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CHOROQ COLLECTOR’S BLOG

発足から今年で33年目のチョロQコレクターズクラブ代表が綴るブログです。ここ数年はトミカとホットホィールにハマリ中。時々韓ドラとK-popネタやハワイネタも挟みます。

友人が住む都内K区。

ここは古い集合住宅が建ち並ぶ大きな住宅地だ。
付近には、昔ながらのパン屋や牛乳屋もあり、

70年代の面影を残した懐かしさが染み出ている場所だった。

ある日、久しく会っていないその友人宅を訪ね、僕はその場所へ来ていた。

この辺りは、以前車では良く来ていたので、

道路の土地勘はあるのだが、電車で来たのは初めてだったので、

細い道はわからない。しかし歩くとまわりが良く見えてくるものだ。


駅改札を抜けて外へ出ると、大きな交差点の角へ出た。

交差点付近は賑やかな商店街だが、そこから100メートルも離れると住宅地、

更に数百メートル進めば大きな会社や工場ばかりが見えてくる。

知人の家はその中間辺りにあった。

天気もいいし、ゆっくり歩いて行こうと思い、

周囲の古い景色を楽しみながら歩いていると、細い路地裏に、

子供の自転車がたくさん並び、その子供達がワイワイと遊んでいる店が見えた。
近づいて見ると、そこは昔ながらの駄菓子屋だった。


店の外には、50円で出来る縦長のゲーム筐体が数台並び、

外に置いてある段ボール箱の中には駄菓子やガリガリ君の袋が捨てられている。
懐かしい…こんな店構えを見たのは何年ぶりだろうか。

店内では子供達数人が駄菓子を買いながら、好き勝手な事を大声で喋っていた。
その子供達を掻き分け、僕は店内に入っていた。

台紙に貼り付いたミニプラモデルや、天田のカードコレクション、

銀玉鉄砲やソフトビニール人形など、商品棚には

僕らが小中学生の頃に売られていたであろう物が今も売れずに残っていた。


「ジェッターマルス」 「鋼鉄ジーグ」 「オタスケマン」
久しぶりに見る名前ばかりだ。 今の子供達は知る訳もない。

アイスクリームが入っている冷蔵庫の上に、

こまごまとした物が入っている容器がいくつか置いてある。

駄菓子屋でよく見かける酢イカや煎餅が入っているPP製ブロー容器だ。
その容器の中に入っている物を良く見ると、細かい物がたくさん入っている中に、

チョロQらしき物がいくつか見えた。


早速蓋を開けて中を見てみると、上層部の現行チョロQがまず見えた。

それらを取り除き、更に底の方まで見てみると・・・・・・


下には何と「はこのりチョロQ」が入っていた。


一つ一つ容器から取り出し、アイス用冷凍庫のガラス蓋の上に並べてみた。
ダブりも含め全部で11台。




初めて見た「はこのりチョロQ」。


十数年間この容器の中に閉じ込められていたお陰か、

ホコリも被らず無傷の新品状態だった。


続く。

1994年頃、ネコ・パブリッシング社より「クアント」が創刊された。


現在は「おもちゃクアント」という玩具情報雑誌だが、創刊当時は、
いろいろなジャンルの雑誌にある「売ります買います」ページを

凝縮したような個人売買情報誌で、ハガキ一枚で気軽に参加が出来た。



当時、インターネットが現在ほど普及していなかった為、

このような情報誌は、コレクターはもちろん、物探しをしている人や、

不用品を処分したい人にはありがたい存在だったと思う。

偽物やレプリカ、その他販売を禁止している物以外は何でも売買できた。

しかし、便利な反面、詐欺などの犯罪も多かった事と思われる。

僕も車のパーツやペット、書籍、音楽系など、

いろいろな物でお世話になった事がある。

特にミクロマンは充実した。

コレクターズアイテムの項目を見ると、時々「チョロQ売ります」

と書かれた欄を時々見かけた。



当時、クアントに掲載されていたチョロQは、大体が初期物で

価格帯は1000円~3000円。

現在のように、発売間もない物がプレミアム価格で

転売されるような事はなかった。それほど需要も無かったのだ。
競争相手も少ないので、往復ハガキを買ってきて、

「買います」と返事を出せば、大抵は買えるものだった。
稀に競合相手がいるので、他の人に先を越されてしまう事もあったが、

それは諦めてまた他を探す。



また、一度買うと、その出品者から直接手紙が届き、たとえば


「QQQ特別仕様車パックというのをたくさん見つけたんですけど、

希望される場合はお返事を下さい」


などと書かれているので、「全部買います」と返事をする。

リピーターを信用しているのか、送金する前に送られてきたりする事もあった。


このクアントにより、数百種類のチョロQを入手、

そして知り合った人達からは、その後も情報を提供してもらった。

この一冊がなければ、今のコレクションは存在し得なかっただろう。

なお、クアントで知り合った数人は、既にコレクションを辞めている人が多いが、

現在でも親しい友人として交流している。

本日は日曜日の休(Q)日という事で、
CCC所蔵コレクションをお見せします。

 

今回もまた、すぐに目に付いた物になってしまいました。
何の脈絡もなく選ばれた今日の一品は、
フェラーリF40・テストショット。

 




 

画像では判りにくいのですが、赤茶色のボディです。

 


 

コインホルダー部に、「T/5」と書かれていますが、
これは「5回目のテスト」の意味です。

 


 

シャーシの刻印は入っています。

 

同色のテストショットがもう一つありますけど、
それはまた次の機会に。

 

 

次回は19日、お楽しみに

 

僕がチョロQコレクションを始めるきっかけとなった前述の

京都に移り住んだ友人は、その後もコレクションを続けていた。


ウチに溜まりに溜まったチョロQを、彼に渡さず

僕が自分の物として集め始めた事には、最初は複雑だったようだが、

どちらにしても、そんなまとまった大金は払える訳もないし、

同好の仲間になった事は良かったらしい。
そこで、チョロQ探しの旅を敢行すべく、車で京都へ向かった。


彼の居住地は京都御所から、程近い所にあるアパートだった。
修業は楽ではないらしく、車も無いから遠出は出来ない為、

休日は部屋でのんびり過ごしていたようだ。
だから、コレクションもそれほど増える事もなく停滞気味だった。

早速タウンページを見て店の所在地を確認し出発。
東京と違い店の数が少ないので、一軒探すのに1時間以上かかる。

それでも何とか最初の店に到着。



しかし…



ここで問題が発生する。
必死に探すコレクターが同じ店に同時に居合わせると、

もし目的の物が一つしか無ければ早い者勝ちになるのだ。


僕が運転して彼は助手席、車を停めたあと、

先に降りて店内へ入れるのは助手席側だ。
案の定、彼は先に店内へ入り、当時としては珍品を発見。

僕が鍵をかけて店内に入った時には会計中だった。



「お前コソコソ何買ったんだよ?見せろ!」



「いや別に何でもないよ」



「嘘つけ!じゃあ見せろ!」



無理やり袋を開かせると、中に入っていたのは、
「えだまめ」と「ゼクセル」
スカイラインGTRの初期物だった。





売り場に行って見ると、既に一つもない。


「ふざけんなお前どっちか分けろ!」



「駄目だよ俺が先に見つけたんだから」



「じゃあ店の人に聞いてみよっと」



「無理だよもう無いよ!」



店員に同じ物がないか聞いてみた。
すると、奥の部屋へ行き、箱を持ってきた。


「あと1個ずつありました」

ヨッシャ~!


「あー良かったあったよ」

というと、彼は一言


「クソっ、まだ有りやがったか」



いやぁ、前から解ってはいたけどコイツは底意地悪い!

このあとからは、


「お前先に店ん中入るなよ」


「解ったよ!」



などと言い合いながら、数軒周った。
このあとも、この底意地悪い友人とは珍道中を繰り返す事となる。

ちなみに、この時の収穫は、


スカイラインGTR
えだまめゼクセル
チョロバイ
トヨタ・セリカGTT
ロータス・ヨーロッパ
VW2オープン
ランドクルーザー
GTラリーカーセリカ

Qレンジャー数種類

タカラの情報誌・3Dジャーナル8冊

と、ファミリアのミニプラモ。

下北沢の2丁目3番地には、その後も時々通い詰め、常に入荷を待った。

一般からの買い取りや地方に買い付けに行く事が仕入れの基本なので、

いつ何が入荷するかはわからない。

ある時、店長にこう言われた事がある。


「あー昨日来てればいいの入ったのに」


「いいの」とはメッキのチョロQだった。

当時、透明チョロQとメッキ加工チョロQは、傷の無い物を

ほとんど見かける事は無く、最も珍品だと思っていた。
それが前日に入荷し、すぐに売れてしまったとの事。


週に2度は通っていたのに、タイミング悪く売れてしまったようだ。
以前はコンテスト賞品が売れ残っていた事もあるのに、

最近は他にもチョロQ目当ての客がいるらしく、

油断は出来なくなって来ている。 ライバルが出現した。しかも4人。

そんなある日、そのライバルの一人と出くわす事があった。
紹介され、簡単に自己紹介をしたのだが、

敵意むき出しの彼は、自慢話で挑発してきた。


しかし、そんな物はサラリと交わし、発売されてから1年近く過ぎた

「ローソンチョロQ」の話を切り出すと、急に慌てだし

「いつから何種類出ているのか、複数持っていないのか」と

(顔は焦っているが)冷静に質問をしてくるのだった。



その時から、そのライバルの一人とは連絡を取り合うようになり、

争ってはいるが情報交換もするようになった。






それから数年後、他の2人とも知り合う事になる。
2丁目3番地に集うコレクターは皆コレクター歴が長く、

一人は小学生の時から継続しているという強力な人物だった。


残りの2人の事は、またいつか。