名古屋市の桜開花予想は3月16日~20日と予想会社によって異なりますが、私は名古屋地方気象台のすぐそばに住んでいるので、毎年開花時期には朝の散歩の帰りに見に行っています。昨日も行きましたが、残念ながら、まだ、咲いていませんでした。今回は、土佐、岐阜に後れを取っていますので、今朝は名古屋大学の循環器科に心不全の定期的通院日で、寝坊したこともあり、朝観察に行けませんでした。

名大で、採血待ち(1時間以上)の間に鶴舞公園に行くと、ソメイヨシノでも1本の木に5~6輪咲いているので、これは標本木も咲いているに違いないと思い、帰宅して昼食後に気象台に見にいきました。数えるとやはり4輪以上咲いています。朝は無理でも、午後の観察では、やはり名古屋市の桜の開花宣言としましょう。

3月8日東京大学伊藤謝恩ホールで第6回セミナーが開催されました。

私がどうしても聞きたかったのは、山口大学大学院、佐野元昭教授の講演でした。

第2回のセミナーで佐野先生の講演を聞き、水素の研究を本格的にやろうと思いました。

また、慶応大学で心停止の患者さんに対する水素吸入での研究では、コロナ禍で中断しましたが、先進医療Bで、これが、きちんと続けば、水素吸入療法が保険適応となる可能性もあったので、非常に残念なことでした。

今回の発表は水素の医学的ポテンシャルを医療現場でどのように届けるかをテーマの講演でした。水素の吸入が、実際、血中水素濃度でどの程度の値を示すのかを、計算上だけではなく、実測で示し、高流量でなくとも至適濃度である2%になることを証明し、また、水素の問題点として将来的には、CO2の排出はないが、メタンガスを増やす可能性があることより、高精度水素ガス投与システムを開発、吸入時のみ水素をだし、呼気時には出さないシステムをつくりだし、実際に透析治療で応用して、透析での抗酸化、抗炎症作用で、生命予後よくすることが、実用化されています。このシステムを、睡眠時無呼吸症候群のCPAPに応用していただけると良いと思っています。また、質問の答えの中で、遠慮がちに述べていらっしゃいましたが、血中水素濃度をより上げ4%以上にする高流量水素吸入器は、水素の燃焼性を防ぐという意味から、不要とおっしゃっていましたが、私の高濃度水素吸入による眼血流のデータでも、水素量が1600ml/分+酸素800ml/分だと、眼血流を上昇させないということがわかっていますので、プラスアルファの酸素がヒドロキシラジカルを増やすことにより,効果を半減させる可能性もあり、吸入水素流量に対して、もっと真剣な検討が必要と考えています。

 母親の13回忌、父親の23回忌を兼ねて、くららを連れて、子供や孫たちと鈴鹿から伊勢志摩へ行きました。

 志摩に行く途中、天照大神が隠れたという「天の岩戸」によりました。これまで何度も傍を通りましたが、寄ったことはありませんでしたが、今回、思い切っていってきました。伊勢神宮の端の方にあり、神聖な感じがする場所で駐車場から800mほど歩きます。ここの水は名水となっていますが、飲めないようです。ここから、奥に行くと風穴やスサノオノミコトの社があります。かなり、急な山道を登ったり、下りたりします。歩数は13000歩。

志摩は風が強くて寒かったですが、月や星は、とてもきれいでした。ホテルに付属の天文館があり、大口径の反射望遠鏡で月や木星を見せてもらいました。

翌朝、風もおさまり、ホテルから20分ほど歩いて、英虞湾のリアス式海岸を眺め、浜辺や干潟をくららと子供、孫たちと散策しました。下の写真はハワイから持ってきたという、白砂の二郎六郎海水浴場の、白砂がなくなった先の岩場のあたりです。孫たちは、浜辺の小さなエビやカニ、などの水の生き物を捕まえて遊び、最後に海に返して、家路につきました。歩数は16000歩よく歩きました。

2月下旬になり、20度近い温度が続き、スギ花粉がピークを迎えようとしています。患者さんからは抗アレルギー薬の処方の希望が多くなってきました。一般的にはエピナスチンのような抗アレルギーの点眼(予防的)と直接痒みを取る、ステロイド点眼(0.1%フルメトロン点)が一般的です。最近はアレジオン眼瞼クリームを夜就寝前に1回塗るだけというのもあります。

経鼻的にステロイド点鼻、エピナスチン点鼻もあります。内服も車運転可能のものが増え、1日1回1錠ですので、楽になりました。内服は、鼻炎しか保険適応がありませんので、眼科では、一般的には出しません。

マスクやゴーグルは飛散予防にはある程度効果があります。私はというと、いつも花粉症でくしゃみや目のかゆみがありますが、最近はほとんど症状ありません。やはり、水素吸入のためでしょうか?夜間、就寝時水素吸入するようになってから、一番ひどい時でも、数回くしゃみが出ただけで終わっています。

水素の抗アレルギー作用は強いものがあるようです。

 毎年、くららを連れて遊びに行く、蓼科の栽培農家のやっている店で、帰りにいつも蓼科の美味しい野菜を買ってきます以前のブログに書いたお店です。

 名古屋で買う野菜とは全く違う美味しさですが、ほとんど、関東に運ばれて、なかなか、名古屋には入ってきません。夏でも、朝晩の寒暖差が美味しい野菜を育てるのでしょうが、昨年の秋に、試しにミルキークイーンを5kg買いました。4000円を少し割る金額で安いと思いましたが、農協や、近隣のお米屋さんからそんなに安く売らないでくれと、圧力をかけられ、値上げをしての値段の様です。農家が直販すると安くできるのに、それを許さない仕組みがあるんです。

 お米の高騰の時期でしたので、伊那でもお米を買いましたが、家でミルキークイーンを食べると、コシヒカリの半分ほどの低アミロース(9.5~11.1%)で健康にもよく、粘り気があり、非常に美味しいです。ただ、通常より、水分を減らさないと柔らかすぎます。

 あまりにも美味しいので、現在は、FAXで注文して、郵送してもらっています。お米は重いので、送料が1300円ほどかかりますが、10kg頼んでいます。

 これまでは近所のお米屋さんで中野産のコシヒカリを買っていました。それも美味しかったですが、値段もどんどん上がり、買えないときもありました。今回のミルキークイーンは、味もはるかにその上をゆきます。冷めても美味しいのがミルキークイーンで、お弁当やおにぎりにも最適です。

 来年から、また、農水省の農協を守る減反政策で、米も減産でこれからもより高いお米を食べないといけないかと思うと残念です。

 2月6日(金)クリニックは代務の先生の診察でしたから、午前中は、衆議院選挙を期日前投票に行き、午後に、栄の愛知県美術館でゴッホ展を見てきました。 

 平日の午後でも、すごい人ですね。今回のゴッホ展はオランダのファン ゴッホ美術館の収蔵品を中心にした展覧会でゴッホの作品30点ほどと、テオへの手紙、ファン ゴッホ美術館が所蔵するバルビゾン派、ハーグ派などの絵が展示されています。あまりの混雑でじっくり、見ることができなかったのですが、ゴッホを有名にしたのは弟のテオではなく(テオはゴッホの死後6か月でなくなり)、テオの妻のヨー(ヨハンナ)と彼らの子供のフィンセント・ウィレムによるものだということがよくわかりました。

 ゴッホは甥の誕生を非常に喜んで「花咲くアーモンドの木の枝」を描いて贈りました。またテオは息子にフィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホと兄の名前を付けました。

 生活のために、ヨーはフィンセントとテオのコレクションを売却するのですが、世界中にゴッホの作品が行き渡るように、考えた売り方をして、ゴッホの名前を世界に広め、ロンドンナショナルギャラリーのひまわりで、巨匠の仲間入りしました。また、エンジニア(ウィレムの愛称)は、ゴッホの作品を売るのをやめて、財団をつくりました。

 ゴッホ家のコレクションが今のファン ゴッホ美術館になったわけですし、家族がつないだ、画家の夢は見事に花開いたわけです。

近視は、以前は近くの物を見ることが多くなったので、調節緊張が続くことより、近視が進行すると言われていましたが、

現在では、眼鏡を装用しても、コンタクトレンズを使用しても、視力の出る中央はピントが合いますが、周辺はピントが合いません。実際には周辺は近視性のデフォーカスになり、網膜の後ろに結像するため、周辺から眼軸長が伸びるようになり、最終的に黄斑部の眼軸長も伸びるようになります。これまでは25歳を過ぎたら近視は進行しないと言われていましたが、実際には老視が始まるまで眼軸長は延長します。それに、高度近視の方が、より顕著に起こります。ですから、悪性近視となり、高度近視による網脈絡膜萎縮、近視性新生血管の発生、緑内障、加齢性黄斑変性症、網膜剥離などを起こす確率が1Diopter近視が進行するごとに、36%程度増加すると言われています。逆に1D近視が減少すると50%程度減少しますので、近視を進行させないためには周辺を遠視性デフォーカスにするべきだと考えられています。遠視性デフォーカスにするには、LASIK,PRK,オルソケラトロジー、近視抑制眼鏡(MiyoSmart®)、低濃度アトロピン点眼、近視抑制多焦点コンタクトレンズ(MiSight®)、1日2時間程度の屋外生活、赤色光、紫色光を目に当てる、スマホ・タブレットに対する20-20-20ルールなどがあります。

 昨年、1年間は心不全のリハビリのようなもので、少しずつ、仕事量を増やしてきました。学会にはほとんど参加せず、寂しい思いをしていました。参加していないと、何となく、眼科の先端から離れてしまうようで怖いです。ただ、一人医療法人ですので、最近は、代務が見つかりませんし、経営的なこともありますので、土曜の午前の手術をしてからの旅立ちになります。

 当然、遠方の福岡ですので、その日は学会に参加できず、日曜の朝イチからの参加です。9時からの多焦点・EDOFのセッションで、今のところ、自分自身の多焦点に対する考え方は、遅れていないことを再確認。久しぶりの質疑応答で、肩慣らし、次のセッションが屈折矯正手術、1席目が「LASIK眼の老視用IPCL」LASIKを施行して、20年たてば、老眼になります。それに対して多焦点のICLを入れるというお話です。データはまずまずとのことですが、多分すぐに、白内障になり、、ICLを取り出して、白内障手術をして、多焦点眼内レンズに置き換えるのは必定。そうであれば、老視がでて、老眼鏡を装用するのが嫌であれば、その時点で、白内障手術をして多焦点眼内レンズを挿入すればよいだけのこと。

LASIK→IPCL→MultiIOLと3回手術をすることは、そのクリニックにとっては良いが、患者さんにとっては、余分な出費とリスクではとどうしても質問したくなりました。患者さんがどうしてもICLを入れたいというものですからというお答えでしたが、LASIKは周辺遠視性デフォーカス、ICLは周辺近視性デフォーカス、どうなんでしょうかね?多分、各白内障が進行し、見え方があっというまに、白内障手術+ICL除去になるような気がします。長期的なフォローをしてくれるのでしょうか?

 以前、ICLのではじめ、孔のない時に、ICLいれてすぐに核白内障になった症例を3例手術しましたが、合併症を起こすと、患者さんは他の施設での手術を希望します。医学の進歩には、敬意を表しますが、総合的に考えていただきたいものと思います。

 学会でも、批判的な、ディスカッションがだんだん減る傾向にあると思います。

水素を単回吸入させた場合, 全身をめぐって心臓へ戻ってきた水素は肺から呼出されてい くため,血液中の水素濃度は極めて速やかに消失します。 では,持続的に水素を吸入し続けた場合は,どうなるのか山口大学の佐野元昭教授が実験しました。ブタの鼻に鼻カニュラを挿入(ブタは鼻孔が長いのでカ ニューレの先端を加工して長くした)して100%水素を250 mL/min の速度で流した。吸入ガス中の予想水素濃度(吸 入水素の分率)を計算すると,1秒間あたりの水素流量は 250 ÷60(mL)です。呼吸数20回の場合,吸気と呼気の 時間を合わせて3秒間に鼻咽頭内に溜まった水素は,(250 ÷60)×3 =12.5(mL)となります。鼻孔からもれることなく水 素が吸入できた場合,tidal volumeを150 mLとして計算する と,吸入気中水素濃度は,12.5÷150= 0.083,すなわち,8.3% と予測できます。 実際に測定するとブタの頸動脈中の水素濃度は,水素吸入 中は5~10%の間で推移しており,計算通りの結果が得ら れるそうです。持続吸入の場合,肺は水素でシールドされるため,体 は水素にとっては閉鎖空間となり、水素は一定 濃度で維持されます。少なくとも5時間以上吸入し続けると、15時間血中水素濃度は高いようです。人間に当てはめることは妥当かどうかはわかりませんが、眼血流の悪い、緑内障や網膜色素変性症の人が就寝時水素吸入を3か月以上続けると、OCTAで眼血流は良くなっていますので、持続吸入は血中の水素濃度を上げますので、治療として有用性があると考えています。

 

 

 世界の幸福度ランキングで147ヵ国中、日本は何と55位です。最もランキングが高いのはフィンランドで幸福度スコアは7.736、日本は6.147でアジアでも台湾(27位)、ベトナム(46位)より低いです。なぜなのでしょう?

 生物学的には死から遠い方が幸せですが、人間の場合、生きるモチベーションは幸せになることだと思います。

 幸せとは何でしょう?非常にあいまいな言葉で、1杯のコーヒーで幸せを感じる場合もあるでしょうし、犬との日常で幸せを感じることもるでしょうし、仕事がうまくいった。試験に合格した。美味しいものを食べた。全て幸せなひと時です。でも幸せな生活を続けていると、だんだんそれでは満足できなくなるのではないでしょうか?

達成感、満足感、安心感それらは、全て幸せと同意語ですが、快楽と何が違うのでしょうか?快楽のメカニズムはある程度わかっており、脳内の神経伝達物質であるオキシトシン、セロトニン、ドーパミンなどが分泌されると快楽を感じます。これは動物にもあてはまります。動物の場合、単純で、食べること、食べられないこと、つまり生存できることが重要です。、これに社会性が加わり、仲間が生きられること、育児をする場合家族やパートナーとのスキンシップが加わります。

 人間の場合、縄文時代は皆平等で、食べ物は皆で分けて、皆と食べられて、暮らせれば、幸せだったのが、弥生時代になり、米などを収穫するようになると、収穫の個人差があり、貯蔵差がでて、他の人と同じでないことが起きてきます。そうなると、その差に不幸せを感じる人もいるでしょうし、妬みも嫉みもでてきます。動物も場合は死からの距離が離れているのが単純に幸せなのが、人間の場合、よりbetterな生活を求めるようになることが幸せであるとの錯覚がでてくるのでしょうか?

 圧倒的な差がある場合には、それほど、感じなかったことが、皆が中流になり、同じような生活をするようになると、そこに、差を見出してしまう。それが今の日本の現状ではないでしょうか?今は、全ての情報が、流れてきます。隣の人が持っているものを自分は持っていない。試験に落ちた、就職に失敗した。病気になった。皆が、貧乏な時代は、皆同じだとおもっていますが、他の人が幸せに見えて、自分が不幸せに思える時代なのかもしれません。

 本来、ベター思考は本能ですから、より考えて、行動し幸せを見つけようとします。そうすると、快楽は報酬系と呼ばれる脳内の神経伝達物質を増やします。人間は快楽中毒になり、中毒は逆に死からの距離を縮めます。現状に満足せずに、幸せをどんどん感じなくなります。

 1年前心不全で6週間入院し、2週間ICUで全く動けなく、人様の手に全てをゆだねる生活をしたことにより、今まで何と幸せな時間を送っていたのか、歩けるということ、美味しいものを食べれるということが、どれほど素晴らしいものであったかを自覚しました。

 人間は、社会性が強く集団でしか生きられないヒトです。集団の中での評価を気にしますし、仲間外れになれば生きていけないですし、集団での貢献度は分け前(今だと給与)に影響を与えます。公平な、分配は人の生きるモチベーションですし、幸せの源なのです。それが実感できないのが今の日本なのではないでしょうか?

 スマホやAIは私達を幸せにするのでしょうか?今では、携帯やPCの迷惑メールを消すのに膨大な時間を割かなくてはなりません。我々は幸せを求めるために快楽に走り、身近なコミュニティに目を向けなくなりました。

 災害などの時に、一番頼れるのはコミュニティです。サイバー空間に身を置くよりご近所のコミュニティで自分がどういう位置にいて、何ができるかを考えておきましょう。