またまたまたもや3年連続で中止!
今年こそお盆時季に開催されるはずだった、丹波篠山市のデカンショ祭りがまたまたまた中止になってしまった!どひゃ〜っ!
令和4年度デカンショ祭 中止のお知らせ
上記の記事にも記載されてるように、コロナウィルス第7波の感染が拡大し、国や自治体から発令や要請は受けていないものの、兵庫県下でも連日1万人の感染者が出ていて、ちょうどお祭りの時季がピークになりそうなので、やむなく中止決定したとの事だ。
今回はコロナの事もあり、当日いきなりの飛込で踊りに参加できないので事前予約をしていたが、本日Telが掛かって来て、それで中止の旨を知った。ガビ〜ン!
尤も先月下旬、子供たちの踊り競演会が中止になったので、怪しい兆候は感じていたが。
今年のはじめからオレはコロナウィルスの蔓延はじめとするむしゃくしゃした気分で、どんな楽しい事をやっても薄灰色の霞が掛かってるようで、ソレをブッ飛ばしたかったんだがなあ!
こうも毎年毎年中止ばっかりだと、しまいには、”そんなお祭り昔あったなあー。”と忘れ去られてしまいそうな気もするが。
別にお盆時季に拘らずとも、お彼岸や晩秋にズラすって事も、考えられないんかなあ?
コイツの出番だ
これはおなじみ、アースノーマット。
今住んでるのは1Fで、近くに公園があり、樹々や植え込みも多いので、洗濯物干す時や窓開けた時にはよく蚊が襲ってくる!
だから、洗濯物を干す時は革ジャン着る事もあるが、敵もしたたかなモンだ、防御し忘れた、あるいはするのが難しい手の甲や顔をめがけてキスをしに来る!
若い女性ならともかく、こんな奴らにキスされても嬉しないワー!
東京や横浜、淀川区、東花園に住んでた時は全て2F以上だったので、刺される事がまずなく、神社や公園へ行った時くらいのものだった。
だからキンカンやムヒの類は殆ど使う事がなかったし、ましてや、このアースノーマットも持ってはいたけど、使用した事はなかった。
でもコレ、液の持ちが非常に良いようで、今までボトルを交換した事はない。
また、蚊が倒れてる所を見た事はないが、結構効き目があるようで、つけてると刺されない。
晩秋まで使用し続ける事になるな!
玉造ギタースクール弦交換と簡単メンテナンスセミナー
習っている音楽教室で、ギターの弦交換と簡単メンテナンスセミナーが開催されたので、参加してきました。場所は先月発表会が開催された家具製作所のショールーム。
私はもちろんギター弦の換え方は知ってるが、手間がかかる作業なんで結構邪魔くさく感じる事が多く、1,2年も換えてないギターも数本ある。
しかも、雑誌見て覚えた独学なんで、いつも、これでいいのかな?と思う事もありました。
で、よく使用しているメインギターを持って行ったのですが・・・、
ケースから出すなり、ギターに黒っぽい粉が被ってました!そう、ギター入れて来たケースの中の緩衝材が経年劣化で粉になってたのです。
ギターと床に散った粉を拭き取りながら、先生の説明を聞いて作業をしてました。
ギターはともかく、床はきれいな白無垢の木材だったので汚れがなかなか取れなかった!
上記の通り弦交換は何十年もやっているので、そんな状況でも手早く作業出来たが、こんなアクシデント抱えながら説明聞くのはつらいものだ。
弦張る際にいつもその形状に悩んでた一番太い弦の巻き方や、ペグに巻くのは2回くらいで良い事などは、長年初心者向け雑誌のやり方+独学で行なっていた私からしてみれば目から鱗でした。
ここでまたアクシデントが!
持ってきた新しい換え弦が錆びていたのです。ガビ~ン!
この弦、確か2,3年前ストックで買っていたのですが、パックされてるのに錆びてるとは!
先生のお話しでは、買ってから2,3年ではやはりダメだとの事。
別に近々人前で演奏する事はないので、やむを得ずそのまま張りました。
と言った2回のアクシデントがありましたが、みなさんと楽しく弦交換のセミナーが受けれたのは楽しかったです。そしてみなさんの愛器を並べて記念写真!

最後は、先月の発表会で一緒に演奏する筈だったが仕事の都合で欠席された相手の方が来られてたので、一緒にそのリベンジを1曲と、先生のギタープレイを聴いてお開きとなりました。
鉄道模型で遊ぼう会の大運転会へ参加
18日祝日の月曜日、「鉄道模型で遊ぼう会」の運転会へ参戦してきました。
今月は、他の鉄道模型サークルとの合同運転会で、会場も城東区の城東区民センターでの開催でした。
今回は特にテーマは決まっていなかったけれども、前回主催者の方が「まぁ、大阪での開催ですから、それに関連するようなものを持って来ていただけるといいかな、と思います。」と仰ってたので、阪急、阪神、近鉄、能勢電の車両を持って行きました。
いずれの車両も、私がキット組み立てたり市販品を大改造したりして製作、しかも昭和後期や平成初期のスタイルなので、来場者の大半を占めてたお子さんたちからは、「なんだ、こりゃ?」と思われた事でしょう。
また、同じ関西の車両とは言えど、同じ時代には一緒に走っていない電車や絶対同じ風景に収まる事がありえない東北新幹線などとのすれ違いシーンなども楽しめました。

このような比較的長い距離を走らせる事の出来る運転会などでは、無意識にスピードを上げたくなるもんだが、駅のホームなどがあるのと、高速で走らせると車両が見えにくいんで、少しスピードを抑えて楽しんでました。

いつもはそんなに車両を持って来ないんで、自分が予約している1時間がそうは短く感じないのだが、今回に関しては1時間があっと言う間に過ぎてしまったような気がしました。
次回は9月で、会場はいつもの茨木市民センターにての開催、テーマは何かは未定だとの事ですが、次回もなるだけ自身のオリジナル?な車両を走らせたいですが、まずは整備だな!
築42年の我が家?を増築
これは高2ん時、自分の鉄道模型のジオラマ用に作った、最初の建物。
昭和55年製だから、築42年という事になる。

一応自分ん家という設定だが、実家の図面なんて見た事なく、当時17歳のガキがキチンと建物を模型化出来るはずもないし、製作に便利な素材なども乏しかった。
また、大阪のベッドタウンにある我が家をそのまま田園風景に置いても変だし、中二階の家やわらぶきの家など田舎の民家が好きな事もあったので、我が家と田舎によくある古い民家との折衷型バージョンで製作したものだ。
見てのとおり、縁側左横の引戸が出入口になってて、横に馬小屋があるが、今の感覚からしてみてみりゃあ、馬主やムツゴローさんじゃあるまいし、家畜を飼う余裕なんてウチにはない!
長年このままだったが、昭和63年に実家に倣って庭と門と塀、ガレージを造り、門は引戸の出入口とは反対側になったので、ソッチ側に玄関を作らねばならんな、と長年思っていたんだけれど、自身の怠慢で実行する事はなかった。
だが、ここ数カ月前に、ひょんな事から玄関の寸法がわかり、八百屋の新築と大衆食堂の大規模修繕に引き続き、ちゃんと作りたい思いに駆られて増設する事とした。(写真オレンジの矢印部分)

もちろん実家そのままの寸法ではなく、この建物と摺り合わせた。
また、そのついでに、浴室と洗面所の窓をも付けた。
雨どいとクーラーを設置すれば、もうまもなく完了だ。















