詞を載せるんだ!・その1「桜の樹の下で」
DEEP PURPLEのロック史上最高の傑作曲である”スモーク・オン・ザ・ウォーター”にインスパイアされて、思いつきました。
あまりにも情けない歌詞なんで、どんなにカッコイイ曲を付けても、どんなにシビレるテクニックや音で演奏しても、お笑いロックにしかならない!
「桜の樹の下で」
卯月の初め俺達は嵐山へやってきた
もちろん花見宴会をするために
アウトドア気分で自炊を始めたが
火の力が弱くて春風に消されてしまった
桜の樹の下の大惨事
桜の樹の下で・・・
自炊をあきらめ酒とつまみで乾杯
馬鹿話噂話で俺達は盛り上がった
ところが俺達の誰か知らぬが
さっきのなべを転がし
まわりの外国人に笑われてしまった
桜吹雪に舞い散るすきやきの具
桜の樹の下で・・・
(Guitar Solo)
すべてが終わって帰る時
どこかのOLがバカ騒ぎ
見つかり引っ張り込まれて
また花見宴会をやらされて
今夜はどうやら帰れそうもない
桜の樹の下の大惨事
桜の樹の下で・・・
(Keyboard Solo)
嘘かまことかまことが嘘か?
四月バカという事で、本日はオレもウソをつきまくろう!
“女は嘘つきである!”と、とあるハードボイルド作家が仰ってたが、ソレなれば男であるオレも、誰にもメーワクかけない大嘘ついてもイイだロ?
鐵輪童子。彼は日本の著名な貼り絵画家、鉄道趣味評論家、ミュージシャン、会社経営者である。
中流家庭に生まれ育ちつつも、若い頃は友人との人間関係の狭間で悩み、ビル清掃員から身を起こし、サラリーマン生活を経て、倉庫現場作業員に降格と、人生の苦渋を味わった。
そういった苦労をしながらも、“自身の人生にて己が賭けるものは何か?”を常に自問自答しながら、趣味である鉄道、音楽、貼り絵をただ単に、楽しむ、自己満足に終わる、だけでなくして、“自分の得意分野で以っていかに世の中に貢献、寄与が出来、質を上げる事ができるか?”を常に我が身に問いただし、右往左往試行錯誤しながら、これらの趣味を育成・発展させ、質を上げていく事を成功させた。
その御蔭で、現在彼は、東京で優雅な豪邸に住み、貼り絵画家兼ロックミュージシャン、鉄道界のカリスマとして、世間から注目を浴びており、一目置かれてるような存在である。
また、穏やかな性格と対等目線で人と接する性格が幸いしてか、彼を慕う人は日本のみならず、南北アメリカ、ヨーロッパ、アジア諸国にも多い。
奥様は恋愛結婚した、モデルのようなスタイルよき美人の自営業者で、実業家特有の険のあるキツさがなく、心やさしくしかも彼をしっかりとサポートしており、まさに理想のカップルである。
このように、公私ともども充実したライフスタイルを確立しており、皆から羨望の眼差しで見られているにも関わらず、彼は“コレらの成功は自分だけではなく、自分を支え助けて下さった全ての人々のおかげである”、“人生死ぬまで勉強だ!”と自慢する事なく、謙虚にふるまっている・・・。
コレが全て、嘘から出たまことにならん事を!
(エ~かげんにせぇー!この四十路貰いそびれオヤヂーィ!)
姫路駅の味名物
は、以前の日記でお話ししたホームにある、まねき食品の”駅そば”であるが ~全てのホームにあるのがスゴイ!ソレだけ有名でウマイのか?~ 、同社は駅弁も製造しており、コレらも、サンプル見てるだけでもオイシそうで、実際にウマイ!
以前、”鮭のお弁当”という800~900円のヤツ買ったんだが、ごはんに鮭のフレークがかかってるだけなのに、非常にウマカッタ!おかずも付いてて、これは普通の味だが、やっぱウマイ!
残念ながら、このお弁当は駅ホームの高架化とともに、ホーム内では買えなくなり駅の外にあるお弁当屋さんで販売しているが、写真のような、普通タイプの幕の内はホームで買える。コイツもごはんがプリプリしてて、おかずも写真で見るように、万人の欲求に応えられるような品目が一とおり入ってるので、姫路行った際には、是非とも駅そばとこの弁当を食してみる事をおすすめします!
但し、午後7時位なればもう、在来線の方の売店は閉まるようなので、早めに購入したいところ!
楽器ヤめぐり
もしてみると面白い!憧れのミュージシャンズモデルや自分の欲しいモデルが見れたり、試奏できたりする!
しばし、”楽器屋に忍び込んで楽器を盗む”んではなくして、”銀行強盗如く、楽器屋丸ごと乗っ取りたい”気分になってくる!服と同じで、その日その時の気分やTPOにあわせて、たまーぁに使いたい気になるからね!
「俺はこのモデルしか使わねぇ!」と断言してる人も、色違いもしくは形はよく似てるが違うメーカーのモデルも弾いてみて、”おっ!”と感じる事もあるんではなかろうか?
また、格好はイイのだが、弾いてみて音がイマイチだったり、自分好みじゃなかったりして、ガッカリさせられる事もよくある。
だから、楽器購入する際は、弾ける弾けない関わらず、試奏する事は当然言えば当然であろう。
しかしどこもかしこも、店員は押しが強いネ!仕事やねんからしゃあない言えばしゃあないんやけど。オレはサラリーマンやってた時の口調のセンスで、どうにかうまく逃げ切ってるが。
”もっと人生を遊びなさい!”とは言うけれど・・・
最近また、憂鬱に悩まされ続けてる・・・。7年前のリストラ前夜に起こった情況そのままだ。
あの当時(2002年夏頃)は、鉄道やっても楽しめない、楽器弾いても楽しめない、恋人もいない、旅行行っても楽しめない、あこがれのミュージシャンのライブ見ても楽しめない、社会人サークルのイベントやオフ会出ても楽しめない、何をやっても楽しめない・・・、という情況であった。
一方、当時勤めてた仕事では殆ど戦力外扱いにされてたにも関わらず、当のオレはただ単に、“不況下でやむを得ず仕事が減ってるだけだ”、としか思っておらず、危機意識を殆ど感じていなかったし、当然何をするワケでもなかった。
つまり、メインである仕事の事で今の情況や将来を悩むのではなく、あくまで己れの欲望の事で虚しさを感じていたのだ。
今現在、あの時とほぼ同じ情況がこの身に迫って来ているような気がしている・・・。 “どうしたらエエんやろう・・・。”と口癖やグチが出てきてしまう。しかし、ちょっと考えてみる事とした。あの当時は、メインである仕事に関しては何も対処しなかった。で、リストラの一原因にもなってしまった。仕事頑張ってれば、仮にリストラが免れられなかったとしても、一生懸命してた事が他の事で活かせたり、あわよくば人生そのものに活かしていけたんではなかろうか?
そう、“こんな時こそメインである仕事をやらねば!”と。
あの7年前は、目前にヤバイ状況が迫って来てたにも関わらず危機感を抱く事なく何もしなかったが、今はそういうワケには行かない!
もっと気合いを入れて仕事をやろう!ソレに関する勉強も早くから手に付けよう!という事で、仕事に励み出し始めた。こないだのスピリチュアル・マーケットでは、“もっと人生を遊びなさい!”と言われたが、遊んでばかりはいられない。逆に、仕事を熱心にやってこそ、遊びも自分が賭けてる趣味も生き様も充実して来るんではないか?
と言う事で、自分で言うのも何だが、ココ1週間前から以前よりも仕事にもっと熱心に励むようになって来ている。
(写真・仕事用のファイル)
再び土座衛門ではなくドラえもん・どこでもドア&タケコプター
6年くらい前、別のネットサークルにて、”どこでもドアや、タケコプターがこの世に出たらば、 バスはおろか、鉄道は廃止に追い込まれるかもな!”、というハナシが出た事があったんだが、そりゃあ、どこでもドアがありゃあ、バス、鉄道は廃止になり、宅配便、郵便、ピザ屋、寿司屋の出前も様子が変わってきそうだな!
車やバイク、自転車は本当にソレが好きな人しか乗らなくなるやろうね。
当然歩く距離が短くなるワケやさかい、運動不足のデブや足腰弱い人が急増するやろう。
また、入場料を取ってる劇場や遊園地、コンサート会場の中にも入れるんで、その場合はどうするんやろうか?また、オレやったら女性しか入ってはいけない場所に入るのに使うと思うから、その場合は袋叩きに遭うだろう!まっ、ソレも楽しみだが・・・(あほかおめーは!)
一方、タケコプターは高所恐怖症の人には向かないのでは?また、アニメ見る限り、あまりスピード出せるとは思えない。それに、風の向きや強さ等にもかなり影響されそう。
土座衛門ではなくドラえもん・その1
今や、サザエさんと同じく、日本を代表するアニメともいえるドラえもんであるが、このマンガ、かなり昔から小学館の学習雑誌にて連載され、最初のTV放映もかなり昔にあったのを知ってる人はいるだろうか?
その最初のTV放映は、昭和48年4月より約半年間、日曜午後7時からやってた。確かファイヤーマンの後番組やったと思う。今とは違い、ドラミちゃんではなく、ガチャ子というアヒル型ロボットがドラえもんの妹であった。真面目で心優しいドラミちゃんとは違い、下品でやかましいキャラだった。半年しかもたなかったのは、裏番組がマジンガーZであったからだろうと思われる。そりゃあ、負けるわ!
その後しばらくは、小学館の学習雑誌や少年サンデーで連載されてるのみであったが、昭和53年頃から、グリコのお菓子キャラとして起用されるようになった。
そして、現在に通ずるドラえもんのTV放映は、昭和54年4月からで、日曜の朝8時半のスタート。
以上をまとめたらば、はじめは小学館学習雑誌の連載漫画だったが、次第に人気をあげ、TVアニメ化したがコケ、しばらくしてからお菓子キャラで再登場、そして再TVアニメ化に至ったというワケ。
のび太のおかんは勉強せぇと口やかましいが、あの頃のおカンは時代からして学歴至上主義で、どこの家庭でもそうだった。
また、初期に、未来の道具として出てきたものが、現在、製品化実用化されてるものも多々あるのは、時代の進化ともいうべきか?








