てつりんのブログ -42ページ目

あの日から13年

あれから13年。未だに仮の住まいで生活している被災者の方々もおられると聞くし、大災害には発展してないものの、継続して地震は起きてるとも聞く。
津波でやられ、内陸の丘の上に移転した女川の商店街は、今は活況なんだろうか?

狭く自然災害大国の日本列島に住んでるからには、安全なエリアは少なく、他人事ではない事は理解しているが、60年間生きて来て1度もそーゆう目に遭った事がないので、いまいち危機感がない!
去年防災訓練にて参加した事を遵守してるか?と言われればそうではなく、「そんな時はすぐに外出ればエエやん!」なーんて、アタマん中お花畑状態だ。

おそらく2か月後の防災訓練では、東日本大震災13年の件と正月に起きた能登の震災の件を絡めたハナシや訓練があるだろうから、それ見聞きしながら行動していくしかないか!


 

鳥山明先生逝去

 

漫画家の鳥山明さんが死去、68歳 「ドラゴンボール」で世界的人気 - BBCニュース

 

2日前の金曜日、ネットニュースからこのショッキングな訃報を目にして、思わず大きな声をあげた。そりゃぁそうだろう、今や世界中にファンがいる巨匠マンガ家が逝去されたのだから。

「Dr.スランプ」は、私が不遇の学生時代に週刊少年ジャンプやTVアニメで親しんでいたアニメであり、子供から学生まで幅広く流行していて、登場人物のキャラのどれもこれもが斬新で非常に好きだった。
特に、別に子供が好きというワケではないが、主人公則巻千兵衛博士の息子、ターボくんが好きだった。

「ドラゴンボール」は、鳥山氏が昭和57年当時のインタビューで、あまりにも「Dr.スランプ」が大ヒットしすぎ、多忙になってしまったので、「「Dr.スランプ」の後は普通のマンガ描きます。」と仰ってたのだけれども、その”普通のマンガ”が、以前のマンガを超える世界的大ヒット作となってしまったアニメであった。

週刊少年ジャンプの連載はいつも見ていたが、アニメのほうはほとんど見てなかったので、孫悟空以外どんな声優さんが演じられてたのか知らなかった。また、主題歌も全く知らなかった。

2つのマンガに共通する点としては、老若男女問わず人物、動物、ロボット、乗物、ファッションセンス、メカなどの全ての絵のセンスが秀逸な事と、敵として登場したキャラがいつの間にか味方になったり、争いごとがいつの間にか平和になったりするストーリーが多々あって、鳥山先生は平和主義者なのかも?と思わせた。

マンガ家によくあるある・・・で、1日でタバコ一箱空にするほどのヘビースモーカーだったとかで、ひょっとして体調崩されたのはこのせいか?
いや、急性硬膜下血腫という事は、どこかでブツけられたりひっくり返られたのだろうか?

多くのつぶやきや投稿にも述べられてたように、ドラゴンボール集めて、先生を蘇らせたい!

ステキな作品、今までほんとうにありがとうございました!

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

昨日の顔本トラブルに思う

 

昨日の昼facebookがつながらなかった件、サポート会社もアタマかかえるような状態で、全く復旧せず、午後5時前にやっと復旧した。
どうやら、人それぞれによって復旧した時間が違ってたようだ。~なぜか携帯からはつながってた~

このせいで、延々約6時間悩まされ、受身的でムダな時間を費やされた。
つぶれた予定は、昼めし食べに外出できなくなった位だが、それでもまるで、ムダな日数を、老いの年数を、加速させられたかの如く感じた。
こんなんだったら、昼寝してたほうがマシなような思いだ。
水曜日はいつも、正午前後にフィットネスクラブ行ってるが、この日は起床がものすごく遅かったので、今からは間に合わないと判断、キャンセルした。
尤もその遅かった起床も、同じくゆうべのfacebookがつながらないのに悪戦苦闘してて、寝たのが夜明け前となったせいであるが。

SNSだから壊れたりおかしくなったりするのは有り得る事だが、こんな長時間に亘って、しかも2回もエンコするのはいただけない。

オレは若くないんじゃ、時間をムダにしたくないんだヨ!


顔本未だ復旧せず!

ゆうべ午前0時頃、突然変な音と共にフェイスブックが見れなくなってしまった!

アドレスとパスワードを入れたり、新たにアカウント取ろうとしても全く受け付けず、復旧せずに悪戦苦闘の真夜中だった。
”顔本自体のトラブルかも?”と別のサイト見て見れば、やはりそうだったので少し安心した。

3時か4時頃だったかな?復旧して再度見れるようになり、ようやく就寝出来るようになったが、今朝起きてPC見るとまた同じ現象!

同じように、パスワード入れたり送られてきたセキュリティコード入れたり、新たにパスワード作って入れても、ゆうべと同じで全くダメ。
なお、携帯からはちゃんと見る事が出来てるのが不思議。

いったいどうなっとんじゃ〜!!

ちょうど10年経ちにけり

つぶやきにも書いたとおり、本日は、ラブラブ!ドキドキキスマークなお店にいたオレと非常に仲の良かった女子店員サンが卒業した日である。
卒業の理由は、”春から大学院へ進学し、その後は留学する予定だから”との事だった。(下記日記参照)

 


最後の日、あんな事こんな事をしながら彼女が「寂しくなりますねえ・・・。」とつぶやき、オレは”そういう気分は一過性ですぐに消えるやろう。”と思っていたのだが、それから数年間は彼女の言うとおり、月に帰ったかぐや姫のおじいさんおばあさんの心境になってしまい、元カノと別れた時でさえも感じなかったのに、生まれて初めて”寂しい”という実感を抱いた。

別れた次の日簿記2級合格、数か月後にたぶろう展で佳作賞受賞、上野の森美術館でも上位入選と、他人から見ても次々に良い出来事が我が身に起こり、また新たな挑戦としてFP3級の資格勉強をはじめていたが〜翌年合格〜、心はやや空虚であった。
まあ、元カノにフラレた前後から追い打ち掛けるように不幸な出来事が次々と起こった昭和60年時と比べれば、はるかに良いのは確かだが。

おそらく、それまでの自分の人生で、自分の性格や思いや趣向などにピタリと合った女性に出会った事がなかったので、余計そういった気持ちになったのだろう。

それでも、”彼女は大学院で頑張ってるだろう、オレも頑張るゼ!”と、本業の仕事や先のFP3級勉強、絵はもちろん、音楽教室での活躍や鉄道日帰り旅などをしたりしていた。

その年の12月、他の店で働いてるとかなんとかの噂を耳にし、会いに行きたかった。
だが、「もう3月2日でキチンとお別れの挨拶をしたんだから、やめよう!」と、心にブレーキを掛けて踏み留まった。
”大学院で勉強する”というのは、ウソだったんかな?よく似た全くの別人だったら良いが。

先に述べたように、それでも数年間はその当時流行っていた林部智史の「あいたい」を耳にするたび、会いたくなる事が多々あったし、市松人形を見るたび、ソックリだった彼女を思い出したりもした。

今日でまる10年。オレも還暦になったのでもう良き思い出となってしまい、女性に対する見方も少し変化した。
彼女も30台になってるので、既に結婚してるか外国へ行ってるのかも知れないし、お店で働いてた事自体が黒歴史なのかも知れないし、ひょっとして本当の事を知らないままのほうが良いのかも知れんが、オレにとってはたのしいひとときだった事は間違いはない。


(写真:彼女にもらったチョコの残骸と手紙)

SUN GLASS STUDIO KYOTO 「お雛さまと春の器たち」展

失恋記念日当日、次の日へ廻す予定だったSUNGLASSSTUDIOさんの「お雛さまと春の器たち」展へ行って来ました。
場所は石清水八幡宮前駅の駅前ギャラリー。

神戸の件の歓楽街へ行くまでに、時間的余裕が充分あったので、「もう今日に行っておこう!」で立ち寄ったのですが、次の日は雨降ってたんで行ったのは正解でした。

先生はおられず、弟子の方と販売担当の年配女性のみでしたが、お2人とも顔見知りでした。

今回は春を意識したせいか、ピンク色や桃色の作品が多かったような気がしました。
これらの淡いがきれいなピンク色桃色のグラスが、ホント、春の兆しを告げるかのようでした。

また、お雛さまも例年にない多色で彩られた美しいものが鎮座してました。

 

緑色したペンダントの新作も飾られてて、「男だからこんなの付けないですよ~!」と言ってたものの、試しに革ひもで付けてもらったところ、意外とオレみたいな奴でも合う!って事は、殆どの男性にはフィットするという事だな。



そして今月中旬、ついにワタクシ、還暦の手習いでガラス製作体験を致します!
動きが不器用かつ自分流にやってしまいがちな事があろうかと思われますが、がんばって何か作って来ます!

 

鳳凰雲?

石清水八幡宮へ参拝し、最後、ふもとの頓宮でお詣りをした後、ふと振り返って空を見上げれば、鳳凰のような雲が!

 

オレンジ線でなぞったが、コレ、どうみても鳳凰だ!
足がやや人間ぽいが、はばたき方や首、顔のあたりは、鳥にしか見えん!

これで本当に幸せが来ればいいのだがな。

石翠亭の厄除うどん

毎回石清水八幡宮へ行った折り、駐車場そばにある食堂、石翠亭に立ってるのぼりに「厄除うどん」とあり、前から気になってたので、今回の失恋記念日の昼飯はこの食堂で取る事とした。

お目当てはもちろん厄除うどん。他にかき揚げうどんやカレーうどん、カレーライスなどもあり、本当の事言うとそれらのほうが食べ応えがありそうでそそるんだけれども、不幸なズンドコが再び起こらぬようにと、やはり厄除うどんを選んだ。

写真のとおり、紛うことなききつねうどん!揚げはやや大きいけども、見てのとおり全体的に量は少ない。うどん自体も一般的な駅の立ち食いと比べれば少なめだ。

味はだし汁であっさりしている。サイドでかやくご飯頼んだので、コレでまぁ腹を満たした気分になる。

「減量してるし、昼にそんなに食べるモンではない!」と思ってる人にはいいだろう。

昨日のダイジェスト

また今年も失恋記念の日がやって来た!
今回は珍しく朝10時半頃には家を出れたので、割とサクサクと行程を進める事が出来、次の日に廻す予定だったSUN GLASS STUDIO KYOTOさんの展示会にも行けた。

 

今回は初詣で行きそびれた、同じ男山山中にある神応寺と杉山谷不動へ先に参拝、その後いつもの如く、最後のデート場所であった石清水八幡宮へ参拝、今年も失恋記念日でお詣りに来た事、失恋と前後して追い打ちを掛けるかの如く、自身に不幸な出来事が次々と起こり、それらに対して受身的に対処しなければならず、そこから脱出するのに数年かかった事、もうそんな苦労をしたくない旨などを述べた。
そして、現在は可もなく不可もない情況であるが、還暦になりもう恋愛などをする思いではないが、自分の家の行く末が心配な事、老後お一人様生活になりそうだが、顔張って前向きな老後お一人様生活を過ごして行く旨を述べた。

昇殿もしたが、そういうわけで今年は”良縁祈願”ではなく、”厄除開運”を願った。
やはり三連休の真ん中ともあって、参拝客も結構あった。

山を下り、麓の頓宮で最終の参拝をして空を見上げると、鳳凰みたいな雲が現れた!
”これから良い事あるからな!”という神からの御啓示であろうか?
但し、足の部分は写真のように人間みたいな感じだったけど。


 

大鳥居を出、爆弾衝撃マル秘バスタブの店参戦まで時間があるので、あくる日に廻す予定だったSUN GLASS STUDIO KYOTOさんの展示会へ訪れ、お雛様をメインとしたガラス工芸を観賞した。
今回出品数は少なかれど、新作が多かったので目を楽しませていただけたが、この事に関しては後日の日記で述べる。

それからここ数年、コロナウィルスや他行事への参加で数日後に廻していた恒例行事である、爆弾衝撃マル秘バスタブの店へ参戦した。フルタイムで笑顔なかわいらしい女子店員さんであった。

夕食は元カノとの最後の晩餐であったケンタッキーフライドチキンでし、最後の詰めに帰宅してパワー付ける為E.YAZAWAのライブ観賞を観れた。
E.YAZAWAは74歳だが大病にもあわず、歌は年寄りがかったボイスになっているが、この存在感や迫力は変わらない!
ライブに参戦している多くのファンと同じく、長年この人に憧れて人生を生きてきたつもりなんだが、彼のようになれなかったのは何がダメだったんだろうか?

いつもよりも早く家を出たせいか、ここ数年コロナ禍や悪天候で励行出来なかった行程を1日で全て励行出来たのでよかった!
でも、電車の中ではよく寝てたので、疲れてたのかも知れん。

またこの日がやって来たーァ!

本日は私の第●■回目の失恋記念日であります!

とは言えど、別れたのが昭和の時代だったし、その時に産まれていなかった人達が家庭を持ち、その子供も大きくなってるようなありさまだから、自分でもなんとなく、”辛い日だった”と言うよりも、少し形骸化して”その行事を励行する為の日”になりつつある。

いつものように、最後のデート場所だった石清水八幡宮へ行き、祈願をしてもらい、初詣時に参りそびれた周りのお寺へもお詣りに行く事とする。

その後は、神戸の爆弾花火秘密🛀の店へ行って、ケンタへ寄り、帰宅後パワー付ける為、矢沢永吉のライブビデオを観る事とする!

たまたま、SUN GLASS STUDIO KYOTOさんが駅前で展示会しているが、コレは次の日に廻す!
1日でぜーんぶこなしたいけれども、やはり無理!