「育児書にない!&しゃかりき!」〜元塾講師&ASD母子&不登校勉強対策用のブログ -12ページ目

「育児書にない!&しゃかりき!」〜元塾講師&ASD母子&不登校勉強対策用のブログ

ASD当事者で、子供もASDです。元社会科塾講師です。
不登校の娘への授業記録、歴史の勉強で自分たちが勉強しやすいように情報整理した内容、ASDなりに勉強して生き抜いていきたいこと、についても語ります。

2025年春に、塾講師ブログ「しゃかりき!」と合併しました。

みなさま、本日もありがとうございます。


今回は不登校の娘にしている家庭内授業の

備忘録です。ニコニコ




先週は、親子共々、体調不良だったので

勉強は問題演習を中心にしていました。

(ストレス性の下痢が毎日おこる、

食欲不振程度の体調不良。)



はじめに



私は


新しい分野を

初めて勉強するときに

使うエネルギーや

脳の思考回路部分




すでに1回は

習った内容であることを

覚えているうえで行う

問題演習

使うエネルギーと

脳の思考回路部分




違うと思っています。ニコニコニコニコ


今回はそれについての備忘録です♪

(あくまで、うちの家庭の備忘録で

オススメ勉強方法という意味ではないです。)







新しいことを習い始めたとき


新しいことを勉強すると


その内容の

全体像が見えなくて


その全体把握と情報のカテゴライズを

する、という脳の思考回路を

新たに開拓(開墾)しないと


何もできない私や娘。キョロキョロ



ASDゆえんなのか?は

専門家でないとわからないのですが


ASDは新しいことは苦手、という特性は

あるので、私が新しいことを習いたてのときは

なかなか他の人のようにすぐできないけれど、

時間をかけてじっくりやれば

テストまでには間に合うのは

ASDゆえんかな?と思ってます。


そのとき、おそらく、定型発達の人の

何倍も時間とエネルギーを使います。


習いたてのときは

パニックになり、急かされると泣いたり

あまりにわけわからなくなると癇癪おこすわ、

お腹は減るわ、大量の睡眠が必要になる、

という状態になります。




しかし、自分なりの思考回路ができたら

その思考回路を強化する、

というか、道を拡張したり整備したり

すれば良いだけなので、


時間はかかりますが

エネルギーはそんなに消費されないです。




なので

初めて習うときは、

かなり時間をかけて解いたり

覚えたりするため、


その期間は

かなり馬鹿、愚鈍に

見られることが多いです。


他の子は習ったらすぐ解けるのに、


私はなかなか解けず…なことは

昔はよくありました。えーん


だから、小学生のうちは

新しく習う分野ばかりなので

他人からは余計にバカに見えただろうし


今のようにアンガーコントロールも

できなかったので、

すぐ癇癪おこしてしまっていたんですよね。



そのとき、馬鹿にされないように、

と焦ると、結局、答えを出すことだけに

特化するため、テストが終わると

忘れてしまう状態でした。


でも、中学からは

私を馬鹿にしたい人はすればいいや!口笛

という姿勢にしたら、

日にちがキチンと決まっている

テストまでには間に合わせられるので

それでテストは乗り越えられたし、

テストが終わっても忘れなくなりました。ラブ



中学からの勉強は


小学生で習った内容を

より詳しく深く習うだけ。


つまり、脳の思考回路で作った道を

拡張、整備していけばいいだけの話です。


なので、正直、

中学、高校の勉強のほうが

小学校のときより

精神的には楽でした。





そんなイメージと経験です。


ASDは初めてのこと、や、

突然の予定変更に弱いと

言われてます。



私は本当に初めてのことに

弱いです。


予定変更も、納得できる理由で

ないとパニックになります。

(例えば、

メンバーの一人が足を怪我したから

遊びに行くところは遊園地でなく

近場のカフェでの団らんに変更なら

パニックにもならず、

その変更通りに動けます。


しかし、

ずっと前から遊園地に遊びに行こう!

とみんなで計画してたのに、

メンバーの一人が

遊園地は昨日、別の友達と行ったから

今日は近場のカフェにしない?

と言われると、わけがわからなくなり、

パニックになってしまう、など。)



私や娘は

あらゆることで、

初めてのことは弱い、

納得のできない、突然の予定変更は

パニックになるため、



予定がはっきりしない、

つまり、予定が突然入ったり

仮定していた日にちと変更になるかも?

という時期は

新しいことを勉強できない、


という状況になります。




でも、予定変更になる、という予定がある、

という自覚をしてさえいれば、

新しいことを脳に入れるのは無理ですが

すでに知っていることをやる、

というのはできます。



習った内容の問題演習


始めて習った内容を、自分なりに納得し、

ある程度、脳の思考回路を作ったあとは


問題演習あるのみです。ニコニコ



そういうときの問題演習は

そんなに苦ではありません。


手が痛くなるまでやり続けちゃうので



水分補給とトイレ休憩はありますが

五時間くらいぶっ続けをしても

平気です。(私の場合は、の意味。

娘は一時間半くらいが限界です。)


…というか、集中力って

実際にどれくらいで切れてしまうか?が

私はよくわからないです。


実際には45分、50分くらいなのかな?

とは思いますが、


うーん、どうなんだろう?と。ガーン


映画だと120分や240分くらいのものが

あるのだから、

それくらいの集中力は

多くの人はあるのかな?とも

思いますが…。


私は、

ちょこちょこ休憩をとるのが面倒なタイプで


基本的には勉強は90分くらいは

ぶっつづけでやると充実感はあります。


一回8時間くらいに

ぶっつづけて勉強してたら

腰がやられたことはありましたが…。



問題演習を長く続けるコツは

解けた解けないで、一喜一憂しないこと、

完璧を目指さないこと、


そして


解く行為そのものを楽しむことです。



何度かやっていると

解けなかったものが解けるようになったり


解くのに時間がかかっていたのが

瞬間的に解けるようになります。




また、私や娘には

三回ルールというのを適用しています。



多くの人は、

何回か解けばできるタイプの

内容は、6~8回くらいこなしたら

大概解けるようになります。



しかし、私の経験上、

3回やってもできないものは

6回やろうが20回やろうが

できない!

という状態です。




なので、3回やってもできないものは


それ以上は問題演習しず

理解が足りなかったとし、

自分なりに納得することを

調べるなりなんなりすることに

変更します。


また調べても自分の探しているものが

見つからなかったり

理解の範疇を超えているものだったら


諦めます。


未来に持ち越しです。プンプン

(一年後くらいに、突然、

自分がひっかかったものが

何かわかったりして

解けるようになったり

します。)




もし理解できた、納得したと思ったら


もう一度、問題を解いて

三回目までにできるようになったら

オッケー、

それでも三回目までにやれなかったら

諦める、

としています。



そういう感じで、臨機応変に?

勉強しています。







みなさま、本日もありがとうございます。


最近はマンガ投稿メインになっておりますが、

「ごじたくーる 歴史模擬授業」の記事の準備や、育児や不登校のあれこれの話も頭にまとめている状態です。ニコニコ



10月は、インフルの予防注射やらなんやらで

落ち着かない日々です。


マンガもいつまで描けるかわからないので


プロット、ネームのストックが大量に

あるので、今はとにかく原稿を描き

アップしている状態です。



…ということで久々のシリーズマンガを

スタートします。


題名は考えてないのですが

仮の題名で

図工、美術の授業とは!?

にしたいです。



こちらは、

私の絵というか

学校における図工、美術の指導に

対しての思い出と


そのときの思い出と

発達障害、ASD当事者、として

どうすればよかったのか?の見解から


不登校の娘(ASD)にどういう風に図工について

取り組んでいるのか?


のエッセイマンガです。爆笑


かなり長くなる予定ですが
お付き合いしていただけると
うれしいです。
毎週木曜日更新できたらいいなぁ、
と思います。
(Twitterのほうは、完成しだいアップしている
ので、そちらのほうが更新がはやいです。)



ではでは、第一話です。










「何も見ないで描くこと」を良しとする風潮が私は苦手でした。


たくさん描いた結果、
何も見なくても描けることはあります。


でも、それは結果にすぎなく

何も見ないで描くこと、
その行為自体には
とくに意味はない

と、私は思っています。



絵を描くことに興味のない、同級生が
言うこと自体は

なんかむなしい気持ちはありますが

怒りはないです。

私だって、運動とか人間関係とかは
結果からしか見てないことはあるので
その世界でがんばっている人達からしたら
私は何もわかってないなー、と
いう人になるからです。



 でも、問題は

先生が、ましてや、図工や美術を
教える立場の先生が
「何も見ないで描くこと」という
それを推奨をして良いのか?

ということです。


漢字などは
最初は、なぞり書きから始めて
何度か書いているうちに

何も見ないで漢字を書けるように
なります。

学校教育でも、漢字は
そのように指導しています。


でも図工は?

そうでない。

突然書けと言われ、
なにかを見て描くことを良しとしない、
愚者がする行為という先生もいます。


たまたま当たった先生たちが
そういう先生が多かっただけで

模写や何かを見て描くことを良しとした
先生もいるので

相性の問題もあるとは思いますが

そてさて、それについての
私の思い出が次回になります。


みなさま、本日もありがとうございます。

更新が止まってしまい失礼いたしました。



最近、定型発達だろうなぁ、と思われる

赤ちゃんに定期的に会う機会があり、

その子も私たち母子を覚えてくれました。チュー


兄弟のいない娘にとっても

赤ちゃんがどう成長していくのか?

どのような生活をしているのか?を

垣間見ることができるので


長時間は無理ですが

その子と会うのは楽しいみたいです。





私も定型発達の生徒さんの授業を

担当したことは

多いので、


定型発達の子と

発達障害の子の

思考等の違いは、

ある程度知ってはいますが、


さすがに、定型発達の赤ちゃんと

長く接するのは初めてでした。チュー


なので、驚きの連続です。爆笑爆笑


友人の赤ちゃん(定型発達児の子)とは

会ったことはありますが、

それは友人と会うのがメインのため、


赤ちゃんと二人にきりになることは

ないので。驚き



定型発達児の子は


泣いたりするものの

本人のこだわりや不安感だけで

3時間以上の癇癪がおきることは

ほぼなかったり、

お腹が減っててもパニックで

食べることを拒否しないんだなぁ、と。


あと、あまり好きでない大人、苦手な人が

近くにいても、

ガン無視できるんですね。


苦手な人が同じ空間内にいるだけで

不安感マックスになり、

その人がその空間から消える、

または自分がその空間から逃げることを

しない限り、癇癪おこし続けることも

ないんだな、と。


まあ、そのような

定型発達、発達障害の子が

違うこと、

定型発達の子でも個人差はあるものの

基本的に感情の起伏は少ないこと、

は想定内ですが、



私がびっくりしたのは



え?本当に、育児書に

書いてあること通りの

反応をする子供が

いるんだ!?

ということでした。



育児書にこうすると、喜びますよ、

とか、

この時期にはこういう遊びをします、

この時期にはこういう成長をします、


とか、定型のお子さんは、

ほぼその通りなんですよ。お願いお願い


因果関係がハッキリしているというか

等価交換というか。


こうすれば、やる!

こうやると、やらない!

こういう態度を親がすると

子供はこういう行動に出る、

とか。




もちろん、個人の誤差はあるけど、

ベクトルの方向はかわらない。


定型発達の子の育児が

簡単だとも楽だとも思わない。

どんな子でも育てるのは大変!!


でも、

発達障害児の娘が赤ちゃんだったときは


個人の誤差レベルでない、

ベクトルの向きが不思議な向きに?

という感じでした。



育児書を読んで

育児書通りにすればするほど

娘の癇癪は増える一方。




例えば、育児書には

「ご飯を食べていることには、

おいしいね、とか声かけしてあげましょう」

と書いてあったので、それをしたら最後、


癇癪おこしてご飯を拒否します。



今から考えたら


突然声かけられ、不足の事態で

パニックになったのでしょう。




他にも、もう、育児書にないことばかり。


話した時期は、話すようになる、と育児書に

書いてある時期より早い時期から話し始め、

しかし、

立ったのは、1歳8ヶ月のとき。


育児書には1歳半になっても

一人で立つことをしなかったら、

神経外科に連れていくのがオススメ、


と書いてあったので、連れていくか

悩みました。


1歳半検診で

「え?立ってない?身体としては

立てる状態になっているから

もう少し待ってみて」

と言われたので、待っていて、

やっと…でした。



そのころは、

育児書の通りにがんばることを

しないと!と焦ってました。


育児書には

「歩く、立つ、楽しみを持たせると

自主的に立ちます。」

とか書いてあったので


色々と工夫してみましたが

すべて裏目。


当時は存在していた、ママ友や

先輩ママさんには


「抱っこばっか、してるからだわ!」

と批判されたり。



抱っこしないと、大癇癪。

そうなると、虐待と思われる。


でも、少しでも立たせるために

地に足をつかせただけで

火をついたように泣き出す娘。


どうすりゃいいの?!


そんなに、私は

他のママさんと比べて

感情的なの?!

育児下手なの?!

と自己嫌悪に陥りました。




この、娘が立たないこと、

というより、

育児書通りにしないと

善意で言っているのはわかるけど

周りに私の教育方針を

否定されることがキツくて、



私の精神はガリガリに削られ、

最終的に

私は強迫性障害を発症したので

かなりキツかったのだと思います。

強迫性障害がひどくなり、

不眠にもなり、

だんだんと自分の死に場所を

探すようになりました。



私の育児が悪いから

娘は育児書と全然違うことを

するんだ、

私が死んで、他のママさんに

育てられたほうが娘は幸せに

なるんだろう、

と本気で思ってたあの頃。



電車に乗るのが好きだった娘と

毎日、電車に乗り、

どこのホームでならいいかな?

と毎回考えている日々でした。




今から考えれば


育児書に書いてあることは

私は間違っていると思うのに、

周りのみんなは育児書に書いてある

通りの方法ばかり、私に提示して

きたりしているので、

その理由がわからない。

が強迫観念を産み出した一因だろうなぁと

思います。


理由がわからないので、

理由を探した結果、


私が出した理由は

「みんなが、私なんて母親に

ふさわしくないから、

私に死ね、と言っているんだ」

でした。


そこから脱却するには

娘と私が発達障害であることが

診断されるまで、

つまり5年以上の歳月が必要でした。




この、「育児書にない育児を

している私に、育児書通りのアドバイスを

真に受けて、がんばって、どんどん自滅していく」という経験を繰り返していくうちに、


「自分が正しいと思うことは、

間違っているのでは?」という

図式がこのときできあがり、


確認行為がひどくなりました。


強迫観念ですね。



でも、そのあと、

娘が発達障害、

そして、私自身も発達障害と

診断されてからは



「育児書は、あくまで多数派の話の育児を

まとめたもの」

と思うようになり



育児書をすべて捨てて


そのあとは


発達障害についての本とか

学問的な心理学の本とか

そちらに切り替えました。


さらに、

「自分で育児の正解を探したほうが

効率的だな」と思って


アメリカドラマとか

歴史とかで

自分なりの正解を導き出すように

したら、


かなり強迫観念は弱くなりました。






今でも生理前は強迫観念が出るときが

あるので要注意ですが…。




でも、今回の定型発達の赤ちゃんと

定期的に接するまでは


育児書というものは

実はすべて嘘を書いているのでは?

という不信感がありました。


しかし、その赤ちゃんのおかげで


育児書に書いてあることは

本当だったんだ!


本当に育児書に書いてあるような

人間が存在しているだ!


面白い!

と、思ったのでした。




育児書に書いてあるような子供って

都市伝説のような存在で、


実はみんな、演技しているのかと

思ってました。チュー




私自身は発達障害なので

発達障害で生きた人生しか

知りません。


定型発達の人ともたくさん知り合ったけど

その人たちが、

普段、心の中で何を考え、

またプライベートはどうなのか?

まではわからないから。


そして、子供も発達障害。




娘が発達障害で、今は不登校で、


自分の育児、教育の

なにが正解で、なにが致命傷になるか?

もわからない状態で


すべてが手探り状態ですが、


0からすべて自分で

切り開いて生きていく人生は

嫌いではありません。


育児書はもう見ません。


不登校、発達障害関連の本は

読むことありますが、

あくまで事実やデータ確認にとどめ


自分が納得できないことは

たとえ本に書かれようがなんだろうが

従わない努力をすることにしています。


今は私が強迫観念を持つほうが

危険なので。



自分の発達障害当事者として生き抜いてきて

辛い部分も多いし、何度も死に場所を

探したりしたけれど

でももがきながらも、自分なりに生きる道を

つくってきた誇りはあって、

実はそういう自分が嫌いではないんですよね。



他人に嫌われている、

他人は私を嫌うだろう、

とは思ってるけど、

自分は自分を好き、という感情は

あります。

ナルシシズムの何が悪いのだろう?と

開き直ったり。



そして、同じく、発達障害で

義実家のことは大嫌いで寄り付かない、

そして、今は不登校の娘のこと、


大変だし、胃はキリキリすることはあるけど


そこまで含めて、私は娘は好きなんですよね。


なんか、

娘の人生って小説みたいな面、

RPGみたいな

面があり、


このあと、どんな展開になるのかな?

というイチ読者みたいな気分にはなります。


私は不幸な話は好きではないですが、

どんなに周りからしたら不幸に見えても

それでも自分を失わずに

必死に生きる主人公の物語が好きです。


娘の人生を、ハッピーエンドにするために

今はひたすらがんばっている感じです。



…ということから、

定型発達児の子と娘を比べて

落ち込むことはないです。


この子、そして、その子のご両親が

一生で体験することのないかもしれない

イベントを私達は体験してたんだな、

でも、逆に私達があの人達と同じ体験を

することもないんだな、という

気持ちだけです。


生まれて初めて「育児書に載っていることを

している赤ちゃん」と長く接するのは

人生初体験なので、驚きの連続です。



なにせ、発達障害である人生しか、

そして発達障害児の育児をする人生しか

歩んだ経験がないので


 私からしたら

定型発達の人がどういう人なのか?

を知るのは新鮮な気持ちだったりします。



そして、その子が

私や娘がした行為で

笑ったり、楽しんだりしてくれると

とても嬉しかったりします。



障害の有無やIQ数値とか関係なく

すべてのお子さんにとって

生きやすい世界になると

いいなぁ、と思います。



 

みなさま、本日もありがとうございました。


最近は


「どうしても行きたいものだけは行く!」

という方式で生きるようにしています。


そして、行ったものが


映画と博物館、遺跡、の

ルーティーン。




コロナ禍になる前は

娘は小学生低学年だったので


遊びに行くとなると

遊園地か

ショッピングセンターのキッズ広場、


がメインでした。



最近になって


「どこに行きたい?」と聞くと



「あの展覧会に行きたい!」


と娘自らが言うようになりました。



遊園地は

叫ぶ声が聞こえるのが苦手なのと

子供が多いのが辛いみたいです。



昔から、遊園地に連れていくと


乗り物は好きなので楽しんではいましたが

それ以上にストレスが多くて

よく癇癪おこしてました。



しかし、博物館だと

基本的に静か。


そして

「一人の世界に籠ることをしても

周りの人は、自分を

人格否定しない」

「興味のあることを追求することで

子供らしくない、女の子らしくない、と

責める人がいない」

…という安心感があるみたいです。ニコニコ



そのため

癇癪おこさず、

楽しく過ごす娘。


子供向けの図録があると

それを買って家で楽しく読むときも。



私自身も今の娘くらいの年齢のときに

初めて博物館(美術館)に連れていってもらい

そこから博物館が好きになりました。



博物館好きだったので

学芸員の資格も取りました。



今の夫とも出会って、

二人でよく博物館に行きました。


なので、夫も娘を博物館に

連れていけるのはうれしいみたいです。



「最近は仕事をするか、

ゲームをするか、

酒を飲むという楽しみしか

してなかったけど、


やっぱり学術的な世界に

長時間いるのは

最高のリフレッシュだわ。」

とも言ってたり。



やっぱり、博物館って良いですよね。



また、観に行く映画も

娘が好きなものを大人がつきあいで見るもの、

でなく、

家族、親類の中で

その作品が好きな人たちで

一緒に観に行く、という形になりました。


まあ、娘が好きなアニメも

大人が観てても楽しかったので

私は苦痛ではなかったですが♪


「アンパンマン」は今でも好きですよ。



今では娘が不登校でずっと家にいるので


娘の好きな番組を優先的に観る形になっている

のですが、

幸い、娘が好きな番組、とくに、

アニメ作品やドラマ作品が同じなのが

助かってます。






みなさま、本日もありがとうございました。



昨日に引き続き、育児のほほん実録マンガです。


今回も髪型問題のお話。





今回はなんとななりましたが、

やはり、美容師さんはすごい!!と
思いました。



みなさま、本日もありがとうございました。


本日も、のほほん育児実録四コマです♪  




定期的に、私が娘の髪の毛を切って
失敗する事件をマンガにしているような
気がします…。



コロナ禍、不登校になる前は
美容院で切ってましたが、

コロナ禍になり美容院に行くのを
控えていて、
さらに不登校になったら

美容師さんに学校のことを
話題に出されるのもキツいし

ご近所での美容院に散髪というのも
いつ知り合いに会うかわからないので

私が切ってます。


幼稚園時代までと、
最近の約2年間、の
髪切りで、
だいぶ、マシな腕にはなってきてますが

雑だし、髪の毛の構造を知らないので

とりあえず…な髪型ですが…。

みなさま、本日もありがとうございました。



今回は育児四コマまんがです。



またしても、猫ちゃんの話。

実家には、何匹かの猫ちゃんがいますが、
その中で、のるのるちゃんという子は

娘のすることに興味津々。

猫みーたんは娘が赤ちゃんの頃から娘の親、
お姉ちゃんの気持ちで
娘を見守る感じですが、
猫のるのるちゃんは、娘が幼稚園児のときに
実家に来た子なので、
娘とは同い年?みたいな気分のようです。

娘がしていることを真似ようとしたり

いつもは大人しかいないので
のるのるちゃんの前では
テレビを見たり食べたり、という
行為しか見てない、のるのるちゃん。

しかし娘が来ると
折り紙をしたり
お絵かきしたりするので、
新鮮みたいです。

そして、元々、よくテレビ画面を
見るのが好きな猫ちゃんだったので…↓


かなり興味津々で見ていた、のるのるちゃん。


見ていたゲームは
「星のカービィ ディスカバリー」です。


なんか、カービィがフワフワ浮いていたり
車で走るシーンが楽しかったようで…。

みなさま、本日もありがとうございます。


久しぶりに、育児四コマ実録マンガです。



実家のねこちゃんたちの話です。



みーたん…。


明日は、「ごじたくーる 歴史模擬授業」の
古代ローマの続きをアップしたいと
思います。

みなさま、本日もありがとうございました。


本日は9月9日の重陽の節句なので

シリーズの話はいったん休止して


節句についてのマンガシリーズの

続きをば♪



重陽の節句は

現在ではあまり行われてませんが

昔は節句行事として、よく行われてました。













ご覧頂き、ありがとうございました。