は以上です。ご覧いただき、ありがとうございました。

          次回予告:第2回 歴史を勉強するために先に知る必要がある事項「年号・西暦・世紀・時代」

          みなさま、本日もありがとうございます。



          今回も育児四コマです。

          山城に行く!シリーズ最終回です。


          育児四コマ 山城に行く!7




          ベンチって、休み休みできるので

          助かります。ニコニコ



          今回でこのシリーズは終了です。


          次回からは不定期に、

          勉強関係のブログの記事を移行して

          編集しなおしたものをアップしていきたいです。

          (合間に、育児マンガやエッセイマンガのアップも。)



          ご覧いただき、ありがとうございました。