
野上電鉄廃止30周年の今日
本日は、自身の”鉄”趣味に多大な影響をもたらした鉄道で、和歌山県の海南市から登山口までを走っていた野上電鉄の廃止30周年である。
昨今では、九州であそBOY牽引していたSL・8620が引退、本日は根室本線富良野~新得間が廃止になってるので、地方鉄道は既にメインの交通機関ではないのかも知れない・・・。
朝10時20分頃始発駅に乗り、到着が午後1時20分頃。結構かかるんやなあ・・・。
ソレにしても、南海は関空へ行く路線がメインで、特急サザンが一時間に1本程度しかないのには驚いたが。
海南市の起点だった駅の跡は、10年前と比べて、駐車場や一戸建ての住宅がポツポツと立ってはいるけれども、まだ空地のスペースん方が多い。なんでだろう?

ここから途中まで、元線路であった遊歩道があるので、その上を歩いていく。
左膝に痛み抱えてるとは言え、普通に歩けたが、それでも普段よりは少し遅い感じだ。
写真で御覧のように、元線路や駅があった所は、一戸建て住宅や道路になっていて、一体どこをどのようにして土地の区画整理をしたのか、まるでわからん。
その遊歩道の歩行中、挨拶交わしたバトミントンしてた少女たちや、野球していた少年たちは当然、ここに鉄道が走ってた事を知る由もないだろう。

所々に畑や古い木造家屋があって、やはり郊外の町だなとは感じさせるが、瀟洒な一戸建て住宅やドラッグストア、コンビニなどが増えてるので、30年前の雰囲気とはかなり違う。
一方、背後の山々や途中橋で渡ったり右横に流れる川は同じなので、迷う事はないけども。
途中、撮り鉄が絵になる撮影スポットとしてよく取り上げていた、野上八幡宮へも参拝に訪れた。以前よりもキレイになっていて、地元高校の書道部と美術部作のデカいオリジナル絵馬や文字入りの絵画を飾られていた。
じっくりと見たかったが、この時点で午後5時くらい、登山口午後6時30分発の最終バスまで時間がないので、サラッと見るだけであった。
かつては短いトンネル潜った所にあったお寺や、駅ホームそばにあった工場のそばも通り過ぎ、午後6時15分頃、登山口駅跡に着いた。
ココはかつては野上電鉄の終着駅で、現在は大十オレンジバスの車庫となっていて、駅やホームは跡かたも残っていない。但し、駅前にある、営業しているのかどうかわからない2,3の商店の建物は健在なんで、ココがかつての駅だった事はわかる。
貴志川を見つめながら、少しの間感慨に耽り、最終バスに乗るため、停留所のある車庫へ行った。
往路は当然歩きだけで、交通機関を全く使わなかったので、普段自分が行なっている私鉄巡りのように、”乗った、降りた”が出来ないので、現役時には訪れたけど今回は訪問できなかった場所も多かった。
30年前のこの日、撮り鉄、乗り鉄、にわか鉄などに囲まれて、消えて行ったこの鉄道を、現在、懐かしんで訪れる者は誰もいない・・・。
だが次回は、廃止記念や廃線跡巡りうんぬんというよりも、純粋にこの地を訪ねて周って楽しみたい。
参照日記







