真っ赤なサニーよ、永遠に!
おれは実はクルマにも興味があり、んで以って大学合格時、ギターかベース始めるつもりの情熱がそっちのほうへ行ってしまったというワケでして、写真の真っ赤なB11サニー1300GL(マイナーチェンジ前の原型タイプ)に乗ってました。
当時は実家住まいだったんで、遊びに、サークルの資材運びに、家族サービスに、とよく乗ってましたが、ご存じの如く、最初に就職した会社が休みが日曜しかない ~因みに夏季休暇も1日しかない~ カイシャでしたんで、それから一気に乗る回数が減りました。
3年半後転職して「さあ!今度こそ運転するぞー!」と思いきや、8ヶ月後に東京へ転勤になり、向こうで落ち着けば持って来ようとも思うてましたが、周辺の駐車料金がべらぼうに高く、交通機関が発達してるので別になくても生活していけ、しばらくしてクルマ持ってる友人もたくさん出来、ドライブ等ではソイツらに乗せてもらっていたので、次第に持って来ようとも思わなくなって行き、遂には必要なしと感じ、クルマ自体運転しなくなってしまいました。
実家では誰もクルマを運転せず、おれ自身も正月以外帰阪する事が殆どなかったので、長年放置プレイ、ミレニアムに処分と相成りました・・・。
”サニーには非常に悪い事をした”と思い、こんな仕打ちをした運命に恨みを持ってはいるけども、東京、横浜ではクルマなしでも非常に楽しいライフスタイルを送れましたので、複雑な思いです。
教習所通いん時は、スカイライン等のカッコイイ車に憧れてましたが、乗ってた時は”オレにはおまえしかない!”と思ってました。
今となっては、あの笑っているようなフロントマスクが懐かしい・・・。
(写真は21歳当時のおれとサニー。)
綾部市へ行ってみました
7月最後の日曜日、綾部へブラリと行ってみた。
20歳ん頃、鉄道郵便局でバイトしてた時に、この地名をよく聞いていたのと、昔の後輩の出身地だったので、地名とその大まかな場所は知っていたが、クルマで通った事が1回あっただけで、地に足を下ろした事はなかった。
駅に降り、どこか名所はないかと地図見たら、ココがグンゼ本社がある町である事を初めて知り、工場の敷地横にある博物苑へ行った。
大きな土蔵造りの3つの倉庫ん中が博物苑で、養蚕関連の歴史蔵、グンゼ製品の歴史、技術のファッション蔵、現代のグンゼ概況の新機能蔵に別れている。
歴史蔵は普通の歴史資料館同様、養蚕の過程、かつての日本で盛んだった頃の機械化されてた昔の製糸業の資料館で、何気なく着てるシャツ等の原材料が、こんな複雑な工程で作られてる事を改めて思い知らされた。
ファッション蔵は主にストッキングの製造過程の資料館なんで、男のオレには、またそーゆぅ趣味もないんで、ふぅ~んって感じ。
新機能蔵は、“グンゼはストッキングや下着だけではなく、こんな製品も作ってます、あんな事もやってます”といった、んま゛っ、どこのメーカーにもよくある自社PR的な資料館だ。
庭にはバラ園があり、いろんな品種のバラが咲いていた。多種多様な品種の花だけじゃなくて香しい芳香もただよう・・・。
グンゼ博物苑を後にして、綾部の町をブラついた。西日本のどこにでもありそうな、ありふれた小都市の風景である。いつも思うのだが、このような風景には安らぎを感じ、コンクリ製のベッドタウンに住んでいてはあまり感じる事のない、目に見えぬそして物理的に感じない温もりを感じさせる。まあ、実際にこのような町に住んでたのは、東花園時代の5年間だけだったが。
適当にふらりと歩き回った後は、デンシャ乗って帰路に着いた。
以上、さらりと流してるように書いてはいるが、ココん処うまく行かない事ばっかしの息抜きにはイイ日帰り旅だった。
なくなってしまったジュース
コレは2年前、”世界のKitchenから”シリーズから出ていた、赤ワインで煮込んだマセドニアグレープ。スペインのマセドニア(フルーツポンチの一種)から、インスピレーションを受け、作ったのだとか。
リンゴ、マンゴー、バナナに赤ワインとオレンジ果汁をかけてなじませて煮込み、その後の仕上げにぶどう果汁とオレンジ果汁を加えて作られている。グレープとオレンジのほぼ中間の味で、グレープ果汁のねっとり感がオレンジ果汁の爽やかさで消されてるんで、飲み心地はさらっとしてる。とは言え、上記のいろんな果物が入ってるんで、それらが醸し出す上品な甘みとコクもある!
大阪市内の自販で、100円で叩かれてるのを見つけた時に買い占めたが、もうその自販からも姿を消してしまった・・・。
お願い、また、再販して栗~!!












