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人として「あたりまえ」ってなんだろう

人として「あたりまえ」ってなんだろう




・道徳


・倫理観


・礼儀


・マナー


・思いやり


・責任感


・時間厳守


・約束



同じような意味もあるが、だいたいこんな感じだろうか。


ふと思ったので書いてみた。



娘誕生!


遅くなりましたが、4/28の朝に娘が誕生しました!



仕事柄、会社規模からも文京区長のように育児休暇なんぞ
まだまだ取れませんが、ちょうどGWにかかってプチ育児を経験しました。


ちょっとだけ育児を経験しての率直な感想。



目が離せないから他に何もできんわ。



昔の「男は仕事」、「女は家庭」時代とは違い

今は男性も育児に参加することが時代。


反面、子供の数が減っている=未婚や結婚していても子育ての
経験がない人が増加しているということは育児の大変さが理解されない、
といったことに繋がる。


国の政策に頼るのは、あまり好きじゃないが、
こればっかりは国レベルで動かなければ普及していかないか。


これから、もっともっと育児の大変さを味わうだろうが、楽しみながらやっていこう。

将来、子供に見放されないような親になる為に。

アデコが遠隔面談を導入

アデコが遠隔面談を導入 NTT東日本と協業

アデコは4月15日からNTT東日本との協業で、派遣登録の遠隔面談を試験的に開始した。


引用:月間人材ビジネス

アデコは4月15日からNTT東日本との協業で、派遣登録の遠隔面談を試験的に開始した。
 同社では、これまで専門性の高い業務について、求職者が登録を希望した場合、その分野の知識を持つ特定のコーディネーターが面談を行っていた。そのため、派遣スタッフが、そのコーディネーターのいる拠点で登録しなければならないなどの課題があった。
 遠隔面談システムの導入により、派遣スタッフは最寄りの登録拠点で、インターネット回線を利用したテレビ電話を使い、面談を行うことができ、移動に掛かる時間や交通費などの負担を軽減できる。実施結果を踏まえ、2011年度内に全国に190ある登録拠点に導入する予定。
 遠隔面談システムは、NTT東日本が提供する次世代ネットワークを活用した光ブロードバンドサービス「フレッツ光ネクスト」や高機能のテレビ電話「ひかりソフトフォン」などを活用する。
 同社は、今後もNTT東日本と連携し、ITに関する知識を持たない求職者でも、「ひかりソフトフォン」などを活用し、自宅で仕事ができる「在宅ワークサービス」を年内に導入することも検討している。



光の普及し通信速度がもっと早くなれば動画が増え、
教育事業も動画メインになり、足を運んでのセミナーというのが減るのか。

いや、ただ動画だと一方通行なので、オフレコを期待する人にとってはやはり
足を運んだほうがいいし。

テレビ電話の画像も、速度もまったく滞りなく出来るようになるまで
まだまだ時間がかかりそうですが、いずれそうなるんでしょうね。


デジタルが普及すると人とのつながりが薄くなる危険性をどう解消していくか。


キャリアマトリックスが



廃止???



事業仕訳で「労働政策研究・研修機構」が対象となり


研修費用が一部削減、研究情報が廃止・・・。



キャリアカウンセラーとしてこの情報はありがたかったんですが廃止とは。




人間の土台づくり

人間の土台づくり



輝いている人は必ず土台がしっかりしている。


現在SNSなどの普及によりセミナーブームでもあるが、これらのセミナーの
多くはテクニック重視のものでないかと思っている。


テクニックとはノウハウ、成功事例、技法であり、確かに重要。

でもいくらテクニックを学んでも基礎ができていなければ絵に描いたモチ(ひこにゃんではない)である。


これは自分自身の体験もあって書いてあることなので机上の空論ではない。


人間どうしても外見に頼ってしまうのはしかたないこと。


しかし


・木は花、枝、幹、根からなるが、根だけは外から見えない。


・しかし、この根がしっかりしていなければ幹や枝は太くならない。


・そして花は最終的な成果物にすぎない。


・枝や幹がテクニックであり、根が土台である。



いくらテクニックを詰め込んでも土台を太くしていかなければ、吸収していかない。



土台とは


哲学、信念、思想、原理原則、精神的支柱、一般教養


である。


哲学とは理念、思想、信念、人生観、倫理観、道徳などを指し

基本は自分なりの考えであるが、突き詰めれば人として正しいことをである。


文化の違いはあれど、人生哲学は世界共通であり、迷った時の道しるべになる。

また人生における様々な場面で取捨選択の判断基準となる。


一朝一夕に出来ることではないが、常に意識して行動していこう。

農園の様子



だいぶ大きくなりました。

出産予定日だというのに、朝の8時から農園で雑草むしりをしてました。



奥がカブで、手前がハツカダイコン
高さにして5センチくらいです。

植物の成長って早い。





葛飾柴又キャリアの渡し

心に響く歌「人として」

心に響く歌「人として」



この仕事に係わるからこそ、特に響く。


人の為に、人の役に立ちたいという言葉


マザーテレサ級にもなれば雑念もないだろうが


私レベルでは、理想と現実を行ったりきたり



相手のためを思ってやったことが、感謝されない


それは感謝を期待しているからである


では感謝を期待しないで行うときもあるが、


それでも相手が望んでいない場合もある


では何の為に人のために、役に立ちたいのか



私はまだ一言では云えないが、それを模索中な状況には変わりない


何度も転職してたどり着いたこの仕事



図面を相手にする設計職から、電話で話すコールセンター、そして

対面対応するヘルプデスク、そして今の派遣コーディネーター


自然と人と接する機会の多い仕事ついたのは決して偶然でなく、



自分の興味なのだろうと感じる。


人として
http://www.youtube.com/watch?v=dHH6Kf0k3Gk

歌詞
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=36682

発芽



3/20にまいたカブとハツカダイコンが発芽しました。

通常は2.3日で発芽するそうですが、この寒さで10日くらいかかりました。


以下の写真は種まきから20日後(4/10)の状態。

通常なら1ヵ月で収穫できるはずなんですがあと1ヵ月以上はかかりそうです。



画像はハツカダイコン
(横から取ったから見づらくてスミマセン)



葛飾柴又キャリアの渡し

テスト勉強




日曜は日本考古学の単位修得試験

久しぶりの単修



出るだろうと予想される教科書前半部分を必死に暗記中。


日本最古の遺跡、石刃技法、ナイフ型石器文化、神子柴文化、オシポフカ文化


・最近まで最古と言われていた岩手県金取遺跡はⅡ、Ⅲ、Ⅳ層に石器を包含している


・Ⅲ層からは片面調整石器など31点の遺物が派遣、Ⅳ層からはホルンフェルス製チョッパーなど8点の石器が発見


・Ⅲ層は村崎野軽石層、Ⅳ層からは微量の軽石型火山ガラスが発見され、これにより9~8万年前とわかっている。


・石刃技法は3.2~3.1万年前(中国では2.9~2.4万年)


・ナイフ型は3万~細石刃石器の1.4万年前


・神子柴文化1.3~1.2万年

・オシポフカ文化1.3~1.1万年


・完新世は1.1万~1万年前のドライアイス期後で、このあたりから縄文文化、竪穴式が普及

5500年前の東北では竪穴式住居を4.5倍にしてクリの貯蔵庫を意図的につくっている


・一般に縄文文化は12,000年前頃から南九州から始まって北上


・しかし石器文化はユーラシア西部あたりから北海道から南下




昼休みの時間を利用して思い出しながら、書いただけの記録。。。

これ以上思い出せない。






哲学レポート(2)


第三章 行う(道徳・倫理)についてまとめ、日常意識として「日本における精神的支柱」を論ずる。


1.道徳・倫理

まず道徳と倫理の違いは何なのか。前者は個人としての人間のすべきことであり、後者は人間関係、人間社会の道徳であると考える。また、人の善意に関する事柄を道徳と言い、それに関わる学を倫理学とすることが出来る。そして、倫理学は人間の行為と生活に関わるすべてを意味し、道徳哲学とも称することが可能である。この2つの根源として共通することは、「人として何をなすべきか」であるが、その前提に善悪があり、当然のことながら善を行うことが暗黙の了解とされている。ソクラテスによれば、「何が善いか」を知る前に、「善いとは無いか」を探求しなければならないとし、前者は応用問題、後者が根本問題であるはずが現実には目的だけに目を向けられ、過程は注目されることが少ない。しかし、そもそも何をすべきかの根底には、意志が自由でなければならず、昔の奴隷制度という不平等下では人間としての尊厳も生きる希望もない時代であったことは言うまでもない。

 さて、その道徳・倫理には一定の基準、指標が古代の人により定められてきたが、以下にキリスト教、仏教、儒教のルールを見て行きたい。

 キリスト教の倫理の中心は神へ義の忠誠と、隣人への愛、すなわち己を愛するだけでなく同様に隣人を愛することが神への愛、そして忠誠として実現される。次に仏教であるが、はじまりはバラモンの祭儀方式の重圧と呪文の恐怖から民衆を解放するために生まれたものであり、倫理の中心は煩悩(欲)をなくし、誰に対しても慈悲の心を持ち続けることである。最後に儒教は孔子によって提唱されるが、あくまで国を治める為政者が対象である。

まず己を修め(道徳)そのあとに、人を治めることとする。そのために仁(内面的に自分を偽らず、人を愛し他人を思いやり、自分のわがままを抑え、自分の欲するところを他人に施すこと)が最も必要であると説いた。儒教は宗教とは異なり神仏、自然については希薄であり、現実的な人生の生き方を教えているところにキリスト教、仏教とは一線を引いている。

イエスいわく「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」や孔子いわく「己の欲せざるところを人に施す勿れ」ではいずれも自分の欲を抑え他人に奉仕せよという共通の想いが感じられる。日本の神社を例にすれば、奥殿には装飾品が少なく鏡だけが置いてあるが、これは心が澄んでいればそこに神の姿を見ることができるとされているからであり、煩悩をなくし、心をキレイにするという部分では先の3つと共通する部分が大いにある。

人間は行為が不完全であることから、完全を目指すために事を行うが、みなが各自でルールをつくり進んでいては一行に進まない。それを正すために古代の偉大なる先人が道徳・倫理を作ったのであろう。人間の行為が完全であれば、もはやそれは神仏と同じ領域である。



2.日本における精神的支柱

 わが国日本は無宗教国家と言われるが、神仏が共存する多宗教国家でもある。しかし、毎日神仏にお祈りするという人は限られており、多くの国民は七五三や初詣、法事、上棟式など年に数回の行事でしか関わることが少なくない。戦前は天皇万歳、お国のためという大義名分があったが、戦後復興によりGDPが世界2位という経済大国になり、人材教育は全国民に満遍なく義務教育(中学校)が施され、高校への進学率は98%、大学への進学率も50%を超えるまでとなった。にも関わらず近年は自殺者が年間3万人を超え、モノは裕福、ココロは貧困と例えられ日本全体が疲弊している感がある。

その理由は時代の流れと日本人の性格に合わない実力主義、そしてIT化が要因であろう。戦後、国をあげて復興させるという目標が無意識のうちに国全体で統一されていたこと、そして三種の神器である年功序列、労働組合、終身雇用によって企業への忠誠が自然と築かれ、毎年一定の新入社員が入社することで先輩後輩の関係が作られお互いに人間としての成長が計られていたが、今は国が裕福になり、情報過多と欧米における拝金主義の浸透により崩壊しつつある。

現在のビジネスパーソンは目標がないのに、無謀なノルマを課せられ追い込まれている。

それらが結果的に余裕をなくし自己中心的になり、日本人本来の礼儀正しさ、優しさ、

情を封じ込め、子供への教育まで影響していることは容易に推測できる。電車の中で座り込む若者、PCのバーチャル世代、キレやすい性格、人の命の重さを教育されていない若者、モンスターペアレントの出現など、注意をすれば逆に命を奪われかねない時代である。それらの出現によって子供が外で遊べなくなることで、コミュニケーションが不得意で閉じこもり内向的な性格の子供が増えてしまうことは重大な問題である。

今の日本人が持つべき精神的支柱とは何か。過去の日本では仏教、キリスト教、儒教と時代により精神的支柱があったが、今は自由となりすぎて各人に委ねられている。しかしそれが結果的に混乱を招き、統一した考えを持たない国となってしまった。「日本では科学分野の権威は多いが、哲学分野はいない。」これは武士道教育により形而上学の教えが遅れたからとされている。これが「Noと言えない日本人」像を作っているとしたら欧米の哲学教育はあながち間違いではなく自立した人間の育成には欠かせないモノであるかもしれない。

<参考文献>

武士道 新渡戸稲造著 岬龍一郎訳PHP文庫

本文文字数 2,166字