12月11日 プライベートで訪問していたラトビアで新型コロナ感染症との合併症で韓国のキム・ギドク監督が逝去されたそうです。ご冥福をお祈りいたします。
監督には2011年開催のFILMEXでお会いしました。
このときのお話で印象に残ったのは、韓国のすべての人に裏切られた。自分を救ってくれたのは日本をはじめとする海外の映画人でしたということをお話しておられました。
このとき、監督の姿にかぶったのは、冤罪を訴えて自殺した伊丹十三氏の姿。
この後、2017年の#METOO運動で「強制わいせつ致傷」容疑がマスコミで広まる形に。
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一方、キム監督は2013年に公開した映画『メビウス』撮影現場で女優の頬を殴り、協議なしに男性俳優の身体部位を触らせたという疑惑で昨年訴えられた。1月、検察はそのうち暴行容疑だけ認め罰金500万ウォン(約49万円)で略式起訴し、強制わいせつ致傷容疑は証拠不十分により不起訴処分した。
この過程でキム監督は自身に性暴行されたと暴露した女優と性暴行疑惑を暴露したMBC『PD手帳』をそれぞれ虚偽告訴罪と出版物による名誉毀損で告訴した。検察は昨年12月31日に虚偽事実だと断定できないとし、女優と『PD手帳』製作スタッフに「嫌疑なし」処分を下した。
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出典:中央日報
リアリティを追求しすぎて、METOO以外にも人の生活を壊して撮影する監督がいるのも事実(ある映画のQAで、「川をせき止めたんだけど遊牧民がセットを壊しにくるんだ」と困ったように話していた監督には絶句…)。そういった行き過ぎが欧米では横行しているような気がします。それは映画界全体が自省/自制すべきなんだろうななんて…。
■韓国の方の大勢意見は「犯罪者」側によりがち?
ゆうき 유욱희@yuki7979seoul
僕も彼の死については非常に複雑な思いで、うまく言葉が見つからない。ましてや140字でうまくまとめることなど出来ない。 https://t.co/dyGywtFj90
2020年12月12日 08:01
韓国の人の意見を見て思い出したのは、作家京極夏彦さんがセミナーで語っていた言葉
虹、日本では七色。でも五色と考える国もある。デジタル化するときにカットされてしまう。日本の色見本を見ると、実に細やかに色がついている。言葉がなくなると「色」の認識もなくなる。言葉の数だけ人間は豊かになる。ふさわしい言葉を知っていれば、表現できる。言葉の世界を広げるには、何が一番いいか。それは本を読むことなんです。
出典:【イベント関係】第19回東京国際ブックフェア -京極夏彦講演会-
彼は彼のままに、でもどういう背景があったか、理由があったかを冷静に考えたほうがよいかなと思いました。
監督への思いはやっぱり「アリラン」。監督の誕生日は12月20日、冬至のあたり。
第三歌を引用します。
アリラン アリラン アラリよ
アリラン峠を越えて行く
あそこのあの山が白頭山(朝鮮民族の霊峰)なんだね、
冬至師走でも花ばかり咲く。




