自分のブログ内検索してみたけど出てこなかったので、まだ記事に書いてないんだな…(機械任せの記憶術)。
タイトルは偕成社から出版されている文庫で、時代は戦後10年もたっていない頃。高校3年生から数年かけて緑内障により盲目となった著者(佐々木たづ)が、渡英して盲導犬のロバータと出会い、童話作家になるまでの物語。著者のエッセイ形式。
小学5年時に少年少女文庫版でこれを読み、それ以来私の大事な一冊になっている。
実家は裕福だし典型的な山手の家庭といった感じなのだけど、それはあくまでも背景で、一本芯の通った気品が香る良書である。東京の山手文化に興味がある方にもお勧め。
ともかく小5でこれを読んでから、緑内障の恐怖はしっかり子供の頭に根を下ろしたよね…。
メラノーマ告知前に緑内障と確定診断された時はショックで、クリニックの帰り道にうな重を食べた思い出(笑)。そうしたら元気出ちゃって、その日の感想は「うなぎ美味しい!」に尽きたという。どっとはらい
話は戻るけど、大戦中の劣悪な食糧事情、衛生環境、などなどが成長期の子供の視神経に悪影響を与えたのは充分に考えられる。
大昔の緑内障は、眼圧が高いタイプが多かったという。
↓に詳しい。
https://www.hinohp.com/files/39538.pdf
実際この本の佐々木さんも、蓄膿の袋が視神経の上に乗って圧迫して目が見えなくなっていたので手術をしている。その手術をしても緑内障の進行を止められなかった…しかも反対側の眼も発症してしまった。
私は正常眼圧緑内障で、開放隅角。たぶん現代では一番多いタイプかも。たまには私だってメジャー路線なのよさ
当時昭和28年。
緑内障に関して言えば、治療はその当時からほとんど変化がないのである(怖)。一度発症したら、進行させないようにするのみ。欠けた視野は戻らない。白内障よりハイリスクな病気なのだった。
健診のお知らせが来たら、みんな、ちゃんと行くんだよ!
ちなみに、白目が真っ赤になる結膜下出血は、放置して吸収されるのを待つよりほか無いらしい。かつ、一度破れた血管は癖になりやすいとか。眼科医もその癖を持ってるとかで、どうせ自分だからとあらゆる点眼薬を試してみたけど、出血の吸収を速める術は無いと。
「前に結婚式前日のお嫁さんがそれになっちゃって、かわいそうだった」
ははあ…。医療の限界なんて、そこかしこにあるんだなと思う。