2026年10月30日 眼科の通院の帰り、ルーブル美術館展にいってきました。眼科で両目とも散瞳されたため、最初のほうは説明を読むのが一苦労。北川景子さんの音声ガイドで救われました。

 

 

また、10月28日から、少女漫画インフィニティ展も開催中。

 

 

メモオフィシャルサイト

ルーブル美術館展

Chefs-d’œuvre de la Renaissance du musée du Louvre

 

 

第一章 旅 

第二章 技法の革新と洗練 

第三章 古代へのまなざし

第四章 肖像芸術の隆盛

 


 

ふんわり風船星第一章 旅 

 

 ここでの私的な見どころは「旧約聖書の場面「ヨブの物語」と「ロトの 物語」をあしらった天文機器一式 南ドイツ  1565年 合金、鋼鉄 Copper alloy and steel」です。当時はまだ今のような羅針盤や時計がなく、どのようにして旅をしたのかが不思議でした。当時としてはすごいメカなんですが…図がないのが…残念~。日曜美術館で特集するときは出してほしいですね。

 

 

 

ルーブル美術館の説明にはこうあります。

「日時計や方位磁針など、星や時刻をはかる道具を一式にまとめたものです。科学の道具なのに、表面には旧約聖書のヨブとロトの物語が刻まれています。便利な道具であると同時に、見せびらかすための宝物でもあり、当時の科学と信仰が同じ一式の中に収まっていたことがわかります。」

 

ところで、東西の交易が活発になった要因に11世紀から13世紀にかけておこった十字軍の遠征が大きな要因のひとつだと数年前のルネサンス展で紹介がありました。文化は人が動かないと変化しません。十字軍は一大ムーブメントだったはず。今回の展覧会では、単に「旅行」になっていて、「はて、十字軍は?凝視」となっておりました。


 十字軍による東西の交流がきっかけで、地動説が復活し、15世紀にはプトレマイオスの地理誌と地図がラテン語に訳されて、西洋に広まったので、上のような道具が使われるようになったのでしょうね。


 紀元前4世紀ごろ、すでにギリシャでアリストテレスによって地球球体説が唱えられ、エラトステネスの観測によって地球の大きさが測られ、ローマ帝国の時代にはプトレマイオスが世界地図をつくりますが、その時中世の封建的な宗教統制によって、天動説が強制され、当時の地図は距離も高度も測れないものでした。

 対象的に、8世紀アッバス朝は東ローマ帝国を通じてヨーロッパの古代科学を吸収する一方、インドの科学の成果も取り入れて発展したそうです。

 聖地奪回できるわけないですよね悲しい。

1453年5月29日にコンスタンティノープル(今のイスタンブール)陥落し、東ローマ帝国滅亡…。


ふんわり風船星第二章 技法の革新と洗練 

ここは公式で公開されているジュニアガイドがわかりやすいです。

 

石膏で型をとるときに焼いていたとは…びっくり。

 

ふんわり風船星第三章 古代へのまなざし

 

 映画オデュッセイア関連で注目したのは、小像。ギリシアからたくさんの神様の像が出土したそうです。それに倣ってつくられたのが、以下の小像だそうです。「オデュッセイア」では、オデュッセウスが肌身離さず、アテナの小像を持っていました。記憶を取り戻したのもその像がきっかけでした。

 

像:アンジェロナ、沈黙の女神

 

 一番びっくりしたのは、ボッティチェリの作風の変わりよう。左、今回展示されていた1470年ごろ制作された、聖母子像。右が1475年のシモネッタに出会って以降。展示する場所や当時の状況の影響もあったと思いますが、シモネッタの肖像はキラキラしています。ゴッホもパリやアルルに来てその作風が変わったように、ボッティチェリも、シモネッタというMUSEに出会って、芽生えたものがあったのかもしれません。そしてかの有名な春は1480年前後に描かれています。

 

 

出典:File:Botticelli Louvre 11.jpg - Wikimedia Commons

 

ふんわり風船星第四章 肖像芸術の隆盛

 

出典:La Belle Ferronnière - Wikipedia

 

出自はルーブル美術館の以下のページが詳しいです。

 

 

 

 私が不思議に思ったのは、どこかのバルコニーに座っている風情であること。肖像画であれば、欄干はないはずで…。実物を見たときは、画家が遠くから憧れの人を見ているようなそんな感じにさせられました。

 

 脱線ですが、


 この衣装を見て、私は「さよなら銀河鉄道999」のメーテルの肖像を思い出しました。

 

 ネットを調べたら、もっと似ている絵がルーブル美術館に展示されていましたびっくり。


ラファエロ・サンティ「ナポリの副王妃ドーニャ・イサベル・デ・レケセンスの肖像(長くジャンヌ・ド・アラゴンの肖像と呼ばれていた)(1550-1577年)」

 出典:ルーブル美術館 コレクション



 もちろん、ダ・ヴィンチの肖像画とは別の人だと思いますが、この絵がラファエロ・サンティに影響を与え、海を渡って日本のアニメまで通じる何かがあったのかなと400年以上前に思いを馳せています。



【注意】待ち行列について

まず、xでlouvre2026の情報を参照ください。

10月30日は、12時50分ごろの入場は待ち時間はありませんでしたが、レオナルド・ダ・・ヴィンチの「美しきフェロニエール」を観るためには40分ほど並びました。斜めから見るのはサクッといけます(斜めと言っても、映画館の最前列の端っこから見る感じです)。


 私の場合、56点、音声ガイド付き、ショップの時間合わせて2時間足らずでした。

 

 来週はいよいよ日曜美術館で取り上げられるので、混雑が予想されます。

 

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