てつりんのブログ -41ページ目

人間ドックで、おおー疲れた!

今日は朝の8時から人間ドックを受診、午前11時35分頃に終わった。

なんでか知らんが、終わったら疲れた!
気力も体力も使ってないのに、悩み事があったり、疲れるような事もしてないのにね。

今年すい臓MRI検査もプラスしたので、金額がトータル¥62,260と、一瞬目を疑った位の う゛ぇりーえくすぺんすぃう゛だが、疲れたのは財布の中身で、身体が疲れたワケでもないが。

とにかく、だるいので寝る!

 

野上電鉄廃止30周年の今日

本日は、自身の”鉄”趣味に多大な影響をもたらした鉄道で、和歌山県の海南市から登山口までを走っていた野上電鉄の廃止30周年である。

昨今では、九州であそBOY牽引していたSL・8620が引退、本日は根室本線富良野~新得間が廃止になってるので、地方鉄道は既にメインの交通機関ではないのかも知れない・・・。

朝10時20分頃始発駅に乗り、到着が午後1時20分頃。結構かかるんやなあ・・・。
ソレにしても、南海は関空へ行く路線がメインで、特急サザンが一時間に1本程度しかないのには驚いたが。
海南市の起点だった駅の跡は、10年前と比べて、駐車場や一戸建ての住宅がポツポツと立ってはいるけれども、まだ空地のスペースん方が多い。なんでだろう?

 



ここから途中まで、元線路であった遊歩道があるので、その上を歩いていく。
左膝に痛み抱えてるとは言え、普通に歩けたが、それでも普段よりは少し遅い感じだ。
写真で御覧のように、元線路や駅があった所は、一戸建て住宅や道路になっていて、一体どこをどのようにして土地の区画整理をしたのか、まるでわからん。
その遊歩道の歩行中、挨拶交わしたバトミントンしてた少女たちや、野球していた少年たちは当然、ここに鉄道が走ってた事を知る由もないだろう。

 

 

所々に畑や古い木造家屋があって、やはり郊外の町だなとは感じさせるが、瀟洒な一戸建て住宅やドラッグストア、コンビニなどが増えてるので、30年前の雰囲気とはかなり違う。
一方、背後の山々や途中橋で渡ったり右横に流れる川は同じなので、迷う事はないけども。




 

 

途中、撮り鉄が絵になる撮影スポットとしてよく取り上げていた、野上八幡宮へも参拝に訪れた。以前よりもキレイになっていて、地元高校の書道部と美術部作のデカいオリジナル絵馬や文字入りの絵画を飾られていた。
じっくりと見たかったが、この時点で午後5時くらい、登山口午後6時30分発の最終バスまで時間がないので、サラッと見るだけであった。

かつては短いトンネル潜った所にあったお寺や、駅ホームそばにあった工場のそばも通り過ぎ、午後6時15分頃、登山口駅跡に着いた。

ココはかつては野上電鉄の終着駅で、現在は大十オレンジバスの車庫となっていて、駅やホームは跡かたも残っていない。但し、駅前にある、営業しているのかどうかわからない2,3の商店の建物は健在なんで、ココがかつての駅だった事はわかる。

貴志川を見つめながら、少しの間感慨に耽り、最終バスに乗るため、停留所のある車庫へ行った。

往路は当然歩きだけで、交通機関を全く使わなかったので、普段自分が行なっている私鉄巡りのように、”乗った、降りた”が出来ないので、現役時には訪れたけど今回は訪問できなかった場所も多かった。

30年前のこの日、撮り鉄、乗り鉄、にわか鉄などに囲まれて、消えて行ったこの鉄道を、現在、懐かしんで訪れる者は誰もいない・・・。

だが次回は、廃止記念や廃線跡巡りうんぬんというよりも、純粋にこの地を訪ねて周って楽しみたい。

 

 

参照日記

 

 

 

どこがミニサラダ?

昭和の香りがプンプンするシブい店内の喫茶店で、モーニングセットにミニサラダ付きで頼んだところ、パンより先にドリンクとサラダがやってきたが…。
コレ、ミニサラダにしてはデカないか?
普通の定食についてるのよりも多いぜ。

まあ、いいや。たくさん野菜を食べて元気な子、昨夕は高山らーめん食って野菜食べなかったから、コレで五分五分だろう。

いわくつきの食堂車

 

この写真の客車、オシ17は食堂車で、長距離を走る特急列車や急行列車によく連結されていた。
それまで定員30名だったのが、車体を拡大した為40名に出来た食堂車で、その後の国鉄食堂車の基本構造を確立し、大きな影響を与えた。
その反面、厨房はまだ技術が発達していなかったので、電気レンジではなく古風な石炭レンジであった。
また、一部に戦前客車の廃車発生品を使用していたが、台車は最新型の乗り心地の良いものであった。

ところがだ、1972年11月に、夜行急行列車「きたぐに」が北陸トンネルで火災事故を起こし、この食堂車が出火元であった事から直ちに全車の使用が停止され、教習車となった2両を除いて残りは全て廃車となった。

そんな曰く付きの車両であるにも関わらず、買ったのは、自分の長距離急行列車「雲仙3号」に繫げたいが為。
「雲仙3号」も事故以降は食堂車を連結していないし、牽引させている機関車も1973年製造なんで引っ張ってる筈がないので、増備する必要なんてないのだけれど、長距離列車に食堂車ないとなんか締まりがないのと、近々その年代の牽引機関車も発売される事となったので、悩んだ末買う事とした。

現在は食堂車どころか、長距離列車や夜行列車も殆ど壊滅状態だが、コレ繋げて、自己満足・・・、古き良き昭和の時代を楽しむとするか?!

ほくろが隆起して血の塊になってポロリ!

この写真の、私の左こめかみ、眉毛のはし下部分を見ていただきたい。

この時はまだ、薄いほくろの状態で、それほど隆起していなかった。

 

ところがだ、ここ数カ月で陀羅尼助丸のようにデカくなり、気になって触るクセがついていた。

 

そのうち血が噴き出して、下の写真如く、血の塊となり、次の日に取れると、かさぶた状態に変貌、今はシミのような感じになっている。

この間、皮膚科へ行き、「加齢によるもので皮膚がんではない。」と言われ安心したが、顔にこんなものが付いてたら余計じじむさく見えるゼ!

 

 

またもや湿疹!

以前の日記でも何度か述べてるが、オレの不治の病みたいなのが、この、指の湿疹だ!

ちょうど失恋した頃から出来始め、その時は左薬指の指紋が消えて皮膚が固くなる程度だったが、30台の頃から両手指ともあかぎれみたく手が荒れるようになり、その都度皮膚科へ通っている。

処方箋塗り続けるとようやく治るという感じだが、数か月後にはまた同じ事の繰り返し!
特に手を洗った後、ハンカチやタオルで執拗に拭き取らないでいると、そうなる。

鉄道模型、楽器演奏、絵の制作・・・、全て指先を細かく使用するので、薬ベタベタの指では困るのだ。
鉄道模型では塗装仕上げあと一歩のところで触ってしまって薬が付いてしまい、落とすのにかなり手こずり、ギターはネックの裏の塗装が異様な剥げ方をしてしまった事がある。

なお、市販の薬では、オロナインH軟膏やメンソレータムはやや効果あるが、ニベアクリームはあまり効果がない。薬と保湿クリームの違いだろうか?

模型いじりやギター演奏を終えてから塗るのがいいんかも知れんな!

Who Is This ?

件の新作に取り掛かってるのだが、少々のネックに立ちはだかっている!

前回とは違って、登場人物のうち数人が知人なんで、顔描くのに手こずってるのだ!

で、下絵があまりにも似てないので、一旦一番最初に構想を描く自由帳に、その人の顔を何回も描いて手とアタマに覚えさせてるが、今んところ、どれもこれもがあまり似ていない。

モチーフにしてる人は、確かに中年だけれども、こんなに老けおやぢぢゃないゾ~!


 

新作に取り掛かりはじめる!

という事で、今年のたぶろう展へ出品する予定の絵の制作をはじめました。

今回の絵は人物はたくさん出ているけれども、それほど細かな表現はしなくても出来そうだから、着々と進められるだろう。

また、Nゲージ鉄道模型車両の製作や整備は溜まってるけれども、昨年沢山の車両を製作ならびに整備したんだから、数カ月位休んでもイイだろう。

しかしそれよりも、後日の日記で述べるが、母親の介助をしなければならないという現実があり、コレとどう折り合わせていくか?だ。

 

で、コレがそのグラスだぁ~!

10日の日曜日にSUNGLASSSTUDIOさんの吹きガラス体験で製作したグラスが、今日家に届いた。

 

ゆっくり時間をかけて冷却させる為、次の日以降の引き渡しとなるので、ゆうパックで送ってもらった。

 

見よ!この美しきグラスを! このどっしりとした安定感、壺のようになだらかな丸三角形のスタイル、これなら倒したりする心配もないゼー!

選んだクリヤーブルーの色が縁に出て、器の下部分にもほんのり青みが掛かってて、美しいではないか!

と、先生にかなり手助けしてもらったにも関わらず、自己満足に耽り、自身を褒め称える還暦のアホであった!

 

還暦の手習い・吹きガラス体験

2日前の日曜日、かねてからファンであったSUNGLASSSTUDIOさんの工房へ、ガラス造り体験に行って来ました。

展示会の日記UPした後に、いっつも「体験行きたい!」「行く!」ばかり書いていた割には、先生との都合が合わず全く行けてなかったので、行く行く詐欺になりかけだったが、今回ようやく行け、体験してきました!

場所は京阪橋本駅から徒歩10分くらいの住宅地。あたりは普通の一軒家ばかりなんで、「え゛っ、ココがそう?」という感じでしたが、点火した窯が2個あったのと、使用済みの窯が外に出てたので、わかりました。

どんなのを造りたいかアンケートで訊かれ、やはり今回は定番の器にしました。但しよくひっくり返すんで、底を少し安定感のあるものにしたいという希望は出し、色ガラスもブルー2色でキメたいと述べました。

窯の中に金属パイプを入れ、溶けたガラスを付ける所までは予め先生が行なわれ、体験者の私はソレをガラス付いてない片方の先から吹くんですが、この吹き加減が、人間ドックの肺活量健診如く思クソ吹くんではなくて、やさしく吹く、と。



ところが、あまりにも優しすぎたのか、「もうちょっと強く吹いてください。」と言われ、やや強めに吹きました。

それを2.3回やり終えた後は、口を開ける為、今度は座ってパイプ棒を回しながら、棒先に付いたガラス口に内側から木片の先に付けた布切れのようなもので回して内側から形整え、口の部分を金属火ばさみのような工具で整えて、概ねの形が整いました。

 

あとはその棒をコツーンとやさしく1回叩いて作品のコップが取れてほぼ完成、あとはガラス作品を安定した温度にする器械に入れて1日で完成となるとの事。

全行程で約34分。あっという間で、もうちょっとやりたいな的な余韻が残りました。
次回は皿を作ってみたいな!