桜を愛でる
桜満開の時季であり、是非とも今年の満開の桜並木を見ておきたいと思い、出かける事とした。
場所は、近鉄田原本線箸尾駅周辺。
「どこやねん、ソコ?」と思われるであろうが、普通に田舎の川ん土手に桜並木があるだけの場所。
実はココは22年前、近鉄田原本線の乗りつぶしで来た事があって、その時は川の土手に咲いている風景に、誰も見向きもしようとはしてなかった。
俗に、桜の名所と言われてる有名なお寺や神社は、別に桜の季節でなくても美しいので、純粋に風景としてぶら
り楽しめる場所としてふらっと行ってみたのだ。
22年経った今も、桜並木の木々の下を歩いたり散歩したりしてる人はいるものの、近所の人たちばかしで、オレみたくコレ楽しみに来てる人なんていてなさそうだった。
「こんなにいっぱい桜の木があったか?」と思うほどたくさんの桜並木。月並みな感想だが、凄く美しい・・・。
その後、あたりの古い町並みも歩いて楽しんだ。
桜を堪能するのも数日しかなさそうだが、あと数回散るまで近所を散策してみよう。
御誕生日おめでとうございます。
この年代の芸能人やミュージシャンは、西城秀樹、郷ひろみ、野口五郎の新御三家はもとより、桑田佳祐、世良公則、Char、山本恭司(BOWWOWのリーダー)等、実に多い。
この年代の方々にはガキん頃から憧れの念があったし、年齢を感じさせぬ、いや、年を取るのを楽しみながら、人生を充実させている人たちが多いようにも思える。
森山氏もROCKが市民権を得られてなかった1973年頃から音楽活動を始められ、様々な苦労をなされながら、それらを克服かつ自身にプラスに活かし、現在も3人のメンバーを引き連れROCKの道を突っ走っている。
昨年は東日本大震災で心を痛めたり、病気でライブ中断せざるを得なかったりした事もあったけれども、変わらぬ楽器本来のサウンドを活かしたステージと、ノリが良いロックンロールや歌詞を活かしたバラードには、いつも心を打ちつけられている。
これからも、死ぬまでROCKし続けて行って下さい!
山の裏側はこうなっている
我が玄海灘交通クッピー線の背後のデカイ山、こん中にトンネルが通ってて、メンテナンスや脱線、車両置いてけぼり状態になった際は、いちいち裏側へ回って整備しなければならない!
なんでこんな無駄にデカイ山にしたのかは製作した本人さえも覚えておらず、おそらく何も考えもせずに作ったものと思われる。なんせ作ってたのが今からちょうど30年前、18のガキん時やったもんなー!

だから脱線には神経質になっており、勾配の土台や線路をグラツかず曲がらないようにしたり、線路と線路のつなぎ目部分に気を使ったり、レールの清掃を頻繁にする等している。
お陰さまで、市販の有名メーカーの車両はほとんど脱線もせずに済んでいるが、質の悪い車両だと脱線したりする事もたまにあるんで、それらでさえも脱線しないようにしたいところだが、そこまで行くともう走らせないか、動力を交換する事にしている。
宅建法定講習
間に休憩や食事タイムはあるものの、朝9時50分から午後4時までほぼ一日中缶詰め状態で、みっちり講習を聴かなければならない。
途中で何度も、“パトラッシュなんだかボク眠くなってきたよ”状態に陥ったが、内容そのものはパチスロみたいなあの陰険な試験問題ほど難しくない。それどころか、そんなにマニアックなものでもなかった。むしろ、一般の人たちが聴いてもちょっとした知識や為になったりしそうな内容だったんで、
「別に宅建の法定講習というスタイルじゃなくても、一般人向けと言う内容で講演してもイイんじゃないの?」
というのが率直な感想だった。
て事は、このような講習を法的に受講させる、てな事で、ざいだんほーじんは¥儲けしてるって事かね?
謹んでお悔やみ申し上げます
ドゥービー・ブラザーズのマイケル・ホサック、死去
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120315-00000914-bark-musi
私の敬愛するアメリカンロックバンド・ザ・ドゥービー・ブラザーズのドラマー、マイケル・ホサック氏が癌でこの世を去られた事を、14日Yahoo!ニュースで知った。
ホサック氏は1971年バンドに加入、それ以来ドゥービーズは、バンドの定番となるツインドラム体制にて数々のヒット曲を飛ばした。
”リッスン・トゥー・ザ・ミュージック””ロングトレイン・ランニング””チャイナ・グローヴ”等の名曲は、いずれも彼が在籍してた時のものである。
1974年頃、人間関係もしくはツアーの疲労によりバンドを脱退、しばらく地道に音楽活動を続けたり、経営をなされたりしていたが、フェアウェルツアーと称する、1982年時のドゥービーズ一旦解散のコンサートでは、トリでかつてのメンバーと共に顔を出して演奏、やせたクラシック芸術家みたいな風貌だったのが、はげ頭で体躯のいい風貌に変わっていたのには驚いた。
それから数年後、ドゥービー・ブラザーズが再結成された時には最初からメンバーとして参加、ニューアルバムをリリースしてない時期やツアーをしてない年でも「ドゥービーズは(これからも)やるぜ!」と熱く語られていた。
はげ頭&ブットい身体から叩きだすドラミングはまさに強大国家・アメリカ合衆国を象徴するかのようであった。私もステージで何度も堪能しており、影のバンマス的存在を醸し出していた。
残された正式メンバーやサポートメンバーはもちろん、かつて在籍したメンバーや世界中のドゥービーズファンもすごく悲しんでる事と思われます。
SAD SEE YOU GO・・・
完成しましたー!
2/15の日記で述べてた、家が2軒完成しました!
手前の1棟は予定どおり我が玄海灘交通クッピー線に設置、後方の1棟はピエロハーバーのジオラマに寄贈する。
ピエロハーバー行きのほうは、ほとんどそのままの素組みだが、玄海灘交通に置くほうは鬼瓦を付けたり、新しい扉を設置したりして小加工をしている。
古いプラモデルゆえか、土台のほうが建物本体より面積が小さかったり、壁面が歪んでたり、壁同士ピタリと合わせにくかったり・・・でやや組みづらく、結構騙し騙しして作りました。
(おそらく)階段部分のガラスブロック大窓などおしゃれで良い表現もあるものの、雨樋がデカかったりして、結構玩具的な箇所もある。まあ、ソコは模型なんだからそんなに本物に拘らなくてもね。
塗装は無塗装のままではおもちゃ臭いので、壁をややクリーム寄りの白で塗装、窓枠を明るい艶消しグレイとアルミサッシまたは艶消しの白としたので、結構落ち着いた感じになった。
そして、目論んでた本屋後ろの空地に設置したが、この典型的な日本の田舎の風景の中で浮いてるどころか全然違和感がない。それどころかなんか地味。て事は成功したという事か?
こんな風に外国の住宅を日本の風景に設置しても違和感がないのは、コレも戦後、住宅の洋風化が進んできたせいなのかなあ?
万博鉄道まつり2012
土曜日、万博公園にて鉄道まつりが開催されるというんで、近くゆえ行って来た。
しかも同時に駅弁やB級グルメの屋台も出るんで、コレは是非とも行かねばならぬ!
会場は太陽の塔のななめ背後にある、四つの大きなスペースで開催されている。
オレよりも濃そうなマニアもいた事はいたが、大半が幼き子供を連れた家族で、公園ゆえ、当然本物の電車や運転室のレプリカが展示されてるわけではなく、代わりに昔活躍してた機関車のナンバープレートや寝台特急のヘッドマークが飾られていた。
また、広大なスペースの割にはグッズ売り場もそんなに出てるワケではなく、マニアが頭に血を上らせ人を押しのけて買い漁ってるという光景は見当たらなかった。

また、レールをエンドレスに敷いて、子供を乗せて走る新幹線や阪急の列車コーナーもあった。もちろん乗りました!なんて事はありません。
メインの舞台ではなぜか、ほとんど鉄道と関係がなさそうな、どっかの大学のチアガールと応援団の熱演が開催されていた。鉄道むすめと呼ばれてる女性の講演もあったらしいが、見ていない。
オレは阪急と能勢電のブースで、写真のタオルやTシャツ、ケータイのクリーナー等、日常グッズを購入。

ジャンクBOXに鉄道雑誌や模型を詰めて売ってるブースもあったが、特に興味をそそられなかった。
駅弁やB級グルメ屋台だが、駅弁は広島の牡蠣弁当以外は正午頃に全て売り切れ。B級グルメんほうは、焼きそばやラーメン、どんぶり物は盛況だったが、パスタなど洋物グルメはなぜか閑古鳥であった。やはり、“洋食はレストランで食べるもの”という定説があるのかなぁ?
というわけで、今回の鉄道イベントではそんなに収穫があったワケではなかったが、近所で良いお昼の時間を過ごせたなと感じた。













